第2話 未来の告白-2

 ここは異世界ファンタジーではなく現実だ。ということ以外は何もわからない、ということがわかってきた。妄想と憶測を繰り返していたら、お腹がすいてきたことに気がついた。


 辺りを見渡すと一件のレストランが目に入った。まずは、そのレストランで腹ごしらえをするための行動を開始しようと決心した時だった。


「どうかしましたか?」


 女性に声をかけられた。その女性は、なぜかとても心配そうな眼差しを農に向けていた。農は急に恥ずかしくなった。無言のまま噴水の縁から立ち上がりその場を足早に立ち去りそのレストランへと向かった。


 車通りの少ない通り沿いにある洋食レストランのようだ。段差を上がり、小さなのぞき窓のある扉を開けレストランに入った。


 爽やかな笑顔の接客係が近づいてきた。しかし、その笑顔は一瞬で引きつった顔に変貌した。『いらっしゃ・・・・・・いませ』と言い終えたその瞬間、店中に異様な雰囲気が漂ったような気がしたのと同時に接客係と周囲の客たちの痛い視線を感じ取った。


 農は『俺の格好がそん・・・・・・』まで思った瞬間、身の毛がよだった。恐る恐る自分の服装に目線を下げる。


「なんじゃこりゃあああーーー!!!」


 農は思わず大声を上げてしまった。周りも驚いたと思うが、大声を上げた本人も大いに驚いている。


 かつてこんなに恥ずかしい思いをしたことがあるだろうか。急上昇した心拍数と大量発生した冷や汗で失神してしまうのではないかと思った。失神した方がよかったかもしれない。


『そりゃ、そういう反応になるよね』という状況であることを農はようやく理解した。


 真相はまだ不明だが、『目が覚めたらここにいた』のなら当然寝ていた格好でここにいることになる。裸足だし・・・・・・。しかも、よりによってとてもかわいらしいパジャマ・・・・・・いろいろ恥ずかしい状況だった。


 今まで気がつかなかったことに驚く内容である。夜中のコンビニならギリギリ許容されるという服装だろう。しかし、このレストランは間違いなく場違いである。


 先ほど噴水の縁に座っている際に、女性が『どうかしましたか?』と心配そうに声を掛けてきたのも納得できた。


 羞恥と謝意を表情に表し、少し俯きながら謝辞を述べて立去ろうとした瞬間、空腹の限界音が鳴り響いたその時だった。


「早生ちゃん」


 奥から声がした。接客係は一度ため息をつき、すべてを理解したかのように農を店の奥へと案内した。従業員の休憩所のようなところに案内され、農は椅子に座った。


「お礼ならオーナーに言いなさい」


 接客係は農にそう言いながら、オムライスを目の前に置いて仕事に戻っていった。

とはいえ、農の空腹はとっくに限界を迎えており、ありがたくオムライスを頂戴することにした。一口食べた瞬間、衝撃が走った。


「う、うまい」


 思わず言葉が漏れた。空腹のため、より一層そう感じるのかもしれない。そして、なぜかとても懐かしく感じた。


 農はあっという間に完食してしまい、その後に襲われた強烈な眠気によりそのまま意識を失ってしまった。どのくらいの時間が経ったのだろうか、目が覚めると同じ場所にいた。


 いろいろな音が聞こえる。閉店作業中だったため、厨房に向かい洗い物を手伝った。


 閉店作業終了後、農とオーナーは少し話すことになり、休憩所のテーブルに腰掛けた。


「今日はありがとうございました。オムライスとてもおいしかったです。食材の味もしっかりしていて、いいもの使っているんですね。あと、恩師、といっても俺が勝手に思っているだけなんですけど。その人が作ってくれたオムライスの味にとても似ていてとても懐かしく思ってしまいました」


 農はオーナーが作ってくれたオムライスを食べて、その恩師について思い出していた。


「このオムライスは料理人をしていた父から教わったんだ。農くんの師匠はどんな人だったの?」


 農は自分の生立ちを含め、師匠について話した。


 保料農の両親は農が生まれて間もなく事故で他界した。その後、農は親戚の元を転々としていた。居心地が良いと感じられる場所を見つけることができず、十歳の頃に孤児院に預けられることになった。


 高校生の頃、将来やりたいことも見つからないままなんとなく日々を過ごしていた。ある時、学校帰りにふと洋食店に入った。何度も店の前を通っているはずなのに今まで気にしたこともなく、名前すら覚えていない店だった。


 そして、入った洋食店でオムライスを食べた。なぜ、オムライスを選んだかは、その後考えても答えは見つからなかった。『なんとなく』が理由となっている。ただし、今まで食べたオムライスの中で一番おいしかった。それまで数回しかオムライスを食べた記憶はなかったが。とても満足した気持ちになった。


 だが、会計を使用とした時に事件は起こった。農はその時自分が財布を持っていなかったことに気づいたのだった。このままでは無銭飲食になってしまう。


 農は正直にオーナーにお金を持っていないことを話し、翌日にお金を持ってくることを約束してその日は帰ることになった。翌日、学校帰りにオムライスがおいしかった洋食店にお金を返しに行った。


「今日はオムライス食べていかないのかい?」


 農はなぜ『オムライス』なのか疑問に思い、オーナーに理由を尋ねた。料理を勧めるならもっと値段の高いメニューにすべきなのでは?と思ったからだ。


『あんなにおいしそうにオムライスを食べている客は初めてだったから』というのがオーナーの答えだった。


「オムライスとてもおいしかったです」


 農の一言にオーナーはとてもうれしそうだった。だが、またオムライスを注文したくても農には自由に使えるお金はほとんどなかった。


「僕は林 雄馬はやし ゆうま。君の名前は?」


 突然の自己紹介に農は『保料農です』と答えた。


「じゃあ、昨日は僕と農くんが出会った記念日としよう。一日遅れだけど、今日は記念日のお祝いにオムライスをご馳走するよ」


『なんじゃそりゃ』と農は突っ込みたくなったが、またオムライスが食べられるという理由で記念日を受け入れることにした。


 その日以降、農は飲食をしなくても頻繁に店に通い、客の少ない時間や準備時間中に林といろいろな話をするようになった。農の生立ちや現在の状況における人生相談。林の家族の話、主にほとんど息子の話。


 その息子『林 斗馬はやし とうま』はまだ小さいが農と同じで林のオムライスが大好きということ。息子といっても血のつながりはない。縁があり孤児だったとうまを養子として迎えることになったという。林自身、斗馬以外に身内と呼べる者はいなかった。


 もちろん、たまにオムライスを注文した。農の懐事情は苦しかったため、その『たまに』しか食べられないオムライスの日がとても楽しみになっていた。


 林といろいろな話をするうちに農は料理に興味を持つようになり、料理の質問も増えていった。


「じゃあ、うちでアルバイトする?」


 林のありがたい提案に農は『お願いします』と即答した。厨房の手伝いもさせてもらえることになり、料理の学びの場となった。ただし、バイト代がほとんどオムライス代に変換されていたことがありがたい悩みだった。


 林との出会いが農を料理の道へと進ませることになった。高校卒業後は専門学校で基礎を学び、レストランで修業を積んだ。その後、有名ホテルのレストランで副料理長を務めることになった。

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