女の子と2人秘宝を巡る旅に出る話

柊ハク

第1話

「これから君達2人には秘宝を探す旅に出てもらいます」


 空中にふよふよ浮かぶ光る球体がそんな事を言った。


「秘宝はこれ」


 ホログラム的にその球体から映像が投影され、3Dに浮かび上がるのは杖とも剣とも見える細長い何か。


「なにこれ?」


 僕が尋ねると、


「とある願いを叶える杖だ」


 と球体が答えた。


「とある願い?」

「然り」

「とあるってなんだよ」

「秘密だ」

「なんだそれ」


 球体は無視して言う。


「君達は今“原初の森”にいる。危険なモンスターはいないが、暗いので足元に注意するように」

「えっ、モンスターとかいるの?」

「そりゃ異世界なのだからモンスターはいる」

「えっ、異世界なの?」

「……そういえば言ってなかったな」


 球体はやれやれと呟くように言う。


「ここは地球ではない」

「……ほえー」

「ちなみに転生ではなく転移だ。勘違いせぬように」

「どう違うの?」

「転生とは生まれ変わりだ。異世界の秩序に則った生物につき、異世界特有の病気や物理現象その他魔法等特有の自然現象に対する抗体が生まれつき──」

「あ、長くなるなら良いです」

「……そうか」


 気を取り直すように咳払いをして球体は問うてくる。


「何か質問は?」

「うーん……」


 とそこで、僕は隣にいる女の子に視線を向ける。


「なにかある?」

「……」


 尋ねると、ボッという音と共に(なんの音だ?)顔を背けられる。……嫌われてるのだろうか。今のところ嫌われるような事は何もしてないはずなんだが……。男嫌いという可能性もある?あんまり話しかけない方が良いかも……。


「じゃあ僕から。秘宝はどこにあんの?」

「森の中のどこかだ」

「森ってどんだけ広いの?」

「そこそこ広い。この世界で3番目の広さだ」

「……それって、東京ドーム何個分?」

「東京ドームとはなんだ?」

「……」

「……」


 いまいち要領を得ないが、とにかく広い森らしい。しかしせめて尺度くらい分かれば良かったなぁ。というか、3番目って事がわかるって事は、広さを計測した事実がありそうだな。にも関わらず具体的な数値を言わないのはなんでだ……?


「質問は終わりか?」

「いや、まだある」

「ほう……。では最後にひとつだけ聞いてやろう」

「いや、みっつにして」

「……では最後にみっつだけ聞いてやろう」


 意外と寛大な球体だった。


「なんで僕とこの子が選ばれたわけ?」


 今のところ、この子と僕の間にはなんら関わりがない。近所に住んでるとか、面識があるとか、学校が同じとか、そういう事は無い……はずだ。黒髪ツインテールで目はぱっちり、運動部に所属しているのだろうか、引き締まった手足が半袖半ズボンから覗いていてとても好印象、はっきり言ってストライクゾーンだ。こんな子に出逢っているなら忘れるはずが無かった。


 どんな返答があるかと身構えていると、


「秘密だ」

「……えっ」

「それはこの旅の終わりに明かされる」

「それはもうほぼ答えでは?」

「……」


 2人きり異世界に飛ばされ暗い森で宝探し……。秘宝を見つけた暁には見知らぬ女の子と一緒に飛ばされた理由が明かされる。これは十中八九恋愛フラグですねぇ。なるほどなるほど。


 ニヤニヤしていると球体が呆れたように言った。


「たぶん想像しているような理由では無い」

「……さいですか」

「さて他に質問はあるか?」

「あとふたつか……。うーん」


 非日常の唐突な出来事に頭を悩ませる。こうして説明役がいる異世界転移は親切と言えば親切に違いないが、常識的に考えれば拉致だ。普通に犯罪だ。ふむ、拉致か。そういえば僕のお気に入りの作品は一部を除いてほとんどが帰還不可能か困難だったな。


「宝探しが終わったら元の世界、元の時代に帰してくれるのか?」

「ああ、勿論だ」

「勿論か。それは良かった」


 現代版浦島太郎になる心配はしなくて良いらしい。帰還の心配をしなくて良いなら拉致というよりはちょっとしたハプニングツアーだろうか。


「あんたは付いてきてくれないの?」

「2人きりの時間を邪魔するのは悪いだろう」


 ちらりと女の子の方を向くと、こっちの視線に気がついてバッと顔を背ける。いや、もうこれ完全にそういう事じゃないですか……。


「さて、みっつ質問し終えたな」

「あ、しまった」

「では頑張ってくれたまえ」


 ふよふよ〜と球体は空高く浮かんでいき、空に浮かぶ星々の中に紛れて見えなくなった。あるいはそこにあるのかもしれないが、見分けがつかない。


「はー、変な事に巻き込まれちゃったなぁ」


 ぼやいて、ちらと様子を伺う。完全に仕掛け人のこの女の子だが、ズボンを硬く握りしめ俯いている。夜だからはっきりとは見えないが、耳や顔もちょっと赤いような気がする。僕の勘が正しければ、仕掛け人には違いないだろうが、標的でもあるような感じだ。


「とりあえず自己紹介しない?僕は上谷マコト。君は?」

「あ、相原ミユ」

「ミユちゃんか、よろしく」

「あっはい、……よろしく、おねがいしましゅ」


 手を差し出すと、おずおずとそれを握られた。軽く握手をして、じゃあ行こうか、と振り向きかけ、


「そうそう」


 球体がすごい勢いで戻ってきて言った。


「探索中は極力手を繋いでください」

「なっ……!?」


 ミユちゃんの方が悲鳴に近い声を上げた。……え、そういう目的なんじゃ?今握手したばっかじゃん、別に良くない?


 ミユちゃんが球体を引き摺るようにして木陰に連れて行きボソボソと何事か話している。


 しばらくあって、話し終えたふたり(ふたり?)が戻ってきた。


「……というわけで、探索中は手を繋いでもらいます」

「あ、ああ、僕は良いけど……」


 チラリと様子を伺い、


「ミユちゃんは良いの?」

「良い!……良い、です!」

「それならいいけど」


 ぶんぶん頷くミユちゃん。合わせて動くツインテール。なんだかここまで緊張されるとかえって冷静になるな。


「では楽しんで……」


 言外に揶揄うようなニュアンスを絡めて空に登っていく球体を、ミユちゃんが真っ赤な顔をしながら睨みつけていた。


「えっと、どういう関係なの?」

「へっ!?」


 尋ねるとハッとしたようにこっちを見た。


「仲良さそうだけど、友達?」

「え!?あ!?わ、私もいきなりこんな所に連れてこられて、その、なにがなんだか〜……」


 ダラダラと冷や汗を垂らす。大根か。言いたくないなら聞かないけど。


「あの球体、名前なんて言うんだろうな?」

「ポラリスだよ」

「……知り合いなの?」

「しっ、知らない!初めて見た!!」


 ともあれ、秘宝を探す冒険が始まった。ここまでお膳立てされた冒険も珍しいのではなかろうか。

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