第40話 キャスト

 



 とりあえず、この職員室に聖域を展開する。


 これで外の化物たちに見つかっても、中には入ってこないはずだ。


 今のとこ私たちの姿は見えてるはずなのに、襲ってくる様子は無いけどね。


 そして手近にあった引き出しを開き、物色を始めた。


 中身を漁るたびに、ネムシアは不思議そうにそこを覗き込む。




「何を探しておるのだ?」


「とりあえず食べ物。お菓子ぐらいはあると思って」


「おお、甘味か。我も甘味は好きだぞ!」


「おやつじゃなくて食料ね」


「食事代わりにするのか……む」




 グゥ、と彼女の腹が鳴った。


 私は探索の手を止め、じっと音源を見つめる。


 するとネムシアはさっと両手でそこを隠し、顔を赤くしてジト目でこちらを睨んだ。




「あ、浅ましい腹だと思っておるのか!?」


「さすが女王様、お腹の音もまるで女神が奏でるハープのよう」


「馬鹿にしておるだろう。お主、それ間違いなく馬鹿にしておるよなあ!」




 ぷりぷり怒るネムシアに、私は机の奥で見つけたせんべいの袋を手渡した。




「単独行動なら食事もまともに採れてなかったんでしょ? それ食べなよ」


「……ありがとう」




 意外と素直にお礼を言うなあ。




「しかしこの袋、透明でしゃかしゃかしておるな。食べられるのか?」


「袋は無理だよ」


「そうなのか……」




 ネムシアは不思議そうにクッキーの袋を見つめている。


 夢実ちゃんの記憶とかを一部引き継いでるから日本語はわかるって感じみたいだけど、全部ってわけじゃないのか。


 ってか開け方わかんないからめっちゃ苦戦してるし。


 私は彼女から袋を受け取ると、開いて中身だけを渡す。




「おお、そうやって破ればよいのか!」


「はい、しょうゆせんべい。口に合うかわかんないけど。あと甘くはない」


「甘くないのか……」




 そんなしょんぼりしなくても。




「すんすん。不思議な匂いがするのう。豆を発酵させておるのか……? はむっ」




 彼女は控えめにかぶりつく。




「かひゃい」




 思ったより硬かったのか、眉間にシワが寄っている。


 でも噛み砕けないほどではない。


 すぐにぼりぼりと咀嚼を始めた。




「ふむ……不思議な香りはするが食べられなくはないのう」




 あんまり好きじゃないのかなぁ、と思いながら見ていると、なんだかんだでぺろりと平らげてしまう。


 そしてネムシアは私の方に手のひらを差し出した。


 無言で上にせんべいの袋を乗せる。


 すると今度は自分で袋を開いて、ぼりぼり食べ始めた。


 ……気に入ったのかな。


 それともお腹が空いてるだけ?


