第2話 救出と邂逅
アナスタシアが気を失って直ぐ、空賊のリーダー、サティバは真っ直ぐにアナスタシアへと近付いた。周りの護衛はすぐさま止めようとしたが、それをベインが制止する。
「皆、そのまま動くな」
「ベイン様!」
「この男が入って来たということは既に周りは包囲されているはず……抵抗すれば何をされるか分からん」
実際、飛行船の周りは既に鎮圧されていた。通常よりも多く護衛をつけていたはずだが、空賊はそれを上回る規模であらかじめ待ち伏せしていたのだ。
今彼らの武装は解除され、全ての護衛と飛行船に銃が向けられている。
サティバはベインの言葉に楽しそうに口笛を吹いた。
「賢い主で良かったなぁ、お前ら。何事も、命あっての物種だ……」
言いながらサティバは誰にも邪魔されることなく、軽やかにアナスタシアへと近付く。
ただ一人、皆に動くなと命じたベインだけが、抱える彼女を守るようにきつくその体を抱きしめた。
「王女をこっちに寄こせ」
「……嫌だと言ったら?」
「こうなる」
サティバは考える素振りもせず、持っていた銃で躊躇なくベインの肩を撃つ。
「ぐあっ!」
「きゃあああ!」
「ベイン様っ!」
ベインは痛みで思わずアナスタシアを腕から離す。崩れ落ちる彼女を、サティバは難なく受け止めた。
「よっと」
そのまま担ぎあげると、もう用は無いと言うように振り返ることなく飛行船から出て行ってしまった。
「頭、上手くいきましたね」
「ああ、あとはこいつを運ぶだけだ」
飛竜の背に荷物のようにアナスタシアを乗せると、サティバは飛竜に取り付けている鞍に跨りその場を飛び去る。
こうして、王女誘拐はものの数分で成し遂げられてしまった――かに見えた。
――二人の飛竜乗りが、彼らと出会うまでは。
「よぉサティバ、そんなに急いでどこに行くんだ?」
サティバ達が飛び立ち飛行船も見えなくなった頃、彼らの前に男が現れた。金の瞳を持つ男は、サティバの後ろに女が乗せられているのを見て顔を歪める。
「気を失ってるみたいだが……その女、どうする気だ」
「お前には関係ねぇ、失せろ」
「悪名高いお前のことだ、どうせ良からぬ事でも考えてんだろ。まあ確かに、俺には関係ないが……」
男はまるで知人にでも話しかける気安さであったが、言葉を切ると、きつくサティバを睨みつけた。
「女を攫うなんて、気にいらねぇな」
金の瞳を鋭く細め、嫌悪と敵意を隠しもしない男に、サティバも苛立ちを隠さず口角を上げた。
「はっ奇遇だな……俺もお前が気にいらねぇよっ!」
銃を抜いたのは、ほぼ同時だった。お互いが躊躇なく引き金を引き、その弾丸はお互いを掠める。まるでそれが合図だったかのように一気に場は動き出した。
「囲め! 奴には借りがある、絶対に捕まえろ!」
以前サティバが民間人の飛竜乗りを襲った時、金の瞳の男に邪魔をされたことがある。その後も何度か似たようなことがあり、彼は男に随分と恨みを抱いているのだ。
サティバが部下に指示し、彼らは男の四方八方に散る。だがしかし、男は飛竜を巧みに操り、逆に空賊を翻弄していた。
男が部下と空戦を広げている隙にサティバは銃を向けるが、乱戦ゆえに部下が邪魔で男を捉える事が出来ない。
「くそっ!」
どうにか隙をとサティバが躍起になっていると、どこから来たのやら、灰色の髪をした男がサティバの上空に現れ、飛竜の背から掠め取るようにアナスタシアを救出した。
「なっ!」
「良くやった!」
仲間が救出したのを見届け喜ぶ男だったが、仲間の男が大きくバランスを崩したのを見た。アナスタシアを救出した際に無茶な体勢をとってしまったのだろう。仲間の男はバランスをとれず、辛うじて抱いていたアナスタシアが空へと投げ出される。
アナスタシアが空に落ちた瞬間、男はほぼ条件反射で飛竜を彼女の元に飛ばした。
「っ、とぉ!」
