第53話 想定外のPvP

 



 緋芦さんとの話を終えた私たちは、玉座の間を後にした。


 明らかに建物の形状を無視した長い廊下を四人で走る。


 彼女が言うには、力を使ったため少しだけカイギョに理性を持っていかれているが、短期間なら精密な動作を行うのは問題ないとのことだ。


 きっとうまくいく。


 何より、この部屋に大木がいなかったという事実が、私の自信を裏付けていた。




「おか……大木さん、ここにいなかったね」


「大好きな曦儡宮様にかっこ悪いところは見せられないってことかな。つまりまだ、そこまで追い詰められたわけじゃない」




 元々、生徒と結託して私と夢実ちゃんを自殺に追い込もうとするようなクズだ。


 卑怯な行動は私より慣れてるに違いない。


 今ごろは個別に戦っている誰かを狙ってる――そう考えると、早いところ合流したい。




「今ごろはたぶん、戦ってる三人のうちの誰かを狙ってるんじゃないかな」


「三人?」


「須黒と真恋の戦いに入り込めるほど肝も据わってないでしょ、あの女は」




 とはいえ、どう見ても真恋は押されていた。


 彼女にも助力は必要だ。




「とりあえず牛沢さんはホテルを出て、赤羽さんたちに合流して。戦いが終わるまで安全な場所で待機しててほしい」


「……わかった、会衣は大人しくしておく」




 と言いつつも、本当は戦いたくて仕方がないのだろうな。


 井上姉妹が中心に存在している以上、彼女も無関係じゃないんだから。


 でも今回ばかりはレベルが全然上がってないので、我慢してもらうしかない。


 私たちは玉座の間から続く道を抜け、ホテルの廊下に出る。


 ここで牛沢さんとは一旦お別れだ。


 彼女は井上さんの手をぎゅっと握ると、額に当てて強く祈った。




「また会衣とお姉さんが会えますように」


「会衣ちゃん……」


「絶対だよ、芦乃お姉さん。急にいなくなるとか無しだから。そうしたら会衣と緋芦は、六年前までみたいに来る日も来る日も泣くから」




 牛沢さんの甘えるようなその表情には、今まで見たことのない幼さがあった。


 きっと六年前もこんな感じで、緋芦さんと二人で井上さんを困らせていたんだろう。


 それにしても、命に未練が無い人間なんていないと思ってたんだけど、案外そうでもないのかな。


 言われてみれば、自分の正体を知った今の彼女には危うさがあるようにも見える。


 彼女がキャストと同じ存在ってことは、犠牲になった誰かが存在するわけだし――警察官になるぐらい正義感が強い人だからかな、きっとそういうのが嫌なんだろう。




「わかった、約束する。三人で生きてここを出よう」


「うん、会衣との約束!」




 しっかり小指を絡めて約束を交わし、最後に井上さんに笑いかけると、牛沢さんは手を振りながらホテルを出ていった。


 意地でも生き残ってもらう――そんな圧を感じた気がする。


 私たちは再び足を前に進める。


 階段が前に見えてきたあたりで、井上さんは私に問いかけた。




「あたしは誰と戦えばいい?」


「2階で白町くんと戦うか、3階で中見さんと戦うかだけど――」


「月は3階にいるの?」




 令愛の言葉に私はうなずく。


 はっきり見たというよりは、消去法ではあるけれど。


 すると彼女は胸の前できゅっと拳を握り、何かを決意した様子だった。




「殺し合いになるけど、令愛はそれで平気?」


「平気どころか、むしろちゃんとしたけじめをつけたいと思ってる」




 強いなあ。


 令愛にとっての中見さんって、私でいうところの夢実ちゃんみたいなものだよね。


 いくら裏切ってたからって、いざ目の前に現れたら私だったら絶対に迷うよ。




「わかった、中見さんに関しては令愛に任せる」


「うんっ、嫌な気分ごとふっとばしてやるんだからっ」


「ならあたしは2階で白町ってやつと戦えばいいのね。あと一人、須黒がいたはずだけど依里花ちゃんが行くの?」


「そのために使えそうなスキルも覚えてきたから」




 正直、白町さんと悩んだところはあるけど――彼に関してはギィに任せておけば、十分に尊厳を踏みにじることはできるだろう。


 中見さんも同様に、令愛に負ければプライドはへし折れるはずだ。


 となると自ずと須黒くんのところに向かうことになる。


