第24話 事件解決の疑惑
「ひめさまが、ご無事で……ほんっとうによかったですっ……!」
「もう、いつまで泣いているの? ウィス」
「もうしわけ、ありませっ……」
「謝らなくていいわよ」
ウィスは椅子に座る私の前に跪き、私の両手を取って泣いている。
父に事の報告をし、自室に戻ってからというもの、もうこの状態で三十分は経っただろうか。
薄紫の瞳は涙が延々に溢れ、形の良い顎を伝ってぽたぽたと彼の執事服を濡らしている。しまいには鼻水まで出ているものだから、私はハンカチでウィスの鼻を拭った。
「ひめさまっ、いけません、きたないです……!」
「いいのよ、じっとしなさい」
ウィスの鼻を丁寧に拭いてあげて、ついでに濡れた頬と涙を拭う。
涙でぐしょぐしょの顔から、元の綺麗なウィスの顔に戻って、私は満足気に笑った。
「よしっ、これで大丈夫ね」
「……ひめさまは、私にこんなにお優しいのに、わたしはっ……!」
「またなの……これ以上泣いては、貴方の綺麗な瞳が溶けてしまうわ」
綺麗になった、と思ったのに、ウィスの目からはまた涙が溢れた。ウィスは泣きながら申し訳ありません、と謝る。
私は一体一昨日から、この過保護で優しい執事をどれだけ泣かせてしまっているんだろうか。
ウィスの涙を拭いながら、私はウィスの謝罪に首を振った。
「謝らないといけないのは私のほうよ。心配かけてごめんなさい、ウィス」
「そんな、姫様が謝ることなど一つも!」
「いいえ、私を守ろうとした貴方を閉めだして、あの場から離れた私が悪いのだから」
あの時は何故だか不安に煽られて、全てのものが怖かったのだ。平常心ではなかったと思う。
ウィスは私を見上げてほろほろと涙を零す。
私は握られていたウィスの手を逆にとって、ウィスを見つめて頭を下げた。
「ごめんなさい、ウィス。許してくれる?」
「勿論です……! 私が姫様を許さないことなどあるわけがありません!」
自身満々に宣言するウィスに思わず笑ってしまう。
「ふふ、ありがとう」
「はいっ」
ウィスは力強く頷くと、自分で涙を拭い立ち上がった。どうやらようやく立ち直ってくれたらしい。
そしてすぐに紅茶の準備をするために慌ただしく動き出した。
「お疲れの姫様にお飲み物もお出しせずに泣きつくなど……」
私に紅茶を差し出しながら悔しげにするウィスだが、そんなこと今に始まった事じゃない。
ウィスは完璧な執事だが、私の事となると涙腺もゆるゆるだし慌てふためくし、時に異常な行動や発言さえも飛び出すのだから、こんなこと慣れたものだ。
「まぁ、いいじゃない。そんな事もあるわ」
だけど本人はその事に気付いていない節があるので、とりあえず言及せずに紅茶を頂いておく。
するとウィスはほっとしたような顔をした後、すぐに心配そうに口を開いた。
「姫様……お心の方はもう落ち着いておられるのですね?」
ウィスの言いたい事は分かる。大臣と別れて、窓の外に不審な人影を見付けてからの私は、異常だった。取り乱し、恐怖し怯え、何かから必死に逃げようとしていた。
何がそんなに怖かったのか、今となってはよくわからない。
私は紅茶を置き、ウィスに頷いた。
「ええ、分かってる……あの時の私は、おかしかったわよね」
「あの時、姫様は窓の外に何を見たのですか? 二人が確認しに行った場所では誰もいなかったと……」
「……窓の外に、私に銃を向ける何者かが見えて……それから、どうしようもなく怖くなったのよ。私でも何がそこまで怖かったのか、よく分からないの」
「よく、分からない、ですか……」
ウィスが考え込むように顎に手を当て黙り込む。
私でもおかしいと思ってるのだ。あの時私を客観的に見ていたウィスなら、その感情の変わりようにもっと変だと思ったことだろう。
何で私はあんな事に……?
そう思考を巡らそうとした時、自室の扉がノックされた。入るように声をかけると、現れたのは王城兵士の一人であった。
「先ほど、ファルコンが空賊の一味を捕えたとの報告がありました!」
「そう、良かったわ……」
兵士の言葉に胸を撫で下ろす。
レイヴンがいなくなった後、すぐに部屋に入って来たウィスや兵士によって私は保護された。
当然その時倒れていた男が誰なのか聞かれたが、まさかレイヴンが捕まえてくれました、とは言えず。突然部屋に連れ込まれ抵抗したところ、倒れた男が頭を打って気絶した、ということにしておいた。
兵士によって捕まえられた男に取り調べを行ったところ、私を攫うために侵入した空賊だとすぐに白状したのだ。
そこからはあれよあれよと言う間にファルコンが出撃、そうして今回の事件の犯人である空賊の一味を逮捕した、ということだ。
兵士は礼儀正しく直立したまま報告を続けた。
「今後取り調べを行うそうですが、姫様の誘拐を身代金目的だったと認めており、ファルコンの護衛任務は解かれるとのことです」
「わかったわ、報告ありがとう」
兵士は礼をし、部屋から出て行く。
ウィスがふぅと安堵の溜息をついた。
「これで、もう姫様が危険にさらされることもないのですね……」
確かに、犯人の空賊達は逮捕されて、私が狙われた理由も判明した。
流れは違えど大筋は漫画の通りで、これで全て解決……のはず、なんだけど。
「そのことなのだけど……」
「姫様?」
解決したというのに歯切れの悪い私に、ウィスは首を傾げる。
私はおかしくなってから部屋を飛び出し、レイヴンと会い別れるまでの事をウィスに話した。
もちろん、抱き締められたりしたことは全て省いて、だ。
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