第44話 二分の一の愛情と残りのフリースペース

 



「グオォォオオオッ!」




 骨の体のどこから声を出しているのやら。


 低い唸り声をあげながら、見上げるほど大きな骨の化物は、剣を構えてこちらに駆け出す。


 私たちは振り下ろされた刃を左右に分かれて回避。


 すると避けた私たちを狙って、力富くんの背後から複数個の火球が飛んでくる。


 軌道は曲線を描き、明らかにこちらを追尾している。


 イリュージョンダガーを投げて、自分の分とネムシアの分を撃墜。


 井上さんはトンファーで魔法をぶん殴り、かき消していた。


 私たちが魔法に対処している間に、力富くんは再び動き出し、“最も動きが鈍い”と判断したネムシアに襲いかかる。




「狙いが見え透いておるぞ」




 だが、彼女とて自分が優先的に狙われることはわかっていたようだ。


 “リアクションキャスト”を自分の目の前に設置する。


 すると、相手の振るった剣がそこに触れた瞬間、圧縮された風が一気に爆発し、力富くんを吹き飛ばした。


 相手の体が空中に浮かんでいるうちに、後衛で不気味に浮かぶ、真口さんの成れの果てに私は接近する。


 こちらに飛んでくる火球は、ソードダンスのステップで避けながら、さらに加速。


 瞬く間に私は彼女の懐に入り込んだ。


 一方、井上さんは私の託した役目を即座に理解し、空中の力富くんに殴りかかった。




「ウオォォオオオオッ!」




 彼は浮かんだまま、不安定な状態で巨大な剣を振るう。


 しかし十分な威力が無いため、普通に井上さんのトンファーで防がれてしまった。


 そして続けざまに、彼女はトンファーのみならず、体術も組み合わせた攻撃を放つ。




「砕け散りなさいッ!」




 相手が人間ではないので、井上さんも躊躇がない。


 トンファーでの殴打で骨を砕き、膝蹴りで肋骨をへし折り、関節技で肩を外すと、再びトンファーで頭蓋骨を破砕する。


 それは警察寒仕込みの格闘術と、習得しているであろうスキルを組み合わせた、地上に落ちる暇すら与えないコンビネーションだった。


 私も見惚れてる場合じゃない。


 まずはフルバーストを発動。


 ナイフの投擲準備を行う。


 そして複製短刀の出現から射出までの一瞬で、強烈な刺突を繰り出す。


 だが刃の先端が、見えない壁に阻まれた。


 真口さん、魔法でシールドを作ってるんだ。


 そしてそれで防いでいる間に次の魔法を発動し、数十個の火球で私を取り囲む。


 さすがに全部浴びたら死ぬね、これ。


 けどシールドのこの強度――フルバーストを当てれば破壊はできそうだけど、それじゃあ真口さん自身にダメージが入らない。


 そうなれば、このふわふわとした挙動でのらりくらりと距離を取られてしまうはずだ。


 逃げられたくない――っていうか、井上さんだけに手柄を持ってかれたくない気持ちがある。


 幸い、真口さんの放つ魔法は数は多いものの威力が極端に高いようには見えない。


 まずは後方に意識を集中させ、ファイアウォールを設置。


 そのタイミングで、フルバーストで現れた短刀たちが射出される。


 バヂヂッ、と真口さんの結界とぶつかり、雷光を迸らせる。


 だが押している。あと少しで結界は砕ける。


 そのとき、周囲に浮かんでいた無数のファイアボールが左右より私に襲いかかった。


 背後の分はファイアウォールが止めてくれてる。


 左右の分はデュアルスラッシュで対応――二刀流による八連撃で、可能な限りそれらを撃ち落としす。


 でも数発は斬撃をくぐり抜け、私に命中。


 腕、横腹、太ももの肉がえぐられ、傷口が焼かれる。




「あっづぅ――でもこの程度ぉッ!」




 体の一部を焼かれるぐらい、傷のうちには入らない。


 パリィンッ! と真口さんの結界が砕けた。


 無防備になった骨の巨体めがけて、フルムーンを発動。




「これでッ、切り刻まれろぉおおおッ!」