 格闘家気取りのくせに夢実ちゃんの誘拐に加担した下衆に、いつまでも調子に乗らせておくわけにはいかない。


 真恋との連携は……まあなんとかなるかな。


 2階に到着すると、私たちは令愛と別れた。


 別行動だけど心配はしていない。


 日屋見さんはちょっと胡散臭いけど頭がいい、令愛をしっかり守ってくれるはずだ。


 そして廊下に出ると、そこではギィ、ネムシアと白町の激しい戦いが繰り広げられていた。




 ◆◆◆




 数分前――白町の相手を依里花に任せれたギィは、彼と1対1で戦っていた。


 白町はライフルを持ち、さらに自分の周囲には銃口の付いた小型衛星――ガンズオービットが浮遊している。


 この彼が指示する必要はなく、自動的に標的を狙撃する。


 範囲は数百メートル――広い場所で戦えばかなりの脅威である。


 だが、このホテルの中での戦いだと、その射程の長さを存分に活かしきれているとは言い切れない。


 しかしギィの場合は、射程云々以前の問題であった。


 自動で放たれる銃弾は絶えずギィを襲ったが、そのたびに彼女は体の一部を変形させたり、穴を空けたりして平然と回避するのである。




「クソッ、インチキみたいな体しやがって!」


「ギシシシ、ぜんぜん当たらない。銃がかわいそう」


「下手な煽り方しやがって――コメット・トラッキングッ!」




 苛立つ彼の銃口から弾丸が放たれる。


 しかしその狙いはギィから明らかに外れていた。


 そして壁にぶつかると、イレギュラーな方向へと反射し、今度は的確に彼女を狙う。


 コメット・トラッキング――それはいわゆる追尾弾である。


 だが一般的なそれと違う部分は、跳弾を繰り返し相手を狙うという点にある。


 白町の銃から放たれた銃弾は跳弾を繰り返す。


 それはアルベド・ワンと呼ばれるスキルの効果であり、このスキルレベルに応じて跳弾回数に限界がある。


 しかしコメット・トラッキングに限っては、相手に命中するまで“永遠”に跳弾を繰り返す。


 ゆえに相手は“避ける”という選択肢が無くなるのである。


 人間相手ならかなりの脅威になるはず――なのだが。




「何度やっても無駄」




 ギィは自らの体に銃弾の外径が掠る程度の、小さな穴を空けた。


 そして銃弾は体内を通り過ぎていく。


 それで“命中”と判断されてしまうのだ。


 現に、彼女のスライムの体はわずかだが削れている。


 こうして“コツ”を掴んだ今、白町の大半の攻撃はギィに当たることすらなくなってしまった。




「このままお前を嬲り殺す……エリカが喜ぶやり方で。泳蛇鞭エイジャベン




 でろりと鞭として伸びるギィの腕。


 だがそれがブチッと途中で切れて地面に落ちた。


 かと思えば落ちた腕はいくつもの破片に別れ、ふよふよと浮かびながら不気味に白町に近づく。




「またこれかよ、性懲りもなく!」




 白町とガンズオービットは、的確な狙いでそれを撃ち落としていく。


 近づけば噛みついてくる“泳ぐ蛇”。


 本来であれば、攻撃したところでぬるりと避けてしまうのだが、的確に相手を撃ち貫く白町ならばそこで苦戦することはない。


 だが厄介なのは、その蛇と同時にギィ自身も接近してくるということだ。




衣蛸鞭イソウベン、そして九尾鞭キュウビベン




 ギィの背中からにゅるりと枝分かれした触手が生え、また腕から伸びる鞭も分かれて白町を狙う。


 彼の目の前から迫るそれはまるで触手の壁だ。


 いちいち撃っていてはキリが無い。




「その気持ち悪ぃものをオレに近づけるなぁぁあッ!」




 あらゆる向きから突き刺してくるその触手を、白町は身体能力だけで避けてみせる。


 飛び上がり、体をひねり、天井を蹴って腕で着地し、その腕の力だけで宙返りをしてギィから距離を取る。




捕食鞭ホショクベン




 避けきって、ほっと一息をつく白町に、“噛みつく”鞭が迫る。




「ペイル・ブルー・ドット!」




 その鞭を銃弾で撃ち貫くと、ブシャアッ! とスライムが弾けて黒く壁を汚した。




(本来は大量出血させるスキルだってのに、スライム相手じゃ効いてるのかもわかりゃしねえ!)




 だが、これで一旦は相手の攻撃を切り抜けた。


 ――そう思った矢先、白町は背後に殺気を感じる。




(新手か?)




