第82話 エピローグ
“神”の出現から消滅まで、およそ数時間――その間に世界中で起きた出来事は、後に歴史の教科書に載るほどの大事件となった。
数週間、世の中の話題が全て一色に染まるほど人々の関心を集め、おかげで依里花たちへの注目は自ずと落ち着くこととなる。
とはいえ、果たしてそれが良いことだったのかはわからない。
神の実在は人々の信仰心に大きな影響を与えた。
世界的に宗教的な混乱が発生し、海外ではそのせいで暴動まで発生し、戦争にも発展しそうだというのだから。
せめて国内の混乱だけでも収めようと動いたのが麗花だった。
彼女は日屋見グループのツテを使ってメディアに出演し、事の顛末を語ったのである。
あれが戒世教の企みだったこと。
宗教儀式により異次元からの生命体を呼び出すことで世界を滅ぼそうとしたこと。
戒世教に敵対する何者かがそれを阻止し、怪物たちを元の世界に戻すことに成功したこと。
神の姿を見て、戒世教を模倣しようとする集団が現れないよう、可能な限りの事実を語る。
もちろんそれにはリスクもあった。
麗花は両親と縁を切り、戒世教と関係を切った人間として表舞台に立ったが、それでも怪しむ人はいる。
戒世教のせいで大勢の人間が死んだのだ、少なくない憎しみも関係者である彼女に向けられた。
それでも麗花は平然としていた。
隣に真恋がいればそれだけで十分だ。
そう言わんばかりに、自らの役目を全うした。
その流れの中で、麗花は日屋見家の遺産は全てが被害者遺族への補償に使用すると発表し、また日屋見グループは当然のように解散する流れとなった。
関連企業の多くは買収、合併され、残された幹部たちは前社長の遺言に従う形で、可能な限り路頭に迷う社員が出ないよう動いた。
戒世教と関係性の深かった上層部の人間が消えたおかげか、皮肉にも以前よりもスムーズに仕事が出来た、とは麗花に近い社員の弁だ。
そう、依里花の願いを聞き入れた異次元の生物の手により、戒世教の関係者は例外なく全員が死に絶え、文字通り“壊滅”したのである。
教団幹部はもちろんのこと、政治家、財界の重鎮、テレビ局の幹部、大御所芸能人、大物スポーツ選手などなど――国内だけで三桁以上の人間が死んだ。
海外を含めばその数は五桁に及ぶだろう。
剛誠が発表した名簿とは無関係の人間まで命を落としており、戒世教が光乃宮市を中心に全国に長く長く根を伸ばしていたことがわかる。
依里花たちはというと、そういった世の中の流れを他人事のようにテレビ越しに見ていた。
通っていた学校や職場が消滅したため、暇なのである。
だが注目が薄れたとはいえ、外を歩いていれば記者がまとわりついてくるので、外で遊ぶわけにもいかない。
依里花は恋人たちと共にホテルで暮らし、たまに令愛の家に泊まったりしていた。
『ああ、堕落ってこういうことを言うんだな』
そんな風に思ってしまうほど、退廃的な生活をしていたと思う。
しかし依里花はそういった毎日を好んでいたので、周囲の混乱が落ち着いたらそんな暮らしをしてみてもいいかもしれない、なんて考えていた。
そして、戒世教を倒してから一ヶ月の時が過ぎた。
ようやく依里花も街を安心して歩ける程度に騒ぎは落ち着いたが、以前に比べると光乃宮市からはすっかり活気が失われてしまったように思える。
実際、かなりの人間がこの街を脱出したらしい。
市の産業の大部分を担っていた日屋見グループも消えたので、残る理由も無い。
光乃宮学園の校舎に大量の死体が埋められていた件や、子供が曦儡宮の生贄になっていたことも発覚したため、子供の身を案じた親も大量に引っ越していったそうだ。
実際のところ、戒世教と繋がりのあった“学校”は光乃宮学園だけなのだけれど――他校はとばっちりを受けたとはいえ、仕方のないことだろう。
最近になってようやく後任の市長が決まったようだけれど、市議会議員の多くも空席のまま。
役所どころか警察や消防、病院までもが人員不足を嘆き、残った市民からは治安悪化を心配する声が聞こえてくる。
光乃宮市のお先は真っ暗である。
おそらく数年もしないうちに、廃れた街になってしまうのだろう。
戒世教という地盤に支えられて栄えてきた街なのだ、因果応報というには無関係の人が受ける被害が大きいが――しかし、そうとしか言いようがない。