 とりあえず静かになってるうちに職員室を調べてしまおう。




 ◇◇◇




 ここまでに集まったのは、飴やクッキー、ポテトチップスなど。


 あとはコーヒーやお茶のパックが何箱か。


 生きて行くのに必須ってわけじゃないけど、こういうのあると多少は心が安らぎそうだし、念のため持っていく。


 他にもハサミやカッター、ペン、ノートなどなどを回収。


 今のとこ全部スマホの中に入れてるけど、これ上限とか無いのかな。


 便利すぎて逆に不安になる。


 ちなみにネムシアも途中から探索に参加してくれた。


 でも物を探すというよりは、見たことのないものへの好奇心の方が上回ってしまったようで、事あるごとに「これは何だ?」「何に使うのだ?」と質問攻めに合った。


 リアクションが大きくて私も楽しかったから、別にいいんだけどさ。


 そして最後の一列に手を付ける。


 そこでふと、私は大事なことを思い出す。




「そういやネムシアってさ、能力……えっと、勇者みたいな力、持ってないの?」


「持っておらん」


「よく生き残れたね」


「目潰しと短距離転移でどうにかな。昔から逃げるのは得意だったのだ」




 あのテレポート、距離制限があるんだ。


 便利だし、それぐらいの縛りはあって当然か。




「他にも魔法は使える?」


「いくつかは使えるが、攻撃に使うには威力が足りぬな。やはり勇者でなければ奴らには対抗できぬのだろう」


「ふーん、じゃあ私のパーティに入る?」


「よいのか……?」


「こっから一緒に行動するんだし――って、するんだよね?」




 そういえば、まだそのあたりを話し合ってなかった。


 当たり前のように一緒にいるけど。




「依里花が迷惑でないのなら、我はそのつもりであったが」


「じゃあパーティの申請飛ばすね」


「飛ばす? お? な、なんだこれはっ、頭に直に語りかけておるのか!? テレパシーなのか!?」


「承諾して」


「しょ、承諾する……」




 確かに言われてみれば、このシステム意味不明だよね。


 いきなり頭の中に『パーティに入りますか?』なんて言葉が浮かんでくるわけだし。




「はい、これでパーティの一員ね。ネムシアが言うところの使徒と同じ力が使えるようになったから」




 私はスマホに表示されたネムシアのステータスを見せる。


 彼女は画面に顔を近づけると、目を細めて凝視した。




「前から思っておったのだが、その板切れは何なのだ? どうやら冒険の書の代わりをしておるようだが」


「ああ、これ? スマートフォン。同じ道具を持ってる人と声で連絡を取り合ったり、自分の姿を映し出して会話もできる道具、かな」


「対話魔法が込められた水晶のようなものか」


「ネムシアのとこにもそういうのあるんだ」


「平民が持てるような代物ではないがな。各国の重役同士が会話するときなどに使われる」


「こっちだと、基本的に全員持ってる感じかな」


「全員とな!?」


「あとは調べ物をしたり、音楽を聞いたり、ここに入ってるゲームで遊んだりって感じ」


「何でもできるのだな。薄々勘づいてはおったが、どうやらこの国は我が祖国よりも文明が発展しておるらしい。むぅ、悔しいのう。そのすまーとふぉんとやらを持ち帰って研究者に調査させるか」


「そのかわり魔法とかは無いけどね」


「それは不便そうだのう」


「だよね。ネムシアの使う魔法、見てて便利そうだなって思うもん」


「うむ、非常に便利であるぞ! アドラシアの技術の結晶よ!」




 褒めるとすぐ調子に乗る。


 子供みたいでかわいくはあるけど、見た目は夢実ちゃんだから複雑な心境だ。


 その後も、何気ない会話を交わしながら机を漁っていたわけだけど、ついに大木の机の前にやってくる。


 正直、ここには何が入ってても食べたいとは思わない。


 ただ調べる価値はあると思った。


 一番下にある、深くて重たい引き出しを開く。


 中にはファイルに綴じられた書類がいっぱい入っていた。


 取り出して読んでみたけど、学校の業務に関する内容が書かれているだけで、戒世教の情報は得られそうにない。


 他のファイルも同様に。


 全部引っ張り出してみたけど、奥に何かが隠されているなんてことも無かった。




「さすがにこんな場所に戒世教の情報は残さないか」


「のう依里花よ、その引き出し少し妙ではないか?」




 いつの間にか、後ろから引き出しを覗き込んでいたネムシアが言った。


 一人で調べるのは飽きたんだろうか。




「底板が妙に厚い。何か隠してあるかもしれぬ」




 そう言われてみれば確かに。


 私はドリーマーで底板の端っこを突き刺して、持ち上げてみる。


 すると二段底になっており、隠されていた新たなファイルが現れた。




「ふふん、やはりな。で、何が入っておったのだ?」


「いじめ推進マニュアルだって。要はいじめ対策のための指南書みたいなやつ。なんで隠してるのかはわかんないけど――」


「対策なのに推進・・するのか?」


「え? あ……本当だ」




 机に広げてみると、そこに記されているのは――いかにクラスでいじめを発生させるか、そしてそのいじめをエスカレートさせていくか、その手法であった。


 私は適当に開いたページを読み上げる。




「光乃宮学園では、入試時にいじめ被害者の素質が高い者を優先して入学させています。これは“贄枠”と呼ばれ、曦儡宮様に継続的に魂を捧げるため、毎年必ず一定数以上の贄候補を入学させなければなりません。信者を親に持つ家の場合、意図的に贄の素質が高まる教育を施されていることがあります。こういった人間は試験の結果に関係なく、優先的に入学させるようにしましょう」