 体を庇う杖や腕ごと、骨を斬り砕く。


 しかし前から思っていたことではあるけど、斬撃系はどうにも骨の化物と相性が悪い。


 できるだけ命中させようとはしてるけれど、刃幅の狭いナイフはどうしても骨と骨の間を通り抜けてしまうことがある。


 今もそうだ。


 二刀流でのフルムーンを命中させれば、大抵の化物は倒せるはずなのだが、真口さんに関しては胴のいたるところにヒビが入り、片腕が落ち、頬骨に穴が空いた程度。


 それは“まだ戦える”の範囲だ。


 実際、私の連撃が途絶えた隙を見て、ふらりと後ろに下がり距離を取ろうとしている。


 魔法使いタイプだからか、速度はそう速くない。


 そこに、もうひと押し――私はじくりと痛む脚で前に踏み出し、ぐっと力を込めて飛びかかる。




【パワースタブ Lv.3】


【ハンドルクラッシュLv. 1】


【残りスキルP:3】




 このレストランを発つ前に、すでにスキルの習得は済ませていた。


 飛び出した私の目の前には真口さんの頭蓋骨。


 そこめがけて、思いっきりナイフのハンドル部分を叩きつける、殴打技。


 それがハンドルクラッシュだった。




「ハンドルクラッシュぅ! そぉぉおれッ!」




 グシャアッ! と骨が潰れる・・・音。そして感触。


 綺麗な形の髑髏しゃれこうべは、無惨にも半分ぐらいの幅にまで圧縮され、原型を留めていなかった。


 さらに頭部に加えれた衝撃は全身に分散し、ヒビが広がり、体の方まで砕け散る。


 これは殺った――その手応えがあった。


 真口さんの体は横に倒れていく。


 一方で、ネムシアと井上さんたちの戦いも終わろうとしていた。




「デュアルキャスト――エアバーストで潰してやろうぞ」




 ネムシアが使用するのは、二つの魔法を同時に発動させるデュアルキャスト。


 これにより発動したのは、圧縮した空気を一気に解き放ち、爆発させるエアバーストだ。


 本来は相手に衝撃を与え、吹き飛ばすのが主な使い方。


 しかし二回同時に使えるネムシアならば、敵の左右両方で魔法を発動させ、圧力で押しつぶす・・・・・ことも可能であった。


 力富くんは、井上さんの放った攻撃を何度もまともに食らい、すでに全身ヒビだらけのふらふらだった。


 だから魔法が来ると知っていても逃げることはできず、骨の体はメキメキと音を立てながら押しつぶされる。


 砕けてバラバラになった体が、地面に落ちる。




『モンスター『人間』を殺害しました。おめでとうございます、レベルが57に上がりました!』




 ネムシアが敵を倒したことで、メッセージが頭の中に響く。




「こいつらも人間扱いか……」




 つまり集堂くんや島川優也と同じ、特殊な経緯で化物になった人間ってこと。


 井上さんも同様のメッセージを聞いたのか、表情を曇らせている。




「今のって人間だったのかしら」


「ここにおる化物はほとんど元人間なのだ。気にしても仕方あるまい」


「うん……」


「それより、これはどういうことなのだ? なぜ人間が死んだらあのような化物に変わる」


「たぶん二人とも、白町くんか須黒くんのパーティのメンバーとして選ばれてたんだと思う」


「では我々も死ねばああなるのか?」


「元々私たちが持ってる力って、“カイギョ”の力を浄化して、人間でも扱えるようにしたものなんだよね。もとを正せば化物たちと同じ。だから死ねば変わるっていうのは、あり得ないことじゃないとは思うんだけど……」


「化物にしないために浄化してるんじゃないの?」


「そう、普通はね。でもさっき倒した二人は、純度100%でカイギョの壊疽って感じの見た目をしてた」


「図体は大きかったが、1階で遭遇したスケルトンと似ておったな」


「あんなふうに化物になっちゃうなら、リザレクションなんて魔法が存在する価値もないわけだし。この二人、ネムシアに使ってるパーティシステムとは“別の何か”で力を手に入れたんじゃないかな」