 そう思い銃と一緒に振り向くと、そこには撃ち落としたはずの“蛇”が浮かび、今にも自分に噛みつきそうになっていた。




「どうなってやがる――!?」




 慌てて撃ち落とそうとするが、オービットの力を借りても足りない。


 蛇は大きく口を開き、白町の肩や太ももに噛みつき、肉を引きちぎった。


 さらにそれだけに飽き足らず、体の中に顔を突っ込んで奥へ奥へ入り込もうとする。


 まるで相手に痛みを与えることに特化したかのような動きであった。




「ぐ、ああぁああああッ! 同じ顔……二人、だとぉ!?」




 そして白町が見たものは、先ほど前に立っていたのと全く同じギィの姿であった。


 1対1で戦っていたはずなのに、いつの間にか2対1になっている。


 幻覚でも見せられているのかと思ったが、実際に痛みがあり、傷を負っているのだ。


 彼は必死の形相で、体に入り込もうとする蛇を手で引き剥がす。




「ギシシシ、実は双子だった」


「違う……それもてめえのスキルか!」


「ギシ、バレちゃった? バレちゃった?」




 双生鞭ソウセイベン――自分と全く同じ姿をした“クローン”を生み出すスキルである。


 クローンは本体と全く同じ意思を持って動き、そして本体と同じスキルを使用できる。


 つまり、単純に戦力が倍になるのである。




衣蛸鞭イソウベン――ようやくこの鞭で、オマエをグチャグチャにできる!」


「近づくなぁぁぁああッ! カスケード・バレットォッ!」




 白町が放った弾丸は、壁に当たって跳弾した途端に散弾に代わり、相手に降り注ぐ。


 そしてさらに散らばった弾丸がそれぞれ跳弾し、それもまた分裂して散弾へと変わる。


 その数は、ギィの体の変形が間に合わないほどであった。




「ちぇっ、うざい」




 一旦後退するギィ。


 だが背後からは、もう一人のギィが迫っている。




「オービタル・レゾナンス――あいつを引き離せッ!」




 白町が指示を出すと、衛星のうちの一つがギィに向かって飛んでいく。


 かと思えば通り過ぎ、彼女の背後を取った。




「挟み撃ち?」


「全然ちげえよ!」




 衛星から目には見えない力場が発生する。


 すると、まるで磁石に金属が吸い寄せられるように、ギィの体はふわりと浮いて衛星に引き寄せられた。




「近づかせないように必死」


「当たり前だろ!」


「大人しく死ねばいいのに。どうせ長くないんだから」


「知ったふうな口を――」


「知ってるから、お前たちのマツロ」


『ギシシ』




 二人のギィが前後で笑う。


 苛立つ白町は、カスケード・バレットで足止めをされていた方に銃口を向けた。




「その余裕がいつまでも続くと思うなァ! 食らえ、イベント・ホライズンをッ!」




 彼は引き金を引いた。


 普通に銃弾を放てば、ギィが体を変形させて避けるだけだ。


 しかし今回は違う。


 引き金を引くと同時・・に、彼女の胸部がバチュンッ! と爆ぜ、黒いスライムをぶちまけたのだ。




「あ……?」


「オレの銃には、避けられない・・・・・・銃弾だってあるんだよ」




 イベント・ホライズン――それは放たれた瞬間に、命中が確約されたインチキじみたスキルである。


 発射と命中が同時なので、避けることも、防ぐこともできない、まさに必殺の一撃であった。


 胸部を撃ち抜かれたギィの体はぐらりと傾く。


 白町は勝利を予感し口元に笑みを浮かべ――そこでギィはようやく「ギシシ」といじわるに笑った。


 そして無傷のときと変わらぬスピードで、彼に急接近する。


 背中から生えた触手が、自動的に彼を突き刺す。


 ギリギリで避けたその頬に、わずかに赤い筋が浮かんだ。




「心臓潰されて生きてるのかよ!」


「誰も心臓がそこにあるとは言ってない」


「いちいち卑怯な――」


「褒め言葉ありがとう。ギシシ」




 前方だけでなく、背後からもオービタル・レゾナンスの影響から逃れたギィが迫っている。


 もはや白町に逃げ場はなかった。


 衣蛸鞭により何箇所も体を突き刺され、さらには九尾鞭も迫る。


 これで体内に魔法を注ぎ込まれれば、死体すら残らず彼は消滅するだろう。




(ここまでかよ――)




