あめの降る場所

あんとん

第一話

 また、あめが降ってきた。

息がつまるような空気を漂わせながら。

ぼくは知らない。このあめはどこからふってくるのか。

ただ分かるのは、最後に僕のボタンが君を映したのは、かなりまえだということと、あの甘い香りはずっと落ちてきていないということだけ。

ぼくがよく知っているはちみつ入りのミルクティーの香りは、いつのまにかぼくのもっているキャンディボットにしかなくなってしまった。


 君の様子が知りたくても、ぼくにはどうすることもできない。

時々聴こえてくる君の声は、少し塩味のあるあめが降りそそぐときのノイズ音でかき消されて、昔のように話を聞いてあげることもできない。

ぼくにできることといえば、ごく稀に降ってきているラベンダーの香りのするあめを集めたり、夜に君がここへ迷い込んできたときに見守ることくらいだ。



 暗闇に響くスキップの音。

昼間の息のつまるような空気とはまた違う、仄暗さと濁った明るさを纏った君が生み出した音。

それはこの小さなせかいにわたあめのようなもろい柔らかさと鋭利な針を生み出していく。そんな舞台で踊る君がつけている仮面の奥は何も見えない。

かつてぼくを見ていた優しい瞳や温かく甘い香りも、息の詰まるようなこの空間では何も残りはしないのだ。

 ひとしきり踊った君はぼくを見つけるとぼくを抱きしめながら仮面の下で悲しそうに顔をゆがませる。(ぼくがそう思っているだけかもしれないが。)

そしてまた朝焼けのような光に包まれて溶けて消えていってしまう。

僕はそれを静かに見ていることしかできない。


 君が抱きしめた僕も、君のこぼしたドロップを集めるぼくも、確かにぼくなはずなのに、大粒のあめを振らせながら笑って消えていく君の頭を昔君が僕にしてくれたようになでてあげることも叶わない。

そしてこのいままで降ってきたあめが溶けてできた小さなダンスホールでぼくはまた一人になるのだ。


 いつか、このロールプレイングも終わりを告げる時がくるだろう。赤いあめが降ってきてこの小惑星が役目を終えようとも、また再び、はちみつ入りのミルクティーの香りとラベンダーの香りのベールを纏った君がこの場所で新たな演目を演じようとも、僕が君の記憶の中で生き続けることには変わりない。

願わくば君が小さい頃と同じように甘い香りをまといながら笑って過ごせるように。

ぼくはまた落ちてきたあめを布で出来た自分の手にのせて光にかざした。

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