「別の何かとはなんなのだ?」


「浄化されてないカイギョの力、みたいな。そう考えると、キャストに見つかっても襲われない理由がわかるんだよね」


「仲間だから襲われないってことね」




 言ってしまえば、“カイギョが作り出した偽物”。


 私たちみたいに、カイギョに抗う人間に対して生み出されたカウンターなのかもしれない。


 まだまだ仮説に過ぎないけど、キャストに襲われない理由としては一番自然な気がする。


 ゾンビだって、ギィみたいな人間以外の生物だって見境なく襲うくせに、共食いはしないんだから。




「ただなぁ……そうなってくると、白町くんが大人しく従うとは思えないんだよねえ。あの男、絶対に化物とかにはなりたくないタイプだろうし」


「死なないとわからないんなら、まだ気づいてないのかもしれないわ。今までまともに敵対してる相手なんて、あたししかいなかったんだもの」


「それは都合が良いのう。あやつらが知らぬというのなら、揺さぶりに使えるぞ」




 間違いなく白町くんは反発する。


 須黒くんの反応はわからないけど、戦えるなら、強くなれるなら構わないとか言い出しそうだな。


 大木と中見に関しては、たぶん今起きてることを曦儡宮召喚の儀式の結果だと思ってるはずだから、喜んで受け入れると思う。


 効果は1/4――でもゼロじゃないなら、うまく利用しておきたい。




「でも今じゃないかな」


「そうなのか?」


「もっとうまく使える自信がある。ひとまず今回は化物の死体だけ片付けよう。それと、人間の死体は片方だけ消して、もう片方は残しておく」


「残したら蘇生できるのよね」


「完全に消したらどこにおっても蘇るとも言っておったな」


「私たちの持つ力と別物なら、蘇生の範囲を確かめておきたいんだ。私とネムシアの存在に、相手がまだ気づいていないうちに」


「だったら――」




 井上さんは何かを決心した様子で、死体を見ながら言った。




「あたしがやったってわかるように痕跡を残した方がいいわ。今だと死体の傷口で、ナイフによる犯行だとわかってしまうから」




 人は殺せないが、死体に対する隠蔽工作には協力する――彼女はそう申し出てくれた。


 本来は嫌でしょうがないはずだ。


 しかし、相手が人ではなく化物に近い存在だとするのなら。


 きっと、自分にそう言い聞かせて、私たちへの協力を申し出てくれたに違いない。


 最終的に、井上さんの工作のおかげで、そこにはトンファーを使った力富くんの死体だけが残ることとなった。




 ◇◇◇




 私たちは拠点のレストランに戻ってきた。


 中にはいい匂いが漂っている。


 赤羽さんが缶詰と乾麺を使って、パスタを作ってくれたらしい。


 どうやら彼は遊園地内の飲食店にも関与しているようで、料理の腕には自信ありのようだ。




「ごめんなさい赤羽さん、まだ娘さんの居場所はわからなくて」




 彼の隣に座る井上さんが、申し訳無さそうに頭を下げた。


 赤羽さんは「仕方ないさ」と言いながらも、その表情には疲弊感がにじみ出ている。


 一方で私と同じ席で食事を摂るネムシアは、フォークで麺を持ち上げ、赤い野菜をまじまじと見つめていた。




「とまと」


「苦手だった?」


「食べたことがない」


「酸っぱいよ」


「なるほど、酸味があるのか」




 どうやらどんな味か聞いてから食べたかったようで、私が伝えるとすぐにフォークを口に運ぶ。


 そして味わいながら「ふむ」とうなずいた。




「悪くない味だ。我が故郷にも似たような野菜がある」


「それはよかった。食事が口に合わないのが一番良くないって言うからね」


「そうだな……この世界の食事は美味だ。しかし馴染んだ味がこの世界には存在せぬ。やはり寂しさは感じてしまうのう」


「故郷の味かあ、どんな感じなんだろ」


「もっと香草の香りが効いておるな」


「へー、ネムシアはそういう料理を作れるの?」


「我は女王であるぞ」


「あ、そっか」


「と言いつつも、実はできるのだ」


「ふふっ、何それ」


「兄上がいなくなるまで、花嫁修業の日々であったからな。料理ぐらいはできねば困るというわけだ」