かくいう依里花も、光乃宮から出ることを決めた。
世間的に言うと、彼女は戒世教の被害者の筆頭だ。
学園消失に巻き込まれた上で、あの地獄のような異空間を生き延びた貴重な一人――行き場を失った依里花を受け入れれば、学校の印象は上がる。
まあ、そんな下心があったかはさておき、編入の提案をしてくる学校がいくつかあったのである。
依里花は悩んだ。
果たして再び学校に通う必要があるのだろうか。
あんな面倒くさい場所に。
しかし、今、彼女の周りには自分を愛してくれる人たちがいて。
令愛、夢実、ネムシア、ギィ――彼女たちと一緒なら、今まで見てきた光景とは違う、新しい学園生活が見れる気がしていた。
幸いにも、依里花は編入を提案
ある程度の融通はきかせてくれるだろう。
例えば、一緒に編入する子たちと同じクラスにしてほしい、とか。
難色を示されても、『一人で学校にいると、化物だらけの学園に閉じ込められたことを思い出して怖い』とでも言えば逆らえないはずである。
かくして、依里花の高校生生活は再開することとなった。
――と言っても。
編入した学校は、光乃宮市の隣にあるので、そこまで離れていないのだが。
◆◆◆
それからさらに一ヶ月後。
隣町のマンションに越した依里花は、新たな制服に身を包んで姿見の前に立っていた。
長めの前髪をいじりながら、不安そうに自分の顔を見つめる。
「……似合わないなあ」
「そんなことないよ。依里花ちゃんはかわいい」
同じく制服姿の夢実は、依里花に抱きつきながらそう囁く。
「そりゃ夢実ちゃんは似合っててかわいいけど……」
「相変わらず依里花ちゃんは自分に自信がないのね。こんなに愛されてるのに」
「みんなが可愛すぎるから、この中じゃ自信なんて持てないって」
別にかっこつけたつもりもなく、依里花は本音でそう答えた。
すると夢実の目つきが変わる。
彼女は艶めかしい動きで、依里花の脇腹に手を這わせた。
「……誘ってる?」
「誘ってない!」
「ギィ、エリカがアタシたちを誘った!?」
二人の会話を聞いて、ぬるりとギィが部屋に現れた。
もちろん彼女も制服を着ている。
言うまでもなく、夢実とギィはこの部屋で依里花と同棲しているわけだが――犬塚家との交渉は拍子抜けするほどあっさり終わった。
事前情報通りといえばそうなのだが、娘がどこの馬の骨とも知れぬ女と交際し、同棲を始めると聞いても興味を示さないのだから、以前からよっぽど冷めた親子関係だったのだろう。
「だから誘ってないの! 今日から学校なんだから、さすがに朝から盛れないでしょ」
「えー、ザンネン」
「まったく、初日から遅刻したらどうするつもりなのだ」
ネムシアは夢実と入れ替わると、頬を膨らまし苦言を呈す。
だが彼女も依里花に抱きついたままだ。
「ストッパーみたいな雰囲気出してるけど、ネムシアも相当だからね?」
「仕方なかろう、我は夢実と肉体を共有しておるのだぞ? あのようなことを覚えさせたのはお主であろう」
「いや、それは……ほら、リブリオさんにもネムシアのこと任せられてるし」
するとネムシアは――いつの間にそんな表情を覚えたのやら、色気のある笑みを浮かべ、瞳を潤ませ依里花を見つめる。
「子を成せと言われたのであろう? 我も夢実もいつでもよいのだぞ」
「と、とりあえず、学生の間は……ね?」
依里花も別に望んでいないわけではない。
ただ、そこまで想像できていないというだけで。
というか、目の前のネムシアよりも、まるで獣のような眼差しでこちらを見るギィの方が怖い。
するとそんな依里花を救うように、玄関から鍵を開く音が聞こえた。
「おじゃましまーす! みんなどこいるのー?」
「あ、令愛だ。こっちにいるよ!」
ドタバタと駆け足で近づいてくる令愛。
彼女は今も実家で暮らしている。
さすがに父親が健在なので、高校生のうちから同棲というのは認められないようだ。
夢実やギィの存在を認識した上で、依里花との交際を認めてもらえた時点で奇跡のようなものなのだが。
とはいえ、依里花たちが暮らすこのマンションは令愛の実家からあまり離れておらず、合鍵も渡しているので半同棲のような状態である。
もちろん、通う学校も一緒だ。
「おっはよー! うわ、みんな制服だ! かわいいー! めっちゃ似合ってるーっ!」
「朝から元気だね、令愛」
