第5話 メインヒーロー現る
「どうぞ、ここが貨物室です」
がちゃりと開けられた扉に、私とレイヴンは二人して固まった。
「どうです? 言った通り、売り物の積荷しかありませんよ」
「ああ……」
恐らく商人とでも言って身分を偽っているのだろう。リードは相手にどこそこに持っていく商品だと説明している。
きっと相手はファルコンだ。いつの間に飛行船の中にまで入って来ていたのだろうか……うっかり身を隠している事を忘れていた。だって、レイヴンがあんな顔するから……。
リードが入ってきてすぐに離れたレイヴンの顔をちらりと見れば、彼は息を潜めて相手の動向を探るように耳を傾けている。だが私の視線に気付いたのか、私を見ると悪戯っぽく笑って唇に人差し指を当てた。
うぐ……こういうところがイケメンのイケメンたる所以か……。
心の中では荒ぶるものの、同じ轍は二度と踏まぬと自分を制止し、私は努めて平静に頷いた。
「……奥には何が?」
「同じ物ですよ」
「…………」
コツコツと足音が貨物室の中を動いている。見つかるのではないかと足音が聞こえる度に冷や冷やとするし、この後どうなるのかが分からなくて怖い。
何しろ漫画でファルコンが飛行船に乗り込んだ時、レイヴンと王女は隠れていなかったのだ。
こういう漫画との展開の違いが、やはり私が今生きているのは現実であるということを感じる。私の行動、レイヴンの行動、リードの行動……それぞれの動きで展開はいかようにも変わる。
だから今貨物室に入って来たのは誰か分からないのだけど、私の予想が当たっているとしたら……。
少しだけ顔を覗かせて入って来た人物を見れば、それはやはり私が思った通りの人物だった。
白銀の髪から覗く空色の瞳。どこぞの王子かと見紛う品のある美しい顔立ち。ファルコン専用の白い軍服に身を包み、その胸に光る徽章は隊長しか付けることの許されない翼のバッジ。
――彼は特務飛竜部隊ファルコンの隊長、カイト・ウォリックだ。
彼こそがメインヒーローであり、これからレイヴンの恋敵となる。恋愛面でも仕事面でも敵なのだから、難儀なものよね……。
私の同情的な心の声が聞こえてしまったのか、カイトがこちらを向きそうになり慌てて顔を引っ込める。
見つかったかも、なんて不安に思いながらバクバクと跳ねる心臓に手を当てていると、そう言えばあの時もこんな感じだったな、と昔を思い出した。
金の瞳を持つあの子と一緒に、こうやって隠れ、て……。
そこで、はたと思う。レイヴンとあの子は、何だか似ているな、と。金の瞳に、黒髪。別にどちらも珍しい色と言う訳ではない。でも何だか、面影が……。
そこまで思って、あり得ないと考え直す。
そう、あり得ないことだ。王女アナスタシアとレイヴンが幼い時に知り合っていたなんて、そんな事、漫画に書いていなかった。そう、書いて……って、何だかむずむずする……。
さっきからカイトが歩き回っているせいだろう、もともと埃っぽいのに、ますます埃が舞い上がってっ……。
「くしゅん、」
あ、やばい。
出てしまったくしゃみに部屋の中が張り詰めたのが分かった。
「誰だっ!」
カイトから鋭い声がとび、私の背中にひやりと汗が伝う。
「ごめ、」
ごめんなさい。小声でそうレイヴンに謝ろうとしたが、頭に乗せられた手に言葉が詰まる。彼は気にするなと言うようににっと笑うと、私の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。
「またな、アナ」
レイヴンはすぐに立ち上がると、すぐそこにあった荷物搬入用ハッチの取っ手を回す。
ガゴンッと大きな音がして、扉が大きく開かれる。貨物室に光と風が吹き抜けた。
「見つかっちまったらしょうがねぇな」
「お前はっ……!」
持っていたコートをばさりとマントのように肩に羽織るレイヴン。コートの留め具の金の飾緒が胸元で揺れ、不敵に笑うレイヴンのコートが風に乗ってふわりと舞い上がった。
「レイヴン・バッキンガム!」
すぐさまカイトが剣を抜きレイヴンを捕まえんとするが、彼はそれを避けるように重心を後ろに倒す。レイヴンの足が床から離れ、彼の体は空へと投げ出された。
「あっ」
彼の後を追うように急いで搬入口から下を覗き込む。青い空を落下する中、レイヴンは私を見て笑顔で叫んだ。
「必ず迎えに行く!」
その時、レイヴンと記憶のあの子が重なった。別れ際、あの子もそう言ったのだ。必ず迎えに行く、と……。
私がまさかと考える中、レイヴンは満足顔で指笛を鳴らす。すると真っ黒の羽の飛竜が飛んできて、レイヴンはその背に器用に乗ると飛行船から遠く去って行こうとする。
「逃がすか!」
搬入口からそれを見ていたカイトも口笛を吹くと、飛行船の近くで待機していた白い羽の飛竜がすぐに飛んできた。彼も飛竜に乗り、レイヴンの後を追う。
流石は精鋭ファルコンの隊長、カイトはすぐにレイヴンに追いつき彼に斬りかかる。だがレイヴンもそれを巧みにかわしている。
始まった空中戦に、私はぽかんとしながら成り行きを見守ることしか出来ない。頭の中はレイヴンと記憶のあの子のことで混乱しきりだ。
ぐるぐると悩んでいると、急に後ろから肩を引かれた。振り返ると、そこには焦った顔の知り合いが。
「姫さん、無事か」
「オウル……」
見上げて名を呼ぶと、彼は安心したように息を吐いた。
彼はオウル・リーズ。ファルコンの一人で一番の古株だ。ワイルドなおじさんだけど、包容力があって、部隊の中でも相談役になっている。
王直属というだけあって私自身ファルコンのみんなに会うことは多く付き合いも長いが、オウルとは一番仲が良いと思う。
「来てくれてありがとう……面倒かけてごめんね」
謝る私にオウルは目線を合わせるようにしゃがむと、私の頭をぐしゃぐしゃに撫でた。
「何言ってんだ。俺らは面倒をかけられるためにいるんだから、姫さんはんなこと気にすんな」
手つきは乱暴だが、オウルの言動一つ一つには優しさがこもっている。
こりゃ男にも女にも人気な訳だよなぁなんて思いながら、私は彼の言葉に有難く頷いた。
「それで、何でこんなことになってんだ? どこも怪我してねぇか?」
「私は大丈夫。それより、カイトを止めてほしいの。レイヴンは私を助けてくれたのよ」
「あー……なるほどな、だから二人して隠れてたのか……。だけど姫さん、そりゃ無理な相談だ」
一言で諸々の事情を理解してくれたのだろう、オウルは困ったように頭を掻いた。
「姫さんを助けてくれたと言っても、奴は空賊で、犯罪者だ。どっちにしろ捕まえなきゃならん」
「……そう、よね……」
オウルの言うことが正しい。分かってはいるのに、やっぱり捕まえてほしくないと思うのは、好きなキャラクターだからという欲目だろうか。
漫画の通りなら捕まることはないが……どうなるかは分からない。
今だ戦闘を繰り広げる二人を見ていることしか出来ないでいると、ばたばたと騒がしい音がして慌てた様子の女の子が貨物室に入って来た。
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