「王家の娘だもんね。女王にならなくても、誰かに嫁いだりするんだ」


「相手も決まっておった。しかし彼と結婚せずに済んだのは……まあ、いいことだったのかもしれぬな」




 ネムシアの言葉で、どんな相手だったのか何となく察する。




「女王様も大変だねえ」


「全てはアドラシア王国、そして民のだめだ。大変だと思ったことはないぞ」


「立派な女王様だ。あ、でもネムシアが作れるなら、こっから脱出したあとに料理とか食べてみたいかも」


「食材が無かろう」


「トマトみたいに似た食べ物はあるかもよ?」


「それ以前に、ここから脱出するということは、我がアドラシア王国に戻ることを意味する。お主、我が王国に客人として来た上に、女王に料理を振る舞わせるつもりか?」


「戦友ってことで許してもらえない?」


「無理だな。不敬罪で死刑だ」


「はは、命軽すぎるって」


「ふふふ、もちろん冗談だがな」




 おいしい料理というものは、心を解きほぐすもの。


 私たちの会話も自然とはずんだ。


 でも、こうして話すネムシアの顔は夢実ちゃんのもので。


 楽しい会話で心が安らぐ一方で、常に頭のどこかでは、地下で見つけた写真、報告書、そして音声が思い出される。


 パスタは内臓で。


 トマトは血と肉で。


 大丈夫。


 これを大木の内臓と血肉だと思えば、何ならパスタより美味しいぐらいだ。




 ◇◇◇




 食事を終えたあと、椅子に横になって体を休めている、ギィから連絡が来る。


 彼女には、死体発見後のホテル内部の様子を事細かに教えて欲しいと伝えてある。


 どのように情報を集めているかは謎だが、体の形を自由自在に変えられる彼女なら、どこへだって入り込めるはずだ。


 現に、選ばれた人間しか参加できないであろう、大木たちの話し合いの様子をこと細かに送信してくれているのだから。




 ◆◆◆




「真口ちゃんと力富ちゃんが死んだってマジ?」




 ホテルのとある一室にて、数人の男女がテーブルを囲んでいる。


 大木、中見、白町、須黒はもちろんのこと、彼らの“パーティメンバー”として選ばれた生徒たちの姿もあった。




「ああ、俺が確認した」


「どういった状況で気づいたのかしら? 手短に話しなさい」




 大木はなぜか言葉端に苛立ちをにじませながら、そう言った。




「娘ちゃんが愛おしいのはわかるけどさ、数十分ぐらい我慢しなよ大木ちゃーん」


「うるさいわね。時間を無駄にしたくないだけよ」


「キャスト相手に鍛錬をしている最中、二人のHPがマイナスになっていることに気付いてな」


「マイナスぅ?」


「オーバーキルでございますね」


「マイナスの数値は減少していき、ゼロになったらそれきり動かなくなった。疑問に思い現場に向かうと、そこには戦った形跡と力富の死体だけが残されていた、というわけだ」


「そ、それって……前に言ってた、あのトンファーの女、なのかな……」




 ボサボサ頭の妙蓮寺がビクビクした様子で口を開く。


 部屋に引きこもってばかりいる彼が外に出るのは、不定期で行われるこの話し合いの時間ぐらいだ。




「井上ちゃんだっけ? でも彼女、人を殺せるタイプに見えなかったけどなあ」


「私たちに避難者を連れ去られて本気になったのかしら」


「死体にはあのトンファーで殴られたような跡も残っていた。俺は彼女で間違いないと思っている」


「真口さんはどこに消えてしまったのでしょうか」


「わからん。だが反応が消えたということは、真口も死んだことは間違いない」


「なーんで井上ちゃん、死体を持ってくような真似したんだろね」


「その……僕さ、白町が撮影してたカメラの映像で見たんだけど……あのひと、トンファーから火の玉とか出すから、さ。それで、消されたんじゃない?」


「あー、そっか。妙蓮寺ちゃんに言われて思い出したわ、そういやあれ弾とか出る不思議トンファーだったね」


「カメラの映像とはなんのことだ?」


「言ってなかったっけ。ほら、前いっぱい人さらってきたじゃん? あのときのみんなの反応が面白くてさ、動画撮影しといたの。そしたら偶然、取り返しにきた井上ちゃんも撮れてたってわけ」


