第26.5話 カイト・ウォリックは忠誠を誓う
「だぁから、王女サマ誘拐して一生遊んで暮らせるぐれーの金貰おうと思っただけだって言ってんだろ? 何回言わせんだ」
収容棟の一室。罪人を取り調べるための部屋で、サティバは面倒そうにふんぞり返った。
「本当にそれだけなのか?」
「それだけそれだけ」
何度も同じ質問をされて飽き飽きしているのだろう。正面に座る俺に向かって適当に返事をして手を振る。だが何か思いついたのか、口端を上げて愉快そうに笑った。
「……ああ、でもま、少しぐらいは味見する予定だったかもな? なにせあのタマだ、十分楽しめ――」
途端、頭に血が上った。奴の胸倉を掴み上げ、無理やり立たせると壁にたたきつける。少し呻いたが、気にせず胸倉を締め上げた。
「それ以上言ってみろ。話すだけの取り調べじゃすまなくなる」
「はっ……ちょうどいい、あんたと話すのも飽きてたとこだ」
相も変わらず男は笑う。
一度大人しくさせるか。
締め上げる力を強くしようとすると、後ろから肩を掴まれた。
「やめとけ」
振り返ればオウルが険しい顔で俺を見ている。そしてその後ろにいる千鳥が不安そうに俺を見ていることに気づき、これ以上やるべきではないとサティバから手を離した。
「なんだ、終わりか? つまんねぇな」
「うるせーぞ、休憩だ。千鳥、ちょっと茶でも入れてくれねえか」
「あ、はい!」
「カイトも、こっちだ」
「…………」
千鳥は部屋を出ていく。部下に後を任せると、俺もオウルに促されるままに部屋を出る。
そのまま連れ立って出たのはバルコニーだった。
「なんだ、こんなところまで……」
不機嫌が声に出ていたからなのか、オウルは肩を竦めて見せた。
「外に出りゃ少しは落ち着けるかと思ってな」
「俺は落ち着いてる」
「いや、違う。お前は焦ってる。あんなわかりやすい挑発に乗りやがって……何がそんなに不安なんだ?」
オウルは手すりにもたれると、眉間に皺を寄せて俺を見た。
確かに、さっきの俺の行動は冷静ではなかったかも知れない。だが、それでも奴の言った言葉は許せるものではなかった。
それに奴からはもっと情報を引き出さなければならない。そのためには多少の荒事も止む無しと思っている。何せ奴には不審な点が多すぎる。
「おかしいと思わないか? あのサティバとかいう男、姫の誘拐を思い付いたから実行したと言ったんだぞ? それなのに奴の計画はあまりにも綿密だ。事前に姫のスケジュールを調べ、飛行船をいとも簡単に襲撃し、そして今日は城に部下を潜入させて見せた。一朝一夕でどうにかできることじゃない。それなのに、奴は思い付いたからの一点張りだ。他に隠したい目的があるのか、それとも裏で糸を引いている奴がいるのか……」
俺の話にオウルは腕を組み考え込む。そして顎に手を置くとほどなく頷いた。
「……確かに、お前の言い分はもっともだ。俺も何かが引っかかってはいる」
「わかったのなら早く戻るぞ。時間を無駄には出来ん」
言いながら踵を返しバルコニーから出ようとしたが、後ろからの冷めた声に俺は足を止める羽目になる。
「だが、頭を冷やせ。隊の士気に関わる」
「俺は……!」
「カイト」
咄嗟に振り返って反論しようとしたが、名前を呼ばれて口を閉じた。
珍しくオウルが厳しい目をしていて、なるほど、今の俺が足手まといらしいということがわかる。安い挑発に乗るようでは、冷静に取り調べをすることも、そして事件を完全に解決することも叶わないだろうということか。
俺が何も言わないことを見て、オウルは双眸を弛めると手すりから体を離す。
「奴の調べは俺が引き継ぐ。お前は少し休め。そんなんじゃ、明日の取り調べにも響くぞ」
「……ああ、」
「ゆっくり休めよ、隊長殿。奴は俺がきっちりシメとくさ」
すれ違いざま俺の肩を叩くと、オウルは片手を上げてバルコニーから出て行った。
「……くそっ」
こういうとき、自分が堪らなく不甲斐ない。俺の若さが、青さが、隊に迷惑をかけている。
やはり俺なんかには隊長なんて――そんな気持ちが頭をもたげて、振り払うように頭をぐしゃぐしゃとかき上げ、手すりにもたれた。
何を弱気になっているんだ。俺は死力を尽くさなければならない。王のために、国のために。そして。
『カイト、貴方はかっこいい隊長になる』
そう言ってくれた、姫のためにも。
幼い頃から、俺は父に憧れていた。
父はファルコンの隊長で、俺は入隊することを目標に修練に励んだ。そして、ついに入隊できたのは二十歳の時。
その年に、父は任務中に殉職した。
失意の中、新しい隊長に選ばれたのは俺だった。
勿論、ファルコンの隊長は世襲制などではない。王が自らお選びになる。
何故俺がと思ったが、王からの任命を断ることなどできるわけもなく、俺はファルコンの隊長となった。
だが自信なんて毛ほどもなかった。まだ入隊して一年経っていない若造が、百戦錬磨のファルコンを率いれるわけがない。隊の中からは抗議の声も上がったが、オウルが全て窘めた。
誰もが次の隊長はオウルしかいないと思っていたので、
俺も俺で、俺なんかよりオウルの方が隊長に相応しいと思っていたから、その様子を見て増々気持ちが沈んだ。やはり俺なんか、と。
王は何故俺を選んだのか。父に対する
理由はわからないが、実力で選んだわけではないだろうことはわかっていた。
そう思うと、尊敬していた王への気持ちも薄らいでいくようだった。
そうして鬱屈した気持ちを抱えていたある日だった。アナスタシア姫と会ったのは。
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