 実際は化物としての新たな生が待っているのだが。


 そしてギィの手から伸びる鞭が、彼に突き刺さろうとしたところで――




「交鎖縄。さあ、縛り上げなさい」




 その背後から、女の声が響いた。


 そして伸びてきた鎖がギィの体に巻き付く。




「グゥ……!」


「完全なる捕縛よ。力ごと封じられたのがわかるかしら?」




 腕ごと体を縛り上げられ、一切身動きが取れなくなるギィ。


 するとスキルで作り上げたクローンも消え、スキルが使えなくなってしまう。




「大木ちゃん、助けに来てくれたのか!」


「愛する生徒のピンチだもの。担任として当たり前のことをしただけよ」




 姿を現したのは、2階から逃げたはずの大木だった。


 彼女は一旦1階に逃げて依里花たちをやり過ごし、そのあとすぐに2階に戻っていたのだ。


 そしてギィと白町の戦いに偶然にも出くわし、不意打ちを仕掛けた。




「さあ白町くん、曦儡宮様に仇なす裏切り者を殺してしまいなさい」


「言われなくてもやるさ。オレのダチが何人もこの化物に殺られてんだからな……」


「仕方がないこと。殺されるだけのことをした。シロマチも、オオキも」


「この状況でよく言えたもんだなッ!」




 白町はいきなりギィの頭部に発砲した。


 しかしそこに急所はない。


 頭の右上を吹き飛ばされ、あえて破壊された脳を再現して見せつけながら、彼女は笑う。




「ギシシ、イヌヅカの中身だよ。本邦初公開。セクシーでしょ?」


「てめえ、どこまでも馬鹿にしやがってぇぇえッ!」




 さらに繰り返し何度も発砲を続けるも、犬塚の肉体が傷つくばかりで、ギィは平然としていた。


 交鎖縄で封じられるのはスキルだけだ。


 スライムとしての特性はギィが最初から持ち合わせているため、封じられずに残っていた。


 ゆえに、スライム部分を全て破壊しつくし、残りが心臓だけになるまで彼女は死なない。


 そしてそれだけ時間をかけていれば――当然、助っ人も来てしまう。




「トリプルキャストっ、ウィンド!」




 三つの風の刃が、大木の後方から飛んでくる。




「大木ちゃん、後ろ!」


「鎖縛牢ッ! ぐ、う……!」




 鎖を重ねた盾で、とっさに防ぐ大木。


 だが思いの外、その魔法は“重かった”ようだ。




「最低ランクの魔法でこの威力……まずいわね」


「お主が盾になるのなら遠慮なくいけるのう。トルネード!」




 さらにネムシアは、大木に向かって激しい竜巻をぶつける。


 廊下に置かれていた物や電灯が巻き上げられ、風の中で粉々に砕ける。


 風の刃を防いだばかりの彼女は、同じ体勢で魔法を受け止めるも、最も弱い魔法で最初の有様だ。


 格段の威力の高い魔法を受けきれるはずもない。




「ぐうぅぅぅっ! どうしてっ、郁成夢実が魔法なんてッ!」




 弾き飛ばされながら、視界に入った少女の顔を見て驚愕する大木。


 もちろんそうなればギィの拘束も解ける。




「しまった。おいてめえ逃げんなッ!」


「オコトワリ」




 ギィは壁に腕を引っ掛け、ゴムのように収縮させることで拘束で白町の近くから離れる。