「確かあのときは、勝てないと判断したのかすぐに撤退していたな」


「そうそう、何人か連れて逃げてったんだよね。んで話を戻すけどさ、真口ちゃんも力富ちゃんも、意外と強くなかったっけ。いくら不思議トンファー使いだからって、井上ちゃんにあっさりと負けるとかある?」


「行動を読まれてしまい、完璧な奇襲を受けたと思われます。位置も非常に奇襲に適した地形をしておりますから」




 テーブルに広げられた地図を指差す中見。


 白町は頬付を付いて、「さっすが警察だねえ」と興味なさげにつぶやいた。




「しかし不自然なこともございます。この場所で待ち伏せをするには、二人が今からホテルに戻るという情報を得ていなければ不可能なのです」


「尾行されていたんでしょう」


「あいつらが、声が聞こえるほどの距離で尾行されて気づかないはずがない」


「とはいえ、これだけの情報では偶然にも待ち伏せの形になった、という可能性も否定はしきれないでございますが」


「だが誰かが情報を漏らしている可能性もある」


「わたくしもそれは警戒すべきだと思っております」


「いっぱい連れてきた後だもんね、誰かがスマホとか隠し持ってる可能性はある」


「だったらもっと入念に調べなさい」


「あ、オレ犬塚ちゃんはパスでおねがいしゃーす」


「俺もできれば関わりたく無いのだが」


「あと大木ちゃんさ、娘ちゃんのことしっかり調べといてよぉ? 甘やかしすぎて見逃してました、じゃシャレになんないからさ」


「言われなくても令愛ちゃんの隅から隅まで調べてるわぁ。ママに隠し事なんてできるわけないんだから」




 令愛の話題になったとたん、大木は異様な笑みを浮かべる。


 その笑顔から顔を逸らすように、須黒は妙蓮寺に向け言った。




「妙蓮寺、お前も保管してるスマホの数が減っていないか点検をしておけ。紛失者がいないかの調査もだ」


「わ、わかりました……やっときます」




 ただ話しかけられただけだというのに、須黒の迫力に気圧され、妙蓮寺は身をすくませた。




 ◆◆◆




 ――ギィが教えてくれた会議の内容は、こんな感じだ。


 どうやら、大木たちには蘇生魔法という概念が無いらしい。


 やっぱり別物説が有力みたいだ。


 そしてHPがマイナスになったという話。


 あれが化物になった結果だと言うのなら、彼らはやはり、死後に化物へと変わることを知らないんだろう。


 そしてもうひとつ。


 令愛はやはり、大木と一緒にいる。


 ギィから、牛沢さんや巳剣さんが広間に閉じ込められていることは聞いている。


 だけど令愛の具体的な居場所はわからないと言っていた。


 とはいえ、それに関しては大木に連れ去られた時点で予想はできていた。


 彼女にとって令愛は、歪んだ母性を満たすための大事な道具であり、何があっても手放すわけがないんだから。


 本人の意思を無視して、必ず近くに置こうとする。


 そして自分の思い通りに動かなかったら、容赦なく暴力を振るう。


 殺しはしない。


 ある意味で安全ではある。


 けど、令愛が感じている体と心の苦痛を思うと、大木への憎しみで頭が爆発しそうになる。


 早く殺したい。


 焦るな。


 一刻も早く。


 まだだ。


 頭の中でせめぎ合う焦りと理性。


 今はまだ理性が勝っているけれど、次に令愛が傷つく姿を見てしまったら、そのときは――


 でも今じゃない。


 今は確実に、相手の戦力を削いでいく。


 蘇生しないってことは、殺せばそのまま減っていくことがわかったんだ。


 ホテル内部にスパイがいることを仄めかしながら、まずはあいつらの数を減らす。


 頭を叩くのはそのあとだ。




「また悪巧みをしておるのう」




 そう茶化すように笑うと、ネムシアは近くに座った。




「そんな顔してた?」


「うむ、しておった。我は嫌いではないがな」


「変わってるね」


「確かに、なぜ我はお主に親近感を抱いてしまうのか。不思議ではあるのう」


