第7話 長い一日の終わり
なんという茶番。なんというレイヴンの悪役っぷり。私は飛行船からレイヴンと千鳥を見送り、思わず拍手しそうになっていた。
冷静に考えれば助けた千鳥を自分が逃げるために殺すかと考えたら、そんな事はしないだろう。だけど、こういうコミカルなところもこの漫画の魅力なんだよなぁ。
ちなみにこの後だけど、もちろんレイヴンに千鳥をどうこうする気はなくて、逃げながらレイヴンと千鳥は仲良くなるのよね。
千鳥はレイヴンから今回の王女誘拐が違う空賊が犯人で、そいつらから私を助けた事を聞き、レイヴンは千鳥がそれを信じてくれたことで、千鳥の誠実さとか真面目さとか、明るさに好意も持つ。
その後も時々事件に関わったり、偶然会ったりするにつれていつの間にか千鳥の事が気になり始めるのだ。
それから一番二人の心が近くなるのは、レイヴンの過去を千鳥が知った時だ。
レイヴンは父親が空賊のボスで、母親は幼い時に病死している。しかも唯一の家族である父親も空賊内の反乱により事故に見せかけて殺されてしまい、レイヴン自身も空賊を追い出されてしまうのだ。
普段は明るく強気なレイヴンだけど、そんな壮絶な過去を持つことから、時々弱い顔を見せる。
そんなレイヴンの心を千鳥が癒す話があって、そこでレイヴンは決定的に千鳥を好きになる……っていう流れ、なんだけど……。
「……?」
なんか、おかしいな……? 凄いドキドキする流れの話なんだけど、何かが胸につかえているというか、手放しで喜べないというか……。
「あ……」
そうだった。私の想い出のあの子とレイヴンがもしかして同一人物なんじゃ、って思ってたんだった。
「……ま、ありえないか」
多少の話の流れは違えど、レイヴンと千鳥は漫画の通りに進んでいる。なら私とレイヴンが昔会ったことがある、なんてそんなのストーリーに邪魔なだけ。色々重なって見えたのもたまたま似てたからそう思ってしまっただけだろう。
この後、レイヴンは一途に千鳥を想うようになるんだから。それはきっと、変らない。
「アナスタシア姫、お怪我はありませんか」
ばさばさと白い飛竜が寄って来て、カイトが軽やかに飛竜から飛行船に飛び移る。座り込んでいる私に手を差し伸べてくれたので、有難くその手をとった。
「あら、心配してくれるのね。貴方は私の事が見えていないのかと思ったけど」
先ほど私に一瞥もくれずレイヴンを追っていった事を私は忘れていない。
立ち上がりつつ嫌みを一つ刺せば、カイトはバツが悪そうに目を泳がせた。
「それは……申し訳ありませんでした」
「ふふ、冗談よ。目の前の空賊を捕まえるのも貴方の仕事だもの……ねぇ、レイヴンの事、今回は見逃して貰えないかしら。無茶を言ってるのは分かっているけど……」
冗談の一つも真面目にとってしまうカイトの事だ。きっと断られるだろうけど、一応聞くだけはしてみたい。
そろりと窺いながら提案すれば、カイトは腕を組んで溜息をついた。
「……今回だけ、ですよ」
「いいのっ?」
意外だ。絶対断られると思っていたのに、まさか承諾されるなんて!
驚く私にカイトは呆れ顔で頷いた。
「姫が言ったんでしょう……それに、あいつが貴方を攫っていないことも、千鳥に何もしないことも、知ってますから……」
「あら……ふふ、」
これまた意外。先ほどの茶番、カイトは茶番だと理解した上で乗っかっていたらしい。
この事件より前から二人は空賊とファルコンとして度々衝突しているはずだし、レイヴンが義賊であることは勿論カイトも知っている。
立場上許せる相手ではないが、レイヴンの強きを挫き弱きを助けるその姿勢は好感が持てる……といったところか。
くすりと笑えば、カイトは機嫌悪そうに眉を寄せた。
「……何ですか」
「何も。貴方にも甘いところがあるのね」
「……今回だけですから!」
「ええ……ありがとう」
真っ直ぐにお礼を言えば、カイトはしょうがないと言うように息を吐いた。だがすぐにキッとこちら厳しい目で見る。あ、これは面倒なやつ……。
「大体、姫は甘すぎるんです。すぐ人を信用してしまうところがある。貴方がもう少ししっかりなされないと、王のご心労が――」
ああ、始まった。カイトは自分に厳しいだけでなく他人にも厳しいから、お説教が始まると大変だ。
「はいはい、肝に銘じておきます。オウル! 王城まであとどれくらいかしらー!」
「姫っ!」
適当に流して貨物室から出れば、進行方向に王都が見えた。青色から茜色に染まりつつある空に照らされる王城を見留めて、ほっと息を吐く。
ああ、長い一日だった――……。
その後、戻った王城ではてんやわんやの大騒ぎだった。
ウィスは私を見て泣き崩れるし、お兄様達は私を攫った空賊を必ず捕えると息巻いているし、お父様からは熱い抱擁を受け、お母様にも少し、泣かれてしまった。
騒がしいけれど、私の愛すべき居場所だ。一時はどうなることかと思ったけど、ここに帰ってこれて、本当に良かった。
――今頃、レイヴンと千鳥はどうしているだろうか。
そんなことが頭に過ぎったけれど、すぐに頭の片隅に追いやった。
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