 そしてネムシアの横に立つと、彼女は満足げに「ふふん」と笑った。


 その前方にいるのは、白町と大木という“敵”だけだからだ。




「巻き込む心配が無いのなら全力で行けるのう。オーバーキャスト!」




 ネムシアがくるりと杖を回すと、その先端につけられた宝石が光を放つ。




(やべえ……何かデカいのが来るのか!? イベント・ホライズンはクールタイムのせいでまだ使えない、あいつを止める方法がねえ!)




 白町がどれだけ素早さに優れていようと、この狭い空間で放たれる爆発的な威力の一撃を避ける術は無い。




「ワイバーン・レイジ!」




 ネムシアの背後に風の魔力で作られた緑の竜が生み出される。


 竜は大きく口を開き、体内で作り出した力の塊を吐き出した。




「大木ちゃん、協力して止め――大木ちゃん? おい、大木ちゃん!? まさか逃げたのかよッ!」




 すでにそこに大木の姿は無い。


 数の優位が崩れ、負けを察した彼女はさっさと窓から外に逃げたようだ。


 そうしている間にも、風の凝縮体は白町に迫る。




「オービット、何でもいいからオレを守れぇぇぇえッ!」




 着弾と同時に空気の爆発が発生し、廊下と壁が粉々に砕け散る。


 その爆心地にいた白町は、跡形も残らず吹き飛ぶ――はずだった。


 しかし衛星がワイバーンレイジに向かって飛んでいくと、自身から発する引力でその軌道を変える。


 そして風の塊は、すでに破壊されていた壁から外に向かって飛んでいってしまった。




「はぁ……はぁ……オービタル・レゾナンスって、そんな使い方もできるのかよ……」


「今のは惜しかったのう」


「意外としぶとい。でもオオキは逃げた、あとはシロマチ一人だけ」


「ところで、お主がギィでよかったのか?」


「そう、アタシがギィ。そっちは?」


「ネムシアだ。よろしく頼む」


「エリカの味方なら誰でも大歓迎。ヨロシク!」




 呑気に自己紹介を交わすマイペースな二人。


 だが確かに、白町は窮地を脱したようにも見えるが、大木が逃げた分だけ状況が悪化している。


 相手が余裕を見せても仕方ないような状況だった。




「ネムシア気をつけて、あいつ発射と同時に命中する変なスキル使ってくる」


「発射と同時に?」


「フツウの人間は心臓を狙われたら危ない」


「それは……どうやって防いだらいいのだ?」


「心臓の位置をずらす」


「……いや、無理なのだが?」




 合流するなり無茶振りをされるネムシア。


 白町は肩で呼吸をしながら、銃口を彼女に向ける。




「黙っててくれよって祈ってたけど……結果は言っても言わなくても変わらないか。どうせ、絶対に当たるんだからよ」


「ネムシア、アタシの後ろに隠れて」


「う、うむ」


「んなことしたって無駄だ、壁があろうと位置さえ分かれば絶対に命中する」


「だそうだが」


「どうしよう」


「どうするのだ本当に……」




 打つ手なし――の割には呑気に話すネムシア。




「やっと出会えた普通の人間、しかも郁成にそっくりと来たもんだ。お前が死ねば、オレの欲求不満も解消される。さっきから撃っても撃っても当たらずにイライラしてたんだよ!」