「抱いてたの?」


「そうでなければ平民とここまで親しくはせぬ」




 平民って言われても、そもそも私はネムシアのこと偉い人と思って話してないからなあ。




「お主は、兄上に似ておるのだな」


「女だけど」


「性別の話ではない。復讐のことを考えておるときがそっくりだ」


「お兄さん、そんなことしてたんだ」


「王族というのは、何かと陰謀に巻き込まれやすい立場でのう。親友に婚約者、そして母親まで。兄上は事あるごとに大切な人を奪われてきた」


「それってネムシアも同じじゃない?」


「我には父上と兄上がおったからな。二人とも、失った人の分まで我に優しくしてくれておったのだ。しかしふとした瞬間に、兄上の瞳で冷たい炎が燃え上がることがある」


「復讐のこと考えてるんだ」


「そういうこと、なのだろうな。恐ろしい顔ではあったが、同時にそれは大切な人を想う気持ちでもある。行き場を失った愛情や優しさが形を変えて、そうなってしまうのだろう」


「で、私がそれに似てると」




 ギィからのメッセージを見ながらそう言うと、ずしりと私の体に重くて温かい何かが乗っかった。


 懐かしい香りと、異国の香りが混ざり合って、私の情緒をかき乱す。




「いきなり乗っかられると重いんだけど」




 ネムシアは体を倒して、急に私に抱きついてきたようだ。




「我の中に、お主にくっつきたいと思う衝動がある」


「そうなんだ」


「これが我の衝動なのか、はたまた郁成夢実の感情なのかわからぬ。だから我のものだと仮定して、色々と理由を考えてみたのだ」


「それがお兄さんに似てるっていう結論だった、と」


「正直に言うと、あまり似ておらぬ。性別が違うからな」


「だろうね」


「しかし……こうしておると落ち着くのう。郁成夢実とこういうことする機会はあったのか?」


「……あった。しょっちゅうやってたよ。私が抱きつく側だったけど」


「そうか。微妙にある違和感は、我が抱きついておるからかもしれぬな」


「てか何? どうしたの、急にこんなことして」


「だから衝動がだな」


「衝動がどうこう言うなら、私と顔を合わせた時点で我慢できずに抱きついてるはずじゃん」


「むう……」


「なんか悩んでるんじゃない?」


「うむ……色んな悩みがある」


「話していいよ」


「我は、はじめて人を殺した」




 あれだけ戦争の経験があるとか言ってたくせにマジかぁ。




「目の前で人が死ぬ姿は何度も見たことがある。しかし、自分で殺すとなると違うのだな」


「キツいならもっと早く言ってよ、頑張って慰めたのに」




 とりあえず頭を撫でておく。




「いや、そっちはそれほど重要ではないのだ。少しだけ気にしておるが、一晩寝れば忘れる程度の罪悪感に過ぎぬ」


「ならいいけど……」


「本命は……なんというか、質問なのだが」




 かなり聞きづらい質問なのか、ネムシアは「えー、あー」と何度も言いよどむ。


 だが意を決して、ついに彼女は私に問いかける。




「お主は、アドラシア王国が本当に無事だと思うか?」


「思ってないよ」




 即答しておいた。


 たぶんこれを期待されている気がしたから。




「やはり、そうか」


「カイギョの牙で噛まれたら、少なくとも噛まれた範囲はもう駄目なんじゃないかな。1階で色んな死んだ世界を見てきたし」


「我もだ。我も、あれを見て王国はもう存在しないのかもしれぬと思っておった。信じても信じても、無性に不安になることがある」


「それにさ、ネムシアの体……無いじゃん」


「……」


「その体、夢実ちゃんのものでしょ? そんでネムシア自身にも、体に残る夢実ちゃんの記憶が影響を及ぼしてる。かなり強引な生き残り方してると思うよ」


「そう、だな。そうであるな。我は……本当は死んでおったのかもしれぬ。郁成夢実の魂が曦儡宮に捧げられたとき、たまたま魂だけがこの世界に流れ込んできたのやもしれぬ。しかしそれは――」


