第3話 理不尽
一階に向かう階段の途中、私はスマホの画面を確認した。
【
【レベル:2】
【HP:10/10】
【MP:10/10】
【筋力:5】
【魔力:5】
【体力:5】
【素早さ:5】
【残りステータスP:2】
表記されているステータスは変わらず――しかし一番下になにやら表記が増えている。
どうやら自分でステータスを割り振るタイプらしい。
こういうの、何が正解かわからないから適当にやるの怖いんだよね。
しかも自分の肉体に直結する可能性もあるとなるとなおさらに。
「スマホがどうかしたの?」
「え? あー、ちょっと気になることがあって」
「そうだ! 外と連絡が取れるなら、警察に助けを呼べるかも」
警察か……あんまりあてになるイメージは無いけど。
別に集堂くんを殺したことがバレるんじゃないかって心配してるわけじゃない。
ただ
令愛はスマホを耳に当て110番――しかしその表情は徐々に浮かないものになっていく。
「……繋がらないみたい」
「他の生徒も同じことして、回線がパンクしてるのかもね」
「それならあたしが呼ばなくても、他の人が呼んでくれる、かな」
他人の助けは期待できない。
まずは自力で脱出することからだ。
一階に到着した私たちは、玄関のほうに視線を向けた。
あは、いるいる。
道中には数体の化物が立ちはだかり、各々がクチャクチャと音を立てながら死体を貪っている。
私にしか倒せない化物が何体も。何体も!
遠くからは叫び声も聞こえてくる。
廊下には生きた人間の姿はあまり見当たらないが、室内に逃げた先で襲われているということだろうか。
そんなことを考えていると、近くの教室から女子生徒が飛び出してきた。
「たっ、たすけっ――」
私の姿を見つけると、縋るように彼女は手を伸ばす。
だがその背後から、体高1メートルを越える腐った大型犬が迫っていた。
唾液を撒き散らしながら、裂けた口が大きく開く。
鋭く並んだ歯は、少女の肉体を噛みちぎらんと食らいつく。
だけど私の方が早い。
私は前に女子生徒とすれ違うと、犬の眉間にナイフを突き刺した。
「ギャウゥゥゥンッ!」と濁った鳴き声が響く。
喉も腐っているのか、臭いがキツいだけでなく声も汚い。
何より脳を貫かれたのに死んでいないのが不気味だ。
しかし相手はひるんだ。
その隙に私は、先ほどのゾンビ同様に首を切り落とした。
さすがにゾンビと違って頑丈なのか、わずかに抵抗はあったけど、まだまだ切断できる範疇。
でも――レベルは上がらないみたい。
ゾンビより強そうだから、経験値も高いだろうに。
やっぱり、上がれば上がるほど、必要な経験値が多くなっていくってことなのかな。
「はぁ……ありがとう、助かったわ」
「どういたしまして」
「教室から出てきたみたいだけど、他の人は?」
私が聞かなくても、令愛が勝手に事情を聞き出してくれるのは助かる。
「私以外にも隠れてた人はいたけど、もう……」
「そっか……一人でも助かってよかった。ねっ?」
「そ、そだね」
急に同意を求められてどもる私。
コミュ力が低すぎて嫌になる。
私はそれをごまかすように、女生徒が出てきた部屋の中を覗き込んだ。
飛び散った血と、男子生徒の上半身だけが見える。
もし噛まれてたら、あんな風に引きちぎられてたわけだ。
そりゃこんだけ死んでれば、集堂くんどころじゃないよね。
「それにしても、部屋の中でも安全じゃないなんて。扉は鍵をかけてたの?」
「もちろんよ! でも窓を突き破って入って来たの」
「学校の中に安全な場所は無い……ってことだね。早く逃げないと。令愛、私が先に廊下の化物を倒すから、後からその人と一緒についてきて」
「わかった、気をつけてね!」
「う、うん……」
気をつけて、か。
誰かに心配されるって、慣れないなあ。
私も割とキモいリアクション返してるのに全然気にしてないし、天使じゃん天使、はは。
心がふわふわしている。
その浮ついた気分のまま、私は敵に向かって一気に走りだす。
陸上部も真っ青な速さだ。
これで“初期レベル”だって言うんだから、ステータスが上がったらどれだけ恐ろしい動きができるんだか。
瞬く間に死体を貪るゾンビに近づいた私は、すれ違いざまに首を刈る。
相手は私に反応する前に絶命。
しかし、その接敵で他の化物たちは私という脅威に気づいたらしい。
最も近い位置にいるのは、腐乱した犬――先ほどの個体とは微妙に形状が違うけど、概ね同種。
さすがに犬種まではわからないけどね。
相手は冷たい殺意を私に向けて、向こうから駆け寄ってくる。
大きく開かれる口。
私は体を翻し、それを避けると胴体に刃を突き立て引き裂く。
「ギャウゥゥン!」と響く相変わらず汚い鳴き声。
たぶん、犬の心臓はこのあたりだったはず。
さっきは脳を貫いて即死しなかったけど、心臓ならどうなるかの実験をしてみる。
腐乱犬は素早く私のほうを振り向くと、口を開いて噛みつこうとしたけど――そこで動かなくなった。
『モンスター『ゾンビウルフ』を殺害しました。おめでとうございます、レベルが3に上がりました!』
ここでレベルアップ。
大型犬かと思ってたけど、こいつ
そんなものどっから紛れ込んできたんだか。
犬がゾンビ化したわけじゃない? 完全に別の場所から現れた?