 そんな彼女に向かって、白町は容赦なくトリガーを引いた。




「イベント・ホライズン!」




 発射と同時に弾丸がネムシアの胸を貫き、背中から血が飛び散る。


 その様を見て、彼は声をあげて笑った。




「は、はははははっ! いいねえ、やっぱこうじゃないと。須黒と違ってオレは戦いなんてガラじゃねえ、暴力は一方的でこそだ。蹂躙したかったんだよ、オレは!」




 勝利を確信して肩を震わす。


 一方で、銃撃を受けたネムシアは――




「う、むぅ……さすがに痛みばかりはどうにもならんのう。しかし死の痛みに比べれば大したことは無い、か」




 わずかに顔をしかめながらも、生存していた。


 そんな馬鹿なことがあるものか――と白町の表情が凍りつき、口角が引きつる。




「また普通の人間じゃねえのか……」


「いや、我は普通の人間だぞ」


「だったら心臓ぶち抜かれて死んどけよ!」


「ははっ、人間は心臓を抜かれただけでは死なぬよ」


「無茶苦茶なことを言ってんじゃねえ!」


「無論、その直後には死ぬが、1秒でも猶予があれば再生は可能であろう?」




 ネムシアが言わんとすることに気づき、白町は目を見開いた。




「その瞬間にヒーリングを使ったってのか……そんな芸当で防がれちまうのかよ。せっかく覚えたってのに、とんだ欠陥スキルじゃねえか!」


「ギシシ、自分の力にケチを付けるなんてかっこわるい」


「そもそも勇者の力とは本来、カイギョの壊疽に対抗するために作られたもの。同じ力を持つ者同士の戦いなど想定されておらぬ」




 リザレクションなんてスキルがあるぐらいだ。


 その気になれば、パーティメンバーを壁にしてひたすら蘇らせる、なんて戦法だって取ることができる。


 お互いにその戦い方をすれば、永遠に決着の付かない争いになってしまうだろう。




「しかしお主らのその力は、我らとは別物。勇者や使徒を倒すためにカイギョによって生み出された、いわば“模造品”だと考えられる。であれば、本来ならば対人間用に調整されて然るべきなのだ。だが現状はただの猿真似に過ぎぬ、欠陥が見つかるのも当然であろう」


「ぺちゃくちゃと生意気な御託を並べやがって……!」


「加えて、お主のそのスキルはランクが高いためか、現状では発動に宣言が不可欠と見た。であれば、タイミングを合わせて回復することなど容易い」


「口ではどうとでも言える。そういう話は、オレを殺してやからやるんだな!」


「ではそうさせてもらおう。ミスティックファミリア――行け、風の妖精よ」




 ネムシアの周囲に、緑色の光を放つ妖精が現れる。


 それとほぼ同時に、白町の衛星が彼女に銃弾を放った。


 すると妖精はそれに反応して風の刃を放ち、銃弾を空中で切り落とす。




「同系統のスキルだと!?」


「威力の上では上位互換であるな。さてギィよ、畳み掛けようではないか!」


「話が終わったならアタシも遠慮はしない。双生鞭ソウセイベン。数の暴力で押しつぶす!」




 再びギィは自らのクローンを作り出し、左右から白町に迫る。


 彼の衛星は、ネムシアの妖精が放つ魔法を相殺するので精一杯のため、両方を自身の銃で対処する必要がある。


 加えて、ネムシア自身も手が空いている。




「ダブルキャスト、ウィンドスフィア」


『捕食鞭!』




 前方からは風の刃。


 左右からは大きく口を開いて食らいついてくる鞭。




(後ろ以外に逃げ場がねえ……ッ!)




 白町は後退しながら鞭を一つ撃ち落とす。


 そしてもう一方の鞭は体をひねって避け――




(しかもこの数の差じゃ対応しきれるわけがねえよ!)




 風の刃が、彼の右脛から下を切り落とす。




「い、ぎ――ヒー、リングッ!」




 すぐさま肉体を再生させる白町。


 だが、それはいつまでも続くものではない。


 ステータスは素早さに重視して振っている。


 魔力も魔法も最低限しか割り振っておらず、ヒーリングを使える回数はせいぜい10回程度。


 しかもその回復量は、脚一本を再生させるので精一杯。


 それ以上に大きな怪我をおえば、さらに大量のMPを消費しなくてはならない。


 そうして数字の計算をしている間にも、ギィは鞭で白町の体を突き刺し、体内で魔法を炸裂させる。


 千切れる腕――それを再生させた矢先、今度はネムシアの放った竜巻が彼の下半身をぐちゃぐちゃに抉る。




(こりゃ無理だ……逃げた大木ちゃんは正しかった。こんなもん、勝てるわけがねえ……!)




