第19話 あたたかい金色
「お前……! 逃げたか誰かを呼びに行ったかと……」
「そんなことしないよ……誰も呼ばないでって、貴方が言ったでしょ」
「そう、だけど……」
「動かないで、包帯が巻きにくいから」
「あ、ああ……」
男の子は驚いたまま、包帯が巻かれていく自分の腕を見ている。
すると、私の腕の包帯に気付いたのだろう。不思議そうな顔をした。
「お前も、怪我してるのか? つーか、服が破れて……まさか、」
長そでを着ていたから、腕で自分をかばった時に服も破れてしまったのだ。
男の子は相棒の飛竜がやったと気付いたのだろう。驚いた顔で私を見た。
「何でこんなっ……ここまでして俺達を……」
「……私だって、わかんないよ……」
「え……」
私の目からは涙が零れて、ぽたりと男の子の包帯の上に落ちる。
「ついさっきまで、この世界は作り物なんだって思ってた。全部幻、全部夢。私は私じゃないし、みんな生きてないの。もちろん、私も」
泣きたくなんてなかった。でも一度溢れ出してしまった涙は止まってくれなくて、拭っても拭っても次から次に落ちてくる。
それと同時に、この数カ月つっかえていた言葉も、涙みたいに次々零れた。
「でも、貴方が……貴方とその子を見て、私、怖かった……!」
ぼろぼろの体。流れる血。これが幻想? これが夢?
つんと漂った血の匂いに、私はどうしようもなく恐怖した。
これが、作り物……?
「怪我だらけだし、誰も呼ぶなって言うし、でもどうにかしないときっと死んじゃうって思って、」
そう、死んじゃうと思ったのだ。さっきまでこの世界は紛い物だと思っていたはずなのに。
「生きてないって思ってたはずなのに、死んじゃうっておかしいよね……でも、そう思って、そしたら、その子は怯えて、襲ってくるし……」
泣きじゃくりながら飛竜を見れば、申し訳なさそうにぴゅいと鳴いた。
違うの、貴方を責めたい訳じゃないの。私はただ、必死に生きようとする貴方が怖かったの。
「痛いし、怖いし、でも、その子も怖くて痛いんだって思って、それで何もしないよって言って、その子も分かってくれて、う、嬉しくて……」
気持ちが通じたと思った。空虚な作り物だと思っていたはずなのに、気持ちが通じ合ったのだ。この子は作り物なんかじゃないと思った。
「応急処置、始めたら、貴方もその子も酷い怪我はしてないこともわかって、良かったって、い、生きてるって思って……」
紛い物のはずなのに、紛い物じゃない。作り物のはずなのに、そうじゃない。生きてないはずなのに、生きてる――……。
「もう、訳が分からない……頭も心もぐちゃぐちゃ……。私は何? 貴方は何? 分からないよ……」
男の子は私が取りとめのない訳のわからない話を続ける間、ずっと真剣に聞いてくれていた。
そうして全ての言葉を出しつくした頃、ぎゅっと、私の体を優しく抱きしめたのだ。
「へ……」
突然の事に涙が止まって、ぐちゃぐちゃだった思考も全てがストップする。
「聞こえるか?」
男の子は優しく私に話しかける。
何が、そう聞こうとした時、とくとくと、優しい音が聞こえた。それは、私を抱きしめている男の子の胸からで。
「俺は生きてる」
「いきてる……」
とくとくと鳴る心臓の音。暖かい体。その全てが、彼が今ここで生きている証明だった。
「痛いのも、怖いのも、嬉しいのも、全部生きてるからだ。そんでその感情は全部お前のもので、お前はお前だ。ちゃんと生きてる」
彼の一つ一つの言葉が、全身を通して私に染みわたるようだった。
生きてる。私はここで生きてるんだ。全部作り物でも幻想でも何でもない。漫画の世界だろうが何だろうがここは現実で、ここが私の居場所なんだ。
そう思ったら、なんだかまた無性に泣きたくなって、涙が溢れた。でもこの涙はさっきまでの涙とは少し違う。これは、嬉し涙。
「いきてる……いき、て……ひっ、うわあああん!」
胸に縋りついて泣く私を、彼はその暖かな体でずっと抱きしめてくれていた。
「……大丈夫か?」
「……ん、」
しばらくして泣きやんだ私は、ずっと縋りついていた彼の体からようやく離れた。彼の胸元には私の涙で出来た染みが出来ていて、何だか気恥かしい。
でも彼はそんな事全く気にしていないようで、私の涙を拭って頭を撫でると笑った。
「良かった」
その笑顔に心臓がどきりとして、誤魔化すように彼の怪我を指さした。
「貴方は、何でこんな怪我してるの?」
致命傷のような傷はないとはいえ、体中が傷だらけで、倒れるぐらいに疲れ切っていたのだ。一体何があってこんなことになったのだろうか。
その疑問に、彼は簡単に答えてくれた。
「ああ……ちょっと親父を殺されちまってなぁ」
「え……」
「居場所も奪われちまって、俺も殺されそうになったところをこいつと逃げて来たんだ」
隣にいた飛竜を撫でて、彼は何でもないことのように言った。
私とそう歳も変わらなさそうな彼は、親を殺され、命からがらここまで逃げて来たんだ。そう思ったら、止まっていたはずの涙がまた零れ出した。
「あ……おいっ、何でお前が泣くんだよ……」
「だって、だって……」
「……そんなに良い親父でも無かったし、俺は悲しくなんてねぇよ。だからお前も泣くな」
彼は私を慰めるように頭を撫でてくれる。
こんなに悲しい事があったのに、なんで人に優しくできるんだろうか? 親が殺されてしまうって、どんな気持ちなんだろうか? 私にはとても想像が出来ない。
「でも、お父さんでしょう……? それに、居場所が無くなる悲しさは、私も知ってる……」
一度目は、前世での居場所。私は死んで、違う世界に生まれ変わったのだと理解した瞬間、酷く寂しかったのを覚えてる。
二度目は、この世界が漫画の世界だと知った時。まるで足元が崩れるような、元からこの世界に私の居場所なんて存在していなかったのだと思った。
一度目の寂しさは今の家族や周りの人たちが埋めてくれた。二度目は今目の前にいる男の子が、ここに居場所があるのだと教えてくれて、救ってくれた。
だから今度は、私がこの子を救いたいと思った。この子の居場所になれるなら、居場所になりたいとも思った。
「別に、俺は……」
目を伏せる男の子の手を、私はぎゅっと握る。今度は私から暖かさが伝われば良い。貴方に貰った暖かさを、私は貴方にもあげたい。
「おれは……」
男の子の綺麗な金の瞳に涙がじわりじわりと溜まって、ぽつりと落ちた。
男の子が遠慮なく泣けるように、彼の手を握ったまま私も我慢することなく泣いた。
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