 わかっていたことではあるし、夢実ちゃんの記録に比べればインパクトは弱い。


 だが、それでも――こんなものが存在していること自体、この学校がどうしようもなく終わっている証拠であり、読み上げながら怒りがこみ上げるのを止められなかった。


 あー……いや、待った。


 これ、もしかして私のことだったりする?


 真恋は言ってたよね、信者なのは母親だったって。


 そして私のあの家での扱い。


 私、いないものとして、劣化品として扱われるどころか――苦しめて殺すために育てられてたってこと?




「マジかぁ……は、ははっ……」




 思わず顔を手で覆い、ため息をつく。


 私、自分で自分のこと劣ったクズだと思ってたけど、それも意図的なものだったってこと?


 令愛の家みたいに。


 あるいは夢実ちゃんの家のように。




「依里花、大丈夫か?」


「大丈夫じゃない……また吐きそう」




 私がそう言うと、ネムシアは慌てて近くにあったゴミ箱をこちらに運んできた。


 ありがたいけど、別に吐くつもりはないな。




「終わってる、終わってる、ってずっと思ってたんだけど……最初は私の周りで、次はこの学校になって、今度はこの街全体で……なんか、目眩がしてきちゃった。なに、ここ。こんな場所に生まれた時点で、私の人生、詰んでるよ……」


「その、なんと言っていいのかはわからぬが……」


「励ます気持ちだけ受け取っとく。大丈夫、夢実ちゃんのあれに比べればなんてことはない。いや、むしろ元気出てきたかも。そうだよ、殺す人間増えただけだもんね。学校の人間だけじゃない。ここから出たあと、あのクソ親とか戒世教に関わった連中をぶっ殺せばいいだけじゃん! 単純明快! 今の私にはそれができるんだから!」


「う、うむ……」


「続き読むね」


「もう止めたほうがいいのではないか? 中身まで熟読する必要はないはずであろう」


「また、いじめ加害者の素質が高い者も優先して入学させます」


「依里花よ……お主は」


「こちらはより贄を追い詰められるよう、各クラスにおいて効率よく“贄を最底辺とする社会”を作り上げられるよう、いくつかの区分に別れています。これらの区分ごとに合格者枠が設定され、クラス分けの際には同じ才能を持つ人間がかぶらないよう、留意する必要があります」




 何だ、うちのクラスにクズ揃いだったのは偶然じゃなかったんだ。


 他のクラスもこんな感じだったもんね。


 もしかしてこっちの加害者枠も意図的に信者に育てられてたりする?


 親の思惑通りに育ってきたクズ共がイキってると思うと滑稽だね。


 そういや令愛も――胎児だった頃に、曦儡宮の一部を入れられたとか言ってたっけ。


 どいつもこいつも、自分の子供のことを何だと思ってるんだか。


 思い通りに育てられる道具? 曦儡宮のためだけに存在する使い捨ての命?


 ゴミじゃん、そんなことしたけりゃ自分たちの命でも捧げてればいいのに。




「贄の心のケア……曦儡宮様に美味しく召し上がっていただくため、教師は贄と対話し、より彼らの心を追い詰める必要があります。贄への暴力の頻度が増えるよう、事あるごとに加害者たちを褒めましょう。時には共に暴力を振るうことで一体感を高め、贄は共有の道具であるという意識を高めていきましょう。特定の教室では人間を興奮させる薬品の散布が可能です。他の人物に見つかりやすい場所として生徒に提供し、逐次薬品の散布を実行、加害者たちを極度の興奮状態に導きましょう。また、校内放送のチャイムなどに特定の音声を紛れ込ませることで、生徒のストレスを高めることができます。特に贄に対しての暴力が発生しやすい放課後にこれを流すことで、贄の成長を促すことができ――」