男は見事アナスタシアをキャッチする。仲間の男もほっとしたように息を吐いた。
「流石です! さ、もう用は無い、行きますよ!」
「おう!」
二人は飛竜を全速力で飛ばし、その場を後にする。サティバ達はアナスタシアを取り返さんと後を追ったが、結局追いつけず見失ったのだった。
サティバ達を撒き、二人はほっと息を吐く。灰色の髪をした男は呆れたように金の瞳の男に声をかけた。
「全く、二人であれだけの人数を相手にするなんて……貴方の突発的な行動には毎度肝が冷える」
「しょうがねぇだろ、攫われてる女を見てほっとけるか」
「計画を練ってほしいと言ってるんです」
「へー、へー」
お説教などどこ吹く風、男は適当に返事をすると、自身の膝の上に抱きかかえるように乗せている女を見る。
気を失っており、頭が下に垂れているため顔が良く見えない。一体何故この女は攫われたのか。何の気なしに顎を掴み、顔を上に向かせる。
その顔を見て、男は金の瞳を大きく見開いた。
「アナスタシア……!」
何も見えない真っ暗闇。その中で、誰かが泣いている声がする。誰だろう……ああ、あれは、お母様。その肩を抱いて、辛そうに顔を歪めているのは、お父様。二人が見ているのは……幼い時の、私。
あれはそう、丁度十年前。私が八歳の時だ。
その当時私は酷く悩んで、落ち込んでいて、目に映る全てが、自分自身さえもが作り物のような、空虚な物に思えていた。
ほとんど人と喋らず、ご飯も最低限しか食べず、夜も満足に眠れていなかった。日中はぼうっと椅子に座って部屋の窓から外を眺めているだけで、まるで人形のよう。
あの時は、きっと私が思っている以上に両親を泣かせて、周りに心配をかけたに違いない。
だから今こうして私が元気に暮らしていけているのは、両親と周りの人たちが支えてくれたからに他ならない。
……でも、私が元気になって、周りと、自分自身と向き合えるようになったそのきっかけをくれたのは、あの子だった。
明るくて、優しい。夜のような真っ黒の髪に、太陽のような瞳をもった、男の子。
――不意に、ふわりと頭を撫でられた。優しいけど、どこか乱暴で、ぎこちない手つき。でもとっても暖かい。
そう、あの時もそうだった。あの子はこんな風に、私の頭を撫でて――……え?
ぱちり。
目を開ければ、そこには金。
「あ……起きたか、アナスタシア」
嬉しそうに微笑むその顔に、私は見覚えがある。
烏を思わせる濡れ羽色の髪に、猛禽類の様な金の瞳。端正な顔立ちながら、どこか無邪気さが感じられるイケメン・オブ・イケメン。
この人は……レイヴン・バッキンガム!
「ひっ」
「ん?」
「ひゃあああ!」
「うおっ」
驚くレイヴンなどなんのその。私は悲鳴と言う名の奇声を上げると、勢い良く起き上がりそのままの勢いで部屋の隅へと丸まった。ぎゅうと手元のコートを握り、はたと止まる。
私、コートなんて持ってましたっけ……?
握っていたコートを広げると、金の装飾があしらわれた黒い男物のコートが現れた。それを見てひゅっと息が詰まる。
これってもしかしなくてもレイヴンがいつも肩にかけているコートなのでは……え、何……ていうかもしかして、これを体に掛けられて、ひ、ひひ、ひざまくら、されてました……?
「あわわわ」
あまりの衝撃にがたがたと震える私を見て、レイヴンは困惑している様子で所在なさげに手を宙に浮かせている。
「なっ……アナ? そんなに怖がらなくても、俺は何もしねぇよ、」
あ、愛称ですって! 愛称、ですって!
突然の愛称呼びに私の震えは止まるどころか増すばかりで、レイヴンも困惑しきりだ。
というかこっちの方が困ってる。だってまさか今日会うとは思わなかったんだもの……前世で読んでた漫画のキャラクターに!
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