「だって、やっと依里花と一緒に登校できるんだもん。念願叶ったって感じ?」
依里花と令愛が出会ったのは、学園が界魚に呑み込まれたあとだ。
それまでは面識もなかったので、こうして一緒に登校することすらなかった。
令愛にとっては、並んで通学路を歩くのが憧れだったのだろう。
彼女は四方八方から制服姿の依里花を観察する。
「前の制服もよかったけど、今の制服も依里花に似合っておりますなあ……」
「私なんてぜんぜん、令愛の方がかわいいって」
「……さそって」
「誘ってない! 何でそうなるかなぁ!」
何もかも、退廃的な暮らしを送っていた依里花が悪いのである。
「ほら、もう時間が無いから行くよ。今日は初日だから、早めに行かないと怒られるって」
『はーい』
依里花はまるで、引率の先生のような気分だった。
◆◆◆
通学路に出ると、見知った顔が前を通りがかる。
巳剣、会衣、緋芦の三人組だ。
「おはよう」
彼女たちは依里花を怪訝そうに見つめた。
「取り憑かれてるの?」
「会衣にはひっつき虫に見える」
「束縛する系の彼女ーズなんだね」
「ほら、やっぱり言われてるから絡みつかない方がいいって」
令愛は『利き手がいい』と言うので右。
夢実は『心臓が近いほうがいい』と言うので左。
ギィは『背徳的な関係がいい』というので背中から抱きつき、それらを引きずるように依里花は歩いていた。
なまじ身体能力が高いせいで、それでも普通に歩けてしまうのがよくないのだ。
「依里花はかっこいいから、ちゃんとあたしたちが彼女ですってアピールしたほうがいいと思って」
「私も同じ。依里花ちゃんにしっかり匂いを付けておかないと不安なのよ」
「我が伴侶なのだから、しっかりつなぎとめておかなくてはな!」
「エリカはギィたちのもの!」
「安心なさい、そこまで執着するの仰木さんたちだけだから」
「でも会衣は、ちょっとうらやましい……」
「私たちも負けじと対抗を――はっ、でもお姉ちゃんがいない!」
「お姉さんがいないと会衣たちのパワーは半減する……」
「やっぱり今からでも遅くないよ。お姉ちゃんに制服を着せて登校させよう!」
「あんたたちも落ち着きなさいよ……」
呆れ顔の巳剣。
しかしすっかり突っ込みにも慣れた様子であった。
「芦乃さんはどうしてるの?」
依里花が尋ねると、会衣と緋芦が答えた。
「会衣は、近所の道場で柔道のコーチしてるって聞いた」
「元警察官の知り合いがやってる道場なんだって。戸籍とか色々問題があるみたいで、まだ普通に働けないから」
「そうね、生き返ると色々と大変だもの」
しみじみつぶやく夢実。
彼女は行方不明者扱いだったのでまだマシだったが、一度死亡届が出されている芦乃は、法律の壁と戦っている最中なのだろう。
「生き返ると言えば、明治先生はどうしてるの?」
七人で歩きはじめると、巳剣がそう切り出す。
羊子と連絡を取り合っているのは依里花と令愛だ。
特に、家族とも面識のある依里花は、何かと相談事をされることも多いようで――
「今は実家でゆっくりしてるよ。学校に復帰することも考えてたみたいだけど、私が止めた」
「なんで止めたの?」
首を傾げる緋芦。
「たぶんあの体、芦乃さんと同じで歳を取らないから、怪しまれたら大変でしょ?」
「お姉さんが歳を取らないっていうの……会衣、まだピンとこない」
「今はまだ、ね。でもまあ、私のパーティメンバーってことだし、なんとかできないか考えてはいるけど――年取りたいかどうかも、その人によるからねぇ」
「エリカが復帰を止めたリユウ、それだけ?」
「ん―、それと……いい先生なんだけど、感受性が強すぎるかなって。島川優也や七瀬朝魅の件は今もトラウマになってるみたいだから、無理して先生に戻らなくていいんじゃないかなと思ってる。先生が幸せに生きてくれることが一番だよ」
戒世教の件が無くとも、いじめはどこの学校にだって存在する可能性がある。
おそらく羊子は、そこでも首を突っ込もうとするだろう。
そして今の彼女には、それを力ずくで解決できてしまう手段がある。
しかし仮に力を使って解決すれば――羊子はそのことを悔い、心を病んでしまうかもしれない。
どうしても戻りたい、それが夢だから、と強く主張するなら依里花は止めはしないが、羊子も自身の体に不安があるのか、強い意思は示さなかった。