 悪意の羅列。


 狂気の列挙。


 それを“正しさ”と感じ、平然と行えるのが戒世教の人間なのだと、私はそう理解する。


 同時に、本当に力以外では変えられなかったのだ、とも。


 今日まで抱いてきたたくさんの悩み。


 後悔。


 命の価値について。


 私の存在意義について。


 すべての哲学めいた、答えなんてでない自問自答――それらすべてが、無意味だったんだ。


 すごく、頭の中が、軽くなっていく気がする。


 単純化していく。


 敵と味方。


 白と黒。


 その境界線がはっきりと見えたことで、何ならこのふざけ散らかした文書にも、意味があると思えてきた。




「はあぁ……」




 すべて読み上げた私は、大きなため息をつく。


 油ギットギトの食べ物を、お腹いっぱいに食べたような気分だった。




「ネムシアは……さっき私と一緒に行動してくれるって言ったけどさ、人殺しとか平気?」


「平気ではない。だが、見るのは慣れておる」


「そか、ならいいね」




 イリュージョンダガーを生成。


 前方に投擲。


 机が一つ、真っ二つに切断され、その先にある別の机に突き刺さる。


「う、うわあぁあああっ!」と男性の悲鳴が響き渡った。




「誰かおるのか!?」


「さっきから私たちの視界に入らないように、こそこそと這い回ってた」




 それにお菓子の袋も開いてるのが多かったし、ゴミ箱には新し目のゴミがちらほら。


 たぶん、ここに隠れて生き残ってたやつがいるんだ。


 そしてこの職員室はあの地下祭壇と繋がっている。


 教師の可能性が高い。


 あくまで高いだけで、100%じゃないから、いきなりぶっ刺すべきじゃないんだけど――私の勘がそう言ってたから。


 たぶん当たってる。


 破壊された机のところに移動すると、脚から血を流してうずくまる、スーツ姿の男の姿があった。




「なーんだ、臼峰うすみね先生か」


「う、ううぅ……お、お前は……うちの生徒、だな……?」


「二年の倉金。一年の時に授業受けたことあるよ」


「顔は知っている……だが、なぜ……っ、いきなりこんなことを!」


「だってこの学校の先生でしょ?」


「は?」


「まあいいや。先生、スマホ貸して」


「なぜ、だ」


「今すぐ殺されたくなかったら貸して」


「ひっ……こ、これだっ、だから殺さないでくれっ……!」




 私は臼峰先生にロックも解除させ、スマホを物色する。


 確認するのはメッセージアプリ。


 戒世教に関係してそうな相手との連絡は――お、大木と話してるじゃん。


 しかも事件が起きる当日の朝。




「待て倉金、それを見てはっ!」




 伸ばしてきた手を切り落とす。




「ぎゃぁぁああああっ!」




 あー、やってるねえ、こいつ。


 夢実ちゃんのことを贄って呼びながら、儀式の成就が近いことを二人で喜んでる。


 他にも自分が担任したクラスに贄がいるとか、今まで何人殺したとか自慢気に語っちゃってるなあ。


 うちの先生、これがスタンダードだったりする?


 そりゃあ明治先生も絶望するわけだよ。




「臼峰先生は大木と違って力を貰えなかったんだ。だからここで一人ビビってたの?」


「ひっ、腕ぇっ、私の腕えぇっ!」




 うるさいのでもう一方の腕も落とす。


 両方なくなれば未練も無くなるだろう。




「ひああぁぁああああっ!」


「先生、私の質問に答えないと今すぐ殺すよ?」


「ひっ、こ、答えるぅっ! 答えるうぅぅっ!」


「一人でここに逃げ込んだのはどうして? 自分だけ力が無かったから? それとも他の先生がゾンビになっちゃったのを見て日和ったから?」


「ゾンビになったのを見て……こ、怖くなった。曦儡宮様が降臨したらっ、私も幸せになれると思っていたんだあぁっ!」


「そっか、じゃあ死んで」




 腹にドリーマーを突き刺す。




「な――」




 今すぐは殺さなかったし、約束通りだよね。


 そのまま私は柄ごと先生の体を持ち上げ、片手でひょいっと投げ上げる。




「どう、して」




 どうして殺すのかって聞きたいの?


