第26話 執事の追及

「姫様を攫った理由は一つ……姫様が目的なのです!」

「……ほー」

「何ですかその反応!」


 私の薄い反応にウィスは心外だと言わんばかりだが、自身満々に出た言葉がこれではしょうがないというものだ。


「いやだって、私は真剣な話をしてるのにウィスがふざけるから」

「私も真剣です! 前から言っているじゃないですか、あの男は姫様を狙ってると!」

「でもそれ、ウィスはどの男の人にも言ってるじゃない」

「全て事実です」


 ふんと何故か堂々と宣言するものだから、私はため息をついてしまう。

 これでは埒があかない。結局ここであーだこーだ言っていても、全て想像でしかないのだ。どうにかするには、証拠を掴むしかない。


「こうなれば、行くわよ」


 顔の前で指を組み、きっ、と宙を睨む。

 ウィスははてと首を傾げた。


「行く、とは?」

「私達で伯爵の屋敷に乗り込むのよ」

「危険です! 軍や警察を使わなければ……」


 大胆な発言にウィスは慌てるが、私は至って冷静に紅茶を口にした。


「証拠もないのに、伯爵相手にどうやって軍を動かすというの? ファルコンだってお父様の命がなければ動かせないし、こんな不確かな話、お父様には話せないわよ」

「ですが、姫様が直接あの男に会うなど危険過ぎます!」

「大丈夫よ。貴方が傍にいれば、もう攫われたり薬を盛られることもないわ」


 ウィスは執事だが、私の護衛も兼ねている。そんじょそこらの賊や兵士一人や二人では、ウィスに敵う者はまずいないだろう。

 なんていったって、私はウィスを信頼しているのだ。


 私の発言にウィスは反論の言葉をうっと詰まらせて、恨めしそうに私を見た。


「ずるいですよ……そう言えば私が喜ぶと思って……」

「事実だもの」


 さも当たり前に肯定すれば、ウィスは益々たじろぐ。そしてはぁと一つ大きなため息をついた。


「……わかりました! 絶対に私から離れないで下さいよ!」

「ウィス……!」


 とうとう根負けしたウィスに大きく頷き、私は椅子から勢いよく立ち上がる。


「勿論よ! 私達で真相を暴きましょう!」


 わぁ! 何だか楽しくなってきた!

 わくわくが抑えきれず、私はウィスと目を合わせぐっと拳を握る。ウィスも私が言わんとしていることが分かったようで、やれやれと一つ笑った後、同じように拳を握ってくれた。


「「えいえい、おー!」」


 拳を天に突き上げ、お互いに笑い合う。

 ただの身代金目当てのはずの王女誘拐。それが何があってこんなに漫画のストーリーから外れてしまったのか、私自身とても気になるのだ。


 さぁ、待ってなさい伯爵! 必ず真相を暴いて私を巻き込んだ事を後悔させてあげる!

 ふん、と鼻息荒く決意を新たにしていると、ウィスはさて、と静かに前置きした。


「話もまとまった事ですし……姫様、それではレイヴン・バッキンガムと部屋で何があったのか、事細かに話して頂けますか?」


 ウィスの笑顔にぎくりと体が固まる。優しげな言葉と声色だが、纏う雰囲気が冷たくなったのがわかる。

 何で急にそんな事……まさか抱きしめられたのを見ていた訳でもあるまいし、ここは誤魔化さなければ……。


「なんのことかしら? さっき全て話したでしょう?」


 私は椅子に座り直し、平静を装ってカップに口をつけた。


「姫様、先ほど紅茶は全てお飲みになられておいででしたよ」


 笑顔で丁寧に告げられた言葉にカップを見れば、確かに一滴も入っていない。

 陰湿ー! 知ってたならもっと早く言ってよ!

 文句を言ってやりたいところだが、ここで気持ちを乱してはならない。私は一つ咳払いして笑顔を作った。


「……こほん、注いで下さる?」

「はい、姫様」


 これまたウィスも笑顔で頷くと、カップに紅茶を注いでくれる。

 私も笑顔を崩さずお礼を言うと、優雅に紅茶を一口飲んだ。


「あの男が気になっておいでですか?」

「ぐっ!」


 紅茶を飲んだところでウィスがとんでもない事を言うものだから、驚いてむせそうになる。


「突然何を……!」


 なんとか堪えてウィスを咎めようとするが、ウィスは努めて冷静に私の話を遮った。


「姫様、私が知らないとお思いですか? 一昨日姫様を助けたのはレイヴン・バッキンガムだという報告は受けています」

「それが何か? 結果ウォルフス伯爵の不審な点を見付けて、私に知らせに来てくれたのよ」


 つーんとそっぽを向いて言えば、ウィスは黙った。

 これで大丈夫かとちらりとウィスを窺い見る。ウィスは座る私を見下ろし、にこりとすると口を開いた。


「……あれは今朝の事です。一昨日自分を助けた空賊の男が想い人に良く似ていたのだと言って、姫様は私に泣きついて――」


 瞬間、出来たてほやほやの思い出話に私の顔は真っ赤に染まった。


「わあああ! は、恥ずかしいから! それ以上はっ」


 勢い良く立ち上がるとウィスに縋りつき止めるよう懇願するが、ウィスは思案顔で話を続けた。


「つまり、姫様は先ほど部屋で想い人と良く似た男と二人きりだったことになる……」

「だから? それだけよっ」

「部屋に入った時の姫様は顔を赤らめられ、潤んだ瞳で――」

「ウィス! もう止めて! 止めなさい!」


 わ、私そんな顔してたの?

 恥ずかしくてもう聞きたくなくて、ウィスの襟元を掴み揺する。ウィスは揺らされながら私を見下ろした。


「止めてほしいなら正直にお話になることですね。まぁ、事と次第によっては今すぐ奴の根城を暴きだし、乗り込まねばならなくなりますが……」

「そんな事言われたらなおさら言えるわけないじゃないっ」


 やれやれしょうがない、と言うように物騒な事を言うものだから恐ろしい。

 だがウィスは私の反論に逆に驚いた顔をした。


「言えないようなことをされたのですか!」


 驚くウィスに、ウィスを揺する私の手が止まる。

 これは墓穴を掘ったというやつでは……?


「えっ! あ、いや、その、ちがうの、今のは言葉のあやで……」


 あわあわと身ぶり手ぶりで違うと訴えるが、何が違うのかは自分でも分からないし、自分が何を言っているのかも分からない。

 私の慌てぶりにウィスは何かを確信したのだろう。笑顔を一切消し懐から銃を出すと、かちりと安全装置を外した。


「……伯爵より先に、片付けなければならない輩がいるようですね」

「ちょっ、落ち着きなさいっ! ウィス、ウィス!」


 そのまま部屋から出て行こうとするウィスの背を慌てて追いかける。

 これは、伯爵の真相を暴くより大変だわ……。

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