「今の明治先生が聞いたら依里花に惚れちゃうかも」
「そこまで惚れ込んでるの令愛たちだけだって。そういや私も気になってたんだけど、絹織さんと千尋さんはどうしてるの? 職場が消滅したって話は聞いたけど」
千尋の病院は、戒世教との繋がりが明るみに出て、そのまま廃院となった。
また、絹織の勤めていた出版社も、社長が戒世教から資金を受け取り、戒世教の関連団体の宣伝などを行っていたようで、それが明るみに出たことで廃刊となった。
「会衣が知る限りだと、二人は溜めてたお金で今はゆっくりしてる」
「お姉ちゃんとよく話してるみたいだけど、千尋さんはじわじわブラッドシープの件が怖くなってきたみたいで、病院に復帰するか考えてるって言ってた」
「会衣も絹織お姉さんから聞いた。血を見ると前より抵抗感が強くなったって」
「それって看護師としては致命的ね」
巳剣が気の毒そうに言う。
だが、絹織との交際は順調なようなので、収支は大幅にプラスと言っていいだろう。
「絹織お姉さんは本を書いてるって会衣は聞いた」
依里花は「本?」と聞き返す。
「外から見た戒世教についての記録。知り合いだった連城っていう刑事さんのことや、芦乃お姉さんも一緒になって記録を残そうとしてるらしい」
「そっか、関係者が根こそぎ死んだから、記録を残しとかないと何年か後には忘れちゃいそうだね」
「依里花ちゃんも書いてみたら?」
「確かに、依里花が一番詳しく書けるかもね」
「まあ、誰かに見せるためじゃなくて、自分用に残しておいてもいいとは思うけど……」
だが、依里花としてはあまり過去を振り返るつもりはなかった。
今が何よりも一番幸せなのだから。
「記録で思い出したけど、島川くんがSNSやってる知ってる?」
「何それ知らない。巳剣さんは見たの?」
「見た見た。あっちは事件のことってより、お兄さんのことをみんなに知ってもらうためって感じだったけどね」
島川大地は、両親とともに実家に戻り、今はそちらの高校に通っているらしい。
パーティメンバーの縁もあり、依里花とはたまに連絡を取っていたのだが、SNSの話は聞いたことがなかった。
「かなり湿っぽい内容だったから、それこそ個人的な備忘録、みたいな感じだったわ」
「だから私たちに知らせなかったのかな」
「そうね……倉金さんが幸せに暮らしてることは知ってるでしょうし」
「彼も、あっちで楽しく過ごせてるといいわね」
社交辞令ではなく、本心から夢実はそう思う。
彼女は大地とほぼ付き合いが無いが、牙の核として兄の身を案じ奮戦する様子を見てきていたからだ。
「うん、ほんとそう思う。関西かぁ……赤羽さんもあっちの遊園地で働いてるんだっけ」
「あら、そうだったの?」
またしても驚く巳剣。
事件の生存者といっても、全員が全員と連絡を取り合っているわけではない。
特に赤羽は年齢が離れていることもあって、その後どうしているか知っている人間は少ないかもしれない。
すると、津森と知り合いだった流れで、連絡先を交換したらしい緋芦が、赤羽の近況について口を開く。
「ファンタジーランドは日屋見グループと関係なかったから、親会社が運営してる別の遊園地で働けることになったって。家族全員で職場の近くに引っ越したけど、最近は母親の門限がすごい厳しいとかで佳菜子ちゃんが愚痴ってた」
「あはは、その感じだと旦那さんの門限も厳しくなってそう」
苦笑いする令愛。
「まあ、あんな目に合ったんじゃね。奥さんもきっと不安で仕方ないんだよ」
依里花は同情するようにそう言った。
おそらく愚痴っている当の娘も、以前より父親の身を案じて口うるさくなっていそうではある。
なんといっても、目の前で父が死ぬ姿を見ているのだから。
「みんなそれぞれの道を歩んでるのね……」
「巳剣さんはどうなの」
「どうなのって何がよ」
「何か変わったのかなって」
「倉金さんたちほどの変化は無いけど……ああ、そうだ。うちの父親が働いてた会社が、実は戒世教と繋がりがあったとかで倒産したわ」
「それはタイヘン」
「仕事がなくなったってこと?」
「そう、日屋見さんからの見舞金が無かったら危なかったわ」
「それ会衣たちのところにも来た」
「家の遺産を分配したって話だったよね。でもあれ、日屋見さんは平気なのかな」
麗花の身を案じる緋芦。