 なら答えは一つ。




「先生が生きてるから」




 ふわりと浮かんだ先生の体に狙いを定め、私はスキルを放つ。




「フルバースト」




 無数のナイフが空中に浮かび上がり、一斉に彼の体に殺到した。


 ズタズタに切り開かれて、おろした魚みたいになった先生は、突き刺さったナイフによって天井にはりつけになる。


 床を血のスプリンクラーが汚す。


 やがてスキルによって作られた幻影のナイフは消え、死体が落下する。


 私はそれを手で受け止めると、窓ガラスに向かってぶん投げた。


 ガラスは割れ、外に落ちる肉と皮の塊。


 そんな不気味な物体が目の前に落ちてきても、あの顔に穴の空いた人間たちはまったく反応を見せなかった。




「あの化物たち、聖域を展開する前の時点で、窓越しに私たちの存在に気づいてた。何より臼峰先生も襲われてなかった。たぶん今は無害な存在なんだと思う」




 落ち着いてそう考察しながら、ネムシアのほうを振り返る。


 彼女は青ざめた顔をしていた。


 私ははっと、大事なことに気づく。




「あ、そっか。勢いであっさり殺しすぎだよね。しまったなあ、一階にいたときはまだ相手を長く苦しめようとか、そういうの考える余裕があったんだけど。さっきはもう、あいつと同じ世界に生きてるのが嫌すぎてさ、全力で殺しちゃった」