「別に悪いとは言わないよ」


「本当か?」


「居場所を奪ったわけでもないじゃん。夢実ちゃんを死なせたわけでも。悪いのは戒世教。悪いのは大木たち。そこは揺るがないよ。ただ――私も、思うところはあるから」


「そうだろうな。大切な人の体に、知らぬ我が入っておるのだからな。お主の気持ちは、できる限り、尊重したいとは思っておる」




 尊重されると言っても、私自身、ネムシアをどうしたいのかはわかっていない。


 夢実ちゃんではない。


 でも、夢実ちゃんの可能性を完全に否定できるわけでもない。


 ネムシアはそんな半端な存在だ。


 そんな彼女に対して、私は一体どう接して、何を望めばいいのか。


 境界線が何もかも曖昧すぎて、いくら考えても答えは見つかりそうにない。




「何か我にできることはあるか?」


「もし、夢実ちゃんの衝動が私に触れたいって思ったんなら……そのときは、ちゃんと触って」


「触るのが我で、気持ち悪くはないのか?」


「何でそう思うの?」


「考えれば考えるほど、我の存在は異様だと思うからだ。異様な混ざり物だからだ」


「私はそうは思ってないよ。気持ち悪いとかは、これっぽっちも」


「そうか……」


「申し訳無さそうな顔しないでよ。本当にネムシアは悪くないんだから」


「正直、郁成夢実の衝動と、我の欲望の区別は付かぬ。父上も兄上もおらぬこの世界で一人きり……寂しくなって、お主に触れたいと思うこともあるかもしれぬ。仮に郁成夢実の体ということを言い訳にして、自分の寂しさを埋めるために抱きついているのだとしたら。それは、その、とても気味の悪いことというか……間違っているというか……ふぶっ」




 なんだかよくわかんない話をぺらぺらと喋るので、私はネムシアの両頬を手のひらで押さえた。


 かわいい顔がぶさいくに歪む。


 それでもかわいいんだから、夢実ちゃんはやっぱりずるい。




「どっちだろうと別にいいから、くっつきたければくっついて。いい?」


「ひょひのひゃ?」


「よいのよ」




 それが少しでも夢実ちゃんに対する償いになるのなら。




「あと、アドラシア王国が滅びてるって思ってるのは私の勝手だから。結果がわかるまでは、ネムシアは滅びてないって信じてていいんじゃない?」


「しかし……可能性はあるのか?」


「私だって学校とファンタジーランド以外は無事だと思ってる。だから“脱出”なんて言葉を使ってるわけだし。結果がわかるまでは信じとこうよ」


「……そう、だな。女王が諦めておっては、民も報われぬ。我としたことが弱気になってしまった」




 たぶん、はじめて人を殺したから心をが弱っちゃって、一気に悩みが噴出したんだろうな。


 それがさっきのやり取りで解決できたんなら――私も意外とやるじゃん、ってことで。


 令愛のおかげで、人付き合いにちょっとだけ自信出てきたのかもな、私。




「お主、我を抱きながら他の女のことを考えておるな」


「その絡み方はめんどくさい」


「ふふふ、わかっておる。仰木令愛という少女のことであろう? 早く助けられるとよいのう」


「そのためにも、とっとと内側から崩れてくれるといいんだけどね」




 スマホに目を向けると、ちょうど新たなメッセージがギィから到着していた。




「いい顔で笑っておるのう」


「いい感じで妙蓮寺くんが墓穴を掘ってくれてる」




 新たなメッセージを、ネムシアと二人で見つめる。




『抜き打ちで身体検査が行われた。スマホの中身をチェックされた。アタシはもちろん問題ない。でも不思議なことに、ミョウレンジがアタシの持つスマホと同型機種のスマホを持っている』