確かに遺産の全てを手放した今、麗花はただの無一文の十代女性になってしまった。
とはいえ、身一つでも彼女は十分生きていけるだけの能力が備わっている。
実際、依里花たちもマンション探しや、行方不明から戻ってきた夢実の諸々の手続きなどを、麗花の手配した日屋見グループの社員に手伝ってもらっていた。
加えて、当の麗花はというと――
「日屋見さんなら心配ないと思うよ、今は真恋と二人で海外にいるらしいから」
『海外!?』
何も知らなかった巳剣、会衣、緋芦の三人の声が重なる。
「見事なユニゾンだのう」
「そりゃハモりもするわよ。色んなテレビに出て頑張ってたのは知ってたけど、今もう海外にいるって……」
「会衣が思うに、行動力の化物」
「でも真恋さんも一緒だと、何でもできそうな感じがするね。無敵の二人っていうか」
依里花も、緋芦と同じことを考えていた。
ある意味で枷から解き放たれた麗花と、開き直り自分を受け止めた真恋。
強靭な戦闘能力まで手に入れた今、果たして二人にできないことなどあるのだろうか。
「そのうち海外のニュースで姿をみることもあるかもしれないわね」
冗談っぽく夢実は言ったが、冗談に聞こえないのがあの二人である。
しかし実際のところ、二人が表舞台に出てくることはないだろう、と依里花は思っていた。
何せ、麗花と真恋が海外に向かった理由には、例の金塊を換金することが含まれているのだから。
『うまくいったらみんなで分配しよう。これは戒世教との戦いで得た戦利品なのだから』
とまあ、麗花はそんな言葉を依里花に残して旅立っていった。
戒世教の手元にある時点で、真っ当なルートで入手された金塊では無いだろう。
それを換金するとなると、そちらもまた真っ当な表のルートでは不可能。
なのでニュースなどに出てくるのではなく――気づけば某国の裏社会を牛耳っていたとか、そういう可能性ならある。
もっとも、海外に向かった目的はそれだけではない。
今後に備えて見聞を広めるため、だとか。
戒世教を真似して生まれた宗教団体を潰すため、だとか。
色々あるようなのだが、最大の目的はもちろん――
先日、さっそくウエディングドレスを着た二人の写真が依里花に送られてきた。
麗花はかなり浮かれていたし、真恋も見たことがないぐらい明るい表情をしていた。
依里花たちが退廃的な暮らしを送っている裏で、麗花たちはこんなにもまばゆい笑みを浮かべていたのだ。
これが陰と陽の違いか――依里花はそう痛感すると同時に、どうあがいても陽の世界には行けそうにないので、永遠に陰でいいやと開き直った。
「でも依里花も負けてないと思う!」
「令愛、敵わない相手に張り合わなくていいから」
「えー、でも依里花だってその気になれば、なんでもできるんじゃない?」
「復讐はやり遂げたし、これ以上何かをしようとは思わないかな。仮に力が有り余ってたとしても、それは全部、みんなと一緒に幸せに生きるために使いたい」
「依里花……」
頬を赤らめ目を潤ませ、令愛がぴとっと依里花に抱きつく。
「依里花ちゃんのそういうところ好きだな」
「……ギィ、ギィ。ギシシっ」
気づけば、夢実も抱きつき、ギィも背中にぐりぐり額を押し付けていた。
巳剣はすっかり使い慣れた呆れ顔で言う。
「今日から毎朝これを見せられるのね」
「ごめんね、まだ16年分のマイナスも取り返せてないからさ」
「プラスにしたってやめるつもりないんでしょう?」
「もちろん、やりたい放題やって生きてくよ」
巳剣がため息をつくと、依里花は肩を震わせ笑った。
そして彼女たちは再び歩きだす。
新たな学び舎が見えてきた。
果たしてそこで待っているのは、普通の人間に囲まれた平穏な学園生活なのか、はたまた“邪悪なモンスター”ひしめく地獄なのか。
「もう誰も私の邪魔なんてできないんだから」
どちらにせよ、依里花の人生は揺るがないし、誰にも否定できない。
好きな人に囲まれて、好きなように生きていくだけだ。
『君の生み出した刃は、いずれ界魚自身を殺す力となる。ありがとう。おめでとう。どうか邪悪から解き放たれた君の人生が、幸せで満ちていますように』
スマホに表示されたその文字を見て依里花は微笑み、青空を見上げた。
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