 どうあっても逆転の目など無いことを、白町は身をもって理解する。




(でも、オレは逃げたくねえ。このギィって化物だけは、何としてでも殺さないと気が済まねえんだよ! そう、化物になったオレじゃねえ。今、この人間であるオレが、この手で!)




 そのためには、己の命を犠牲にしなければ無理だ。


 防御を全て捨てて、全火力をギィにぶちこむ。


 そうすることでやっと彼女を殺しきれるはずだった。




「動きが変わった。諦めた?」


「んなつもりはねえよ!」


「どちらにせよ殺す。ギシシ、九尾鞭!」




 9つに別れ、白町に襲いかかるギィの鞭。


 彼はあえて、自らそこに突っ込みながら、クールタイムを終えたスキルを連続で叩き込む。




「づ、おぉぉおおおおッ! 消し飛べやあぁああ!」




 だがそれも、一か八かの賭けだった。


 ギィは分身しているため、今はもはやどちらが本体かはわからない。


 全火力を集中させた今のギィが偽物だったら、もうそれでおしまいだ。


 白町が放つ銃弾は、相手に大量出血を強いる呪いを纏い、軌跡を残して触れたものを切り裂き、命中するまで何度も跳弾を繰り返す。


 さらには跳弾するたびに分裂する弾丸、相手の体内で根を張る弾丸、そして発射と同時に命中するイベント・ホライズン――と、本当にありったけの火力を全て放出した。


 するとギィはどうしたことか、攻撃を中断し、彼から距離を取ろうとする。




「本物かよお前! ははっ、もらったぞ、みんなの仇ッ!」


「……?」




 喜ぶ白町を見て、ギィは首をかしげる。


 なぜ喜んでるのかわからない、と言わんばかりの反応に、彼は強い寒気を感じた。


 そして後退した彼女と入れ替わるように、トンファーを持った女性が飛び込んでくる。




「ハンマーッ、ブレイクゥッ!」




 井上は振り上げたトンファーで、白町を顔面を全力で殴りつけた。




「オレらの邪魔してた女かよ!」




 攻撃を中断して、慌てて銃でガードする白町。


 だがトンファーの衝撃は想像よりも何倍も強烈で、カイギョの力で作られた銃はともかく、彼の腕の方が持たなかった。




「があぁああッ! なんだこれっ、内側から壊されてんのか……ッ!?」




 銃が床に落ちる。


 伝導する衝撃のみで骨が砕かれ、彼の腕は力が入らなくなっていた。


 さらにまた別の影が近づき、白町に追い打ちをかける。




「しーろーまーちくん」


「倉金ちゃん――てめぇえッ!」




 ◆◆◆




 素早く白町くんの懐に入り込んだ私は、ドリーマーで彼の腹を突き刺した。


 パワースタブで強化された一撃により、刃はあっさりと白町くんの体を突き抜ける。


 肉と内臓を貫くぐちゅりという感覚。


 私と夢実ちゃんの人生を台無しにしたクズを殺せているという実感を腕に感じ、私の心は歓喜に包まれた。


 ギィに任せはしたけど――やっぱり一発ぐらいは、私も刺しておきたいからね!