そして玄関への道中、最後に待つのは令愛の話していた“小人”。
身長は50センチほど。
体は緑色で、目はぎょろりとまん丸く、やたら鼻の大きい腹の出た化物が、倒れた人間の体から内臓を引きずり出して口に運んでいる。
本当にファンタジー世界にいそうな小人サイズの化物で、これはいよいよ異世界からやってきた説が濃厚になってきた。
数は三体。
彼らは私に気づくと、「クケエェェエッ!」とやたら甲高い奇声をあげながら、両手をあげて飛びかかってくる。
ジャンプ力はなかなかのもの。
だけど動きが速いわけではなく――まずは先頭の一体目に斬りつける。
腹のあたりを薙ぎ払うと、小さな体は真っ二つに引き裂かれた。
軽い。ゾンビより手応えが無い。
しかし残る二体は仲間の死に動揺することもなく、左右から私に殴りかかる。
一体目の攻撃は体をひねり回避。
二体目の攻撃はナイフの腹で受け止める。
ガギンッ、とまるで金属同士がぶつかり合うような音が鳴った。
打撃が思ったよりも重たい。
もしもこれで頭部を殴られれば、普通の人間なら頭がひしゃげて即死だろう。
ああ、だから倒れている死体は、顔面があんな風に潰れてしまっているのか。
私はよろめき、後退する。
瞬間、私は背後から強い“悪意”を感じた。
悲しいかな、悪意を感じ慣れた人間というのは、その気配に敏感になってしまうもの。
私の後ろには教室の窓。
カーテンが閉まっており中は見えない。
その中から何かが私を襲おうとしている。
前方の二体もタイミングを合わせて飛びかかるつもりらしい。
けれど前もってわかる不意打ちほど、反撃しやすいものはない。
「クキエェェエーッ!」
甲高い鳴き声と共に、緑の小人どもが襲いかかってくる。
その直後、私の背後にある窓ガラスが割れ、中から二体の小人が現れた。
四方向からの同時攻撃――けれどそれは四体の化物が同時に無防備な瞬間を晒すということでもある。
私はナイフを逆手に持ち替える。
「――はあぁッ!」
そして回転し、一閃。
醜い子鬼どもを全員、同時に殲滅する。
『モンスター『ゴブリン』を殺害しました。おめでとうございます、レベルが4に上がりました!』
真っ二つにされた死体がぼとりと地面に落ちる。
脳内イメージ通りの動きができたことに、感動して鳥肌が立つ。
やるじゃん、私。
さすがに今のかっこよかったでしょ、ふへ。
一人で悦に浸っていると、令愛と女子生徒が駆け寄ってくる。
そして令愛はぐっと私に向けて親指を立てた。
「さすが依里花っ! かっこよかった!」
「ど、ども」
ほぼ初対面なのにこの馴れ馴れしさ、ある意味で尊敬する。
「他の化物が寄ってくる前に……外に行こう」
私が言うと、二人はうなずく。
そして私たちは駆け足で下駄箱が並ぶ玄関に向かう。
だけどその直前、傍らに置いてあった掃除用具入れがガタガタと揺れた。
「なにかいるっ!?」
令愛が声をあげ、女子生徒は彼女に抱きつく。
私はナイフを構え、揺れる立方体を睨みつけた。
すると扉が開き――中から汗だく男子生徒が現れる。
「待ってくれ、俺は化物じゃない! 襲われそうになって、ずっとここに隠れてたんだ!」
どうやら、相手は意思疎通ができる人間らしい。
私がナイフを降ろすと、彼はほっと胸をなでおろした。
「あんたが化物を倒してくれたのか? ついて行けば、外に逃げられるのか?」
「逃げようとは思ってる……付いてくるなら、勝手にしていい」
いちいち細かい話までしていられない。
私たちが再び玄関に向け歩きだすと、慌てて男子生徒もついてきた。
そして目的地にたどり着く。
私たちと同じように逃げ場を求める生徒でごった返しているかと思ったけど――玄関は、思ったよりも静かだった。
「誰も逃げてないの?」
令愛も首を傾げた。
「不思議……だね。普通に出られそうな感じがするのに」
「うん、やけに静かで不気味……」
そう、玄関の様子はいたって普通。
ガラス扉の向こうにはいつもどおりの校庭が広がっていて、天気も良好だ。
でも――なぜこの場所から誰も脱出しようとしないのか。
まだ混乱が上の階まで伝わっていないから?
それとも、とっくに逃げた後だから?
その割には、校庭に生徒の姿は無い。
「ねえ、早く逃げましょうよ」
令愛にしがみついてた女子生徒が言った。
私が「うん……」と煮え切らない返事をすると、もう我慢できないと言わんばかりに彼女は私たちの前に出る。
「化物もいないし、何もおかしなはところは無いんでしょう? 私が先に行くわ」
まったくもって彼女の言うとおりだ。
私は少し不安そうな令愛と目を合わせると、女子生徒を追って扉に近づく。
男子生徒はさらにその後から付いてきた。
そして先頭を行く女子生徒が扉を開き、外に足を踏み出し――ごつん、と額をなにかにぶつけた。
「いったぁ……え、壁?」
外の景色に見えるそこには、見えない障壁がある。
そしてその障壁は裂け、笑った。
人を容易く呑み込むほど大きくて真っ黒な口を、三日月型に歪めて。
さらに何もない空間から黒い腕が現れ、女子生徒の体を掴んだ。
何の変哲もない普通の風景――そのものが、化物の擬態した姿だったのだ。
「あ、危ないっ!」
私はその腕を斬り落とそうと、ナイフを手に構えを取る。
しかし腕が出てきた時点で、もう手遅れだった。
「ぁ、え……?」
彼女の体は握りつぶされ、肉と血が飛び散る。
化物はまるで粘土遊びを楽しむように、「けけけけ」と子供のような笑い声を響かせた。
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