 ネムシアは目を閉じ、大きく深呼吸をすると――改めて私のほうを見た。


 そして笑顔を浮かべる。




「どう殺すかはお主の好きにすればよい。ただくれぐれも、自分の身は大事にするのだぞ。綺麗な衣服や可愛らしい顔が血で汚れしまってはもったいないからのう」




 たぶん、何か言いたいことはあったんだろう。


 けど彼女はそれを飲み込んでくれた。


 地下で見たあの記録を思い出し――その実行犯の一人があの教師なのだと、そう自分を納得させて。




「それもそうだね。ありがと」




 ◇◇◇




 私は言われた通りに、ウォーターで体を洗い、制服を着替えて身だしなみを整えてから、外に出た。


 大勢の顔に穴の空いた化物たちが歩いている。


 しかし私たちに襲いかかってくることはない。




「なぜ襲いかかってこないのだろうな」


「あくまで遊園地の客って感じだね。一階で出会ったゾンビとは明らかに違う」




 かといって、安全な存在だとは思っていないけど。


 しかし彼らは声こそ出さないものの、人間同様に遊具に乗って遊び、売店で食べ物を買ったりして人の営みを再現している。


 ひょっとすると、異世界の生命体が普通に生活しているだけなのかもしれない――そんな可能性も頭の片隅に起きながら、遊園地探索を開始する。




「この世界の人間は珍妙な乗り物ばかり作るのだな。なぜティーカップに乗る。なぜ船が宙にぶら下がる! なぜあんな高い場所で宙吊りになってぐるぐる回るのだ!?」


「乗ったら楽しいよ?」


「狂っておる。しかし、娯楽目的だけでこれだけ巨大な施設を作るとは――栄えておる証拠だ」


「物事を見る視線がぜんぜん違うね」


「女王だからのう。楽しいというのなら、一度ぐらいは乗ってみたいとは思うが……さすがにここでは無理であろう」


「そうだね、さすがに私も、かな。こっちに飛ばされてるってことは、現実の光乃宮ファンタジーランドは消えちゃってるのかな」


「そのふぁんたじーらんどとやらには、普段からこんなに大勢の客がいるものなのか?」


「平日だとそこまで多くないはずだけど、ゼロってことはありえないかなあ」


「そうか……ではあの学校以外の人間も巻き込まれた可能性はあるのだな」




 少なくとも、この穴人間たちは、元からここにいた人間ではない。


 そういう意味でもゾンビとは異質だった。


 あと、遊園地のところどころに、プレハブ小屋みたいに光乃宮学園の教室が点在しているのも異様だった。


 混ざり方はランダムなのか、遊具にめり込んでいたり、木の上に置かれている部屋まである。




「ここの地図は無いのか?」


「そこらへんにパンフレット置いてあると思うけど……あった、あれだ」




 ジュースなどを販売する売店の横に、地図付きのパンフレットが置かれていた。


 どこまで参考になるか疑問だけど、参考にはなるだろうから持っておきたい。


 金属製のラックに私は駆け寄る。


 すると、遠くで風船を配るピンクのマスコットがいることに気づいた。




「あ、ラビラビちゃんだ」


「らび……? なんだそれは」


「兎のマスコットキャラクター。あれは中に人が入ってるんだけどね」


「さすがにそれぐらいは見ればわかるぞ」


「この遊園地の名物キャラの一人なの。ああやって子供たちにいつも風船を配ってて」




 私と夢実ちゃん二人で来たときも、恥ずかしがる私の腕を引っぱられて、風船をもらったな。


 他は子供しかいないのに、夢実ちゃんほんと強引なんだよね。




「ラビラビちゃんがこっちを見ておる」


「そろそろ襲ってくるかもね」


「不吉なことを言うでない」


「でもあの着ぐるみ、手元が真っ赤だよ」


「むうぅ……しかも、ラビラビちゃんの向こうにも別の動物がおるようだな」


「ああ、クマクマくんね」


「あやつが抱きついておるのは、人間ではないか?」




 茶色いクマのマスコットは、まだ顔のある人間を羽交い締めにしていた。


 そしてその手を、人の顔に押し付けると――ずぶずぶと沈めていく。


 人間の体は苦しげに痙攣していたが、すぐに動かなくなってしまった。


 クマクマくんの腕が引き抜かれると、血がぬちゃりと糸を引く。


 そして解放された人間は、顔にぽっかりと穴を空けた状態で地面に倒れ込む。


 だがその数秒後、何事もなかったかのように立ち上がると、あの穴人間の一員となって遊園地を楽しみはじめた。




「外の空気を吸えるだけ、一階よりマシだと思った我が間違っておったようだ」


「ネムシア、走る準備できてる?」


「お主の方が早いのだから、置いていくでないぞ」




 相手が動き出すより先に、私たちはラビラビちゃんに背を向けて走りだす。


 ひとまず職員室まで戻るために。


 すると園内放送が流れ出した。




『キミたちいけないなあ、ルール違反だよ。ここでは“キャスト”より目立ってはいけないのさ』




 おそらく私たちに向けたメッセージだ。




『だってここはファンタジーランド。みんなが平等に幸せな夢を見る場所』




 悪人ほど平等とか幸せとか言いたがるよね。


 そういうのに限って、自分たちに都合のいい“幸せ”だったりするし。




『だから――ちゃんと、平等に顔を取らないと・・・・・




 ほら来た。


 そのアナウンスと同時に穴人間たちが一斉にこちらを向く。


 さらに顔の穴から濃い緑色の物質を垂れ流し始めた。


 地面に触れると、その場所は急速に腐敗し朽ち果てていく。




「やはりゾンビの仲間ではないか!」


「でも動きはそんなに早くない。あの着ぐるみもね」




 ラビラビちゃんとクマクマくんも走りながら追ってくるけど、穴人間より多少早い程度。


 ネムシアのレベルはまだ1だから素早さは低いけど、そこそこ鍛えてるのか足は早いし、何よりいざとなれがテレポートだって使える。


 これは逃げ切れる――




「依里花よ、前から豚が来ておるぞ! 豚が馬に乗っておる!」




 なんて思ってたら、前方から新たな敵が現れた。




「ブタブタくんがメリーゴーランドの馬に乗ってる!?」




 しかもめちゃくちゃ乗りこなしている。


 その絵面の素っ頓狂さとは裏腹に、挟み撃ちを受けた私たちには命の危機が迫っていた。



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