『ホテルにあるスマホの管理は誰が行ってるの?』


『ミョウレンジ。おそらく数十個のストックがあり、数の管理なども彼が行っている』




 妙蓮寺くんはあのホテルにおいて、スマホなどの物資の数をごまかせる立場にいるらしい。


 そしてそのストックの中から、わざわざギィが持っている機種と同型を選んだということは――




『ギィが持ってるスマホは、妙蓮寺くんが紛失したもので間違いなさそう。でもあいつは白町に怒られるのが怖くて、紛失したことを黙ってるんだ。そして誤魔化すために、同じ機種のスマホを使っている』




 紛失したっていうか、たぶん盗まれたんだと思うけど。


 けど、それを隠してる時点で、白町たちの視点から見れば怪しい行為なのは間違いない。




『中身をチェックされる直前に、アタシとミョウレンジが持っているものを入れ替える?』


『待って、まだ早い。もう少し不信を高めておかないと。妙蓮寺くんだって入れ替えられたと主張するはず。スマホの管理を任せられるぐらいだもん、彼はそれなりに信用されてる。それを崩さないと、妙蓮寺くんの言い訳が通ってしまう可能性が高い』


『ならもっと殺す?』


『うん、もっと殺してスパイへの怒りを高める。けどそれ以外にも、妙蓮寺くん本人への不信感を高める材料がほしいかな。誰も彼をかばわなくなるぐらいまで』


『面白い話がある。さっきミョウレンジを監視してたら、パソコンで画像を見ていた』




 パソコンまであるんだ。


 妙蓮寺くん、かなり生産スキルに特化してるみたいだ。


 あるいは、反抗する力を持たせないように、意図的にそういうふうにしているか。




『画像にはウシザワが写っていた』


『牛沢さんの写真を見てたの?』


『おそらくは隠し撮り』


『もしかして妙蓮寺くん、牛沢さんに気があるとか?』


『その可能性が高い』




 それはなかなか面白そうな情報だ。




『犬塚さんの立場を利用して、妙蓮寺くんを誘導することはできる?』


『できる』


『他の連中に気づかれないように牛沢さんと接触することは?』


『できる』


『じゃあ牛沢さんには妙蓮寺くんが狙ってるってことを先に教えておいて。くれぐれも彼女が傷つくようなことが無いようにね』


『わかった。その上で、ミョウレンジがウシザワを狙っていることを周知させる』




 敵対勢力の一員だった牛沢さんに近づいたとなれば、妙蓮寺くんには裏切りの理由ができる。


 短気な白町が、妙蓮寺くんを切り捨てるには十分すぎる。




『頑張ってね、ギィ』


『こういうのは得意だから平気。エリカこそ戦うのがんばれ』




 互いに励まし合いながら、包囲網を狭めていく。


 これに加えて、たぶん日屋見さんも動いてくれるわけだから、備えは万全と言っても過言ではないだろう。




「有能な諜報員だのう。アドラシア王国に雇ってもよいぐらいだ」


「スカウトしてもたぶん無駄だよ」


「お主から離れんということか。確かに、先ほどの会話を見ておってもかなりの忠誠心が伺えた」


「ギィには色々と事情があるからね」




 まだ明かされていないぶんも含めて、本当に色々と。




「しかし心配ではあるのう。いくら有能とはいえ、会議を盗み聞いたり、個人の部屋まで監視しておる。見つかればたちまち殺されてしまうだろうて」




 確かに、いくら犬塚さんの姿をしているとはいえ、動ける範囲には限界があるはず。




「どうやってそこまで入り込んでおるのだ?」


「聞いてみよっか」




 ギィも今は落ち着いている時間のようなので、試しに疑問を投げかけてみる。


 するとすぐに答えが返ってきた。




『ダクトやパイプの中を移動している。心臓とスマホさえ通るなら細くても入れる』




 人間と融合したことで、完全な不定形の存在になることはできず、どうしても心臓は残ってしまうらしい。


 逆に言えば、心臓さえ残していればどんな形にもなれるということ。




「形を自由に変えられる……ギィとやら、諜報員としてはズルすぎると思うぞ」


「本当に味方でよかったね」




 そんなギィに感謝しつつ、私たちはしばし言葉を交わし続ける。


 そして一時間ほど経った頃、そのまま椅子の上で眠っていた。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る