親愛なる友人へ

久田高一

親愛なる友人へ

 「やあ。久しぶりじゃないか。こんなところで会えるなんて思ってもみなかったよ。」

 私はぎょっとして辺りを見回した。満点の星空の中,近づいて来る影がある。目を凝らすとその影はだんだんと私の友人の輪郭を帯びていき,正面に立った。

「あっ。君だったのか。久しぶりだねえ、2年ぶりだろうか。でも,こんなところで何をしているんだい?」

「なに、遠くに君の姿が見えたものだから、思わず声を掛けてしまったんだよ。ほら、君は…その…この前会ったときは,ずいぶん痛めつけられていたじゃないか。表情も虚ろだったしさ。だから心配になってね。」

 友人らしからぬ,もどもどとした言い様に私は吹き出しそうになってしまったが,同時に彼からの深い友情を感じ,なんとかこの人の良い友人に心配させまいと大げさな笑顔を作って言った。

「ああ、そのことか。もうすっかり大丈夫さ。あと少しばかり休んだら,また色々と見て回ろうと思っているくらいだよ。」

「ならいいんだがね…。どうしても心配になってしまうんだよ。何しろ,アイツらの痛めつけかたと来たら,ひどいものだったからね。数を上げればキリがないけれど,君の顔に薬品をぶつまけたときは腹が立って仕方がなかったよ。痕に残らなくてよかったねえ本当に。」

「あれには驚いたよ。優しい人たちが痕にならないようにしてくれたんだ。」

 その瞬間,私は友人の瞳に微かな怒りと逡巡がちらつくのを見て取った。友人が瞬きを一つすると,もうそれらは見えなくなったが,代わりに何か決心したような色が宿っていた。

「なるほどねえ,それは良かった。ただ,その…。言うべきか迷っていたけど,君のためになると信じて言うね。その火傷の痕はどうしたんだい…?白くなっているけれど,それは火傷の痕だろう…?まさかまたアイツらにやられたんじゃなかろうね…?」

 私は,改めてこの友人が友人で居てくれて良かったと思った。そして,もう隠し事はよそうという気持ちがむくむく湧いてき,とうとう口から溢れ出た。

「君に隠し事をするのはもうやめにするよ。先刻までの無礼はどうか赦してほしい。そうだよ,これは火傷の痕だ。ついこの間つけられたんだ。でもどうか心配しないでほしい。今まで僕を痛めつけていた人間たちはもう皆死んでしまったよ。優しい人たちまで死んでしまったのは悲しいけれど,どうしようもないことなんだ。僕に住んでいた生命という生命が皆死んでしまったんだからね。でもこれで終わりじゃない。僕はもう一度やり直すよ。長い時間がかかるかも知れないけれどね。ずっと心配してくれてありがとう,君。僕はもう大丈夫さ。」

 私は私の誠意を表明するため,友人の目をしっかりと見据えた。友人は泣いていた。自身の境遇と重ね合わせたのかもしれない。

 しばらくして,友人は深呼吸を一つすると,「じゃ、これからは会うたびにいろんな表情を見せてくれるわけだね,君は。」と言ってくしゃっとはにかんだ。私にはその顔がとても美しく思えた。

「そうなるように努力するつもりだよ。」

「ああ,ならよかった。久しぶりに君の笑顔を見た気がするよ。おっと。もういかなきゃ。それじゃ,また2年後に。お元気で!」

「お元気で。」

 こうして我が親愛なる友人は満点の星空の中へ溶け込むように去って行った。その後ろ姿を見届けた後,私も出発しようと思う。今,私の左目辺りには,燃えるような光が差し込んできていた。

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親愛なる友人へ 久田高一 @kouichikuda

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