 そして私は、突き刺したまま白町くんの体を持ち上げた。


 頭上で手足をバタバタと振り回す彼の無様さは、死にかけの虫みたいでキュートだ。




「お、ご……っ、離し、やがれ……ッ!」


「そう言って私を離してくれたことはあった? さあギィ、最後にやっちゃって」


「わかった、アタシがいいとこ貰っちゃうね」




 警戒な足取りで得物に近づくギィ。


 白町くんの表情に恐怖が浮かびはじめる。


 噂によると、捕まえてた人たちを何人かお遊びで殺したらしいけど、そのくせ自分が殺されるのは怖いんだ。


 ギィの触手が彼の体を何箇所も突き刺す。


 そして体内に光を放った。




「ひっ、ぎ、あぁぁあああっ! な、なんでだよ……なんでオレが、こんな、死に方ぁっ!」




 突き刺された部分から、まるで肉体が沸騰するようにぼこぼこと膨れはじめる。


 どうやらその部分から強烈な痛みが生じるらしく、ぼこっと泡立つたびに、白町くんは悲痛な叫び声をあげた。




「これ以上ないぐらい似合ってるよ、白町くん」


「あがっ、がっ、ぐぶっ……いや、だ。まだ……やりたいこと……おごっ、いっぱ、い……!」 




 顔や頭皮の下までも膨張しはじめると、もはや彼は意味のある言葉を発することができなくなった。


 そろそろ飽きてきた――そう思っていると、どうやらギィもほぼ同時に同じことを考えたらしい。


 一気に光の出力が高まる。




「が、あ、いぎ、いいぃっ、ぎあぁぁぁあああああああッ!」




 そして白町くんは、とびきりの断末魔を響かせながら、風船みたいに破裂した。


 わずかに飛び散った血肉だけをこの世に残して、他の部位は全て蒸発して消える。


 その様子を満足気に見ていた私とは対象的に、井上さんは苦しそうに顔を背けていた。


 こればっかりは仕方ない、価値観の違いってやつだ。




「じゃ、私は真恋のとこいくから。誰一人欠けないようにがんばってね」


「イッテラッシャイ!」




 手を振る三人に見送られ、私はホテルを大きく揺らす震源となっている廊下の奥へと急いだ。




 ◆◆◆




 残された井上、ギィ、ネムシア。


 もはや肉体の大半を失った白町。


 残ったものは、床に落ちたわずかな血痕と肉片のみ。


 それを見て、井上がつぶやく。




「ここまで徹底的に殺されて、本当に出てくるのかしら」




 これまで化物に変わった人間は、みな“パーティメンバー”だった。


 こうしてパーティのリーダーであった者が目の前で死ぬのは始めてだ。


 果たして同じ現象が起きるのか。


 起きずに、そのまま死んでくれるのが一番なのだが――そう甘くはないことは、井上だってわかっている。


 そして彼女のそんな思考を読んだかのように、ホテルの窓から赤黒い粒子のようなものが流れ込んできた。




「どうやらお出ましのようだぞ」


「あのつぶつぶ、やな感じする。あれが固まったら、たぶんとんでもなく強い」


「だったら今のうちにナパームショットで!」




 肉体が完成する前の粒子に向かって、トンファーから発砲する井上。


 しかし爆炎に包まれても、その粒子、及び未完成の塊は、まるで何かに守られているかのように無傷だった。




「効いてない」


「変身する前に倒すのはご法度ってやつね」




 ギィとネムシアには伝わらない例えである。


 その間にも、粒子は廊下の真ん中に積もっていき、新たな化物の形を作っていく。


 それは赤い骨の怪物だった。


 形状はスケルトンと非常に似ているものの、腕部のいたるところに銃口を思わせる穴がいくつもあいていた。


 体長は180センチ程度で、白町より少し低いぐらい。


 その肉体が完成すると、スケルトンは立ち上がり、自分を殺したギィに向き合った。




「嫌なもんだな」




 化物は、白町の声で語る。




「いっそ意識まで化物になりゃあ、こんなみじめな気分になることも無いってのに」


「安心していい、エリカは喜ぶ」


「ああ、倉金ちゃんは殺さねえとな。もちろんお前らも全員だ」


「金輪際我らに楯突かぬというのなら、見逃してやってもよいぞ?」


「はっ、こんな体じゃあ世の中に存在する“タノシイコト”なんて何もできやしねえよ。人間を殺す以外、使い道なんてねえんだ!」




 彼は両腕を前にかざすと、そこに空いた穴から無数の骨の弾丸を発射した。


 井上がトンファーでガードしても、弾かれるほどの威力。


 明らかに人間だった頃よりも強化された彼に、井上、ギィ、ネムシアの三人は一斉に攻撃を開始した。



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