第3話

 目が覚めた私はベッドの上で横になっていた。どうやら一度目同様、無事に助けられたらしい。

 不思議な声……たぶん、あれは女神の声だったのではないかと私は思う。女神は最後に『もう一度やり直しましょう』と言っていた。ということは、私はこれから二度目の人生を歩くということなのだろう。

 ベッドで目覚めた私はまず、ナランが生きていることに泣き、エルウィンがお調子者の悪戯好きであることに泣いた。二人がまだここにいる。それがなによりの幸せだ。

 まず、状況を整理していきたい。


1.帝国は滅亡

2.民は大勢亡くなる

3.ナランは死ぬ

4.私も死ぬ

5.新皇帝アルフレッドも皇后フィレナも死ぬ

6.エルウィンは帰還し皇帝となるが、とくに幸せにはならない


 ……。こんなにだれも得しないことがあるのだろうか……。

 登場人物は全員不幸になったと言っても過言ではない。この惨状を見れば、女神がやり直して欲しいと思う気持ちはたしかにわかる。

 私個人としても一度目の繰り返しは二度とごめんである。貴族としての責務を果たし、民を守れるならば……と考えたのだが、自己犠牲はなにも生まなかったようだ。

 そこで、私は考えた。どうすれば、一度目に起きたことを回避できるか、を。


「いちどめとは、ちがうみらい」


 五歳の体。ぷくぷくした指をぎゅっと握りしめる。

 一度目は家訓を守り、だれにでも優しく、清く、正しく生きた。

 だが、それでは戦う相手の悪意に呑まれ、利用され、守るものも守れなかったのが現状だ。

 私が死んだあと、エルウィンは皇帝となったアルフレッドと話していた。表情が抜け落ちたあの瞬間、私やナランの死の意味を知ったのだろう。……無駄だったのだ、と。

 エルウィンもナランも私も……。アルフレッドに期待を持っていたのかもしれない。……いや、アルフレッドが国を継ぐことに不安はあったものの、根本的にそれを変えようという気持ちが足りなかった。

 そこが、私たちの失敗だった。

 ――ノブレスオブリージュ。

 それは、主君に忠誠を誓うだけではないはずだ。相応しくない人間には相応しくないと伝える必要があった。それを怠ったがために、このような結果になったのだろう。

 だから、私がこれからすることは……!


「あくじょに、なる」


 拳を空に向かって突き上げる。

 能力が足りない男にはノーを! 横取りだけが目標の泥棒猫にもノーを!

 次期皇帝に対する私の態度を悪女と噂する者は必ず出てくる。また、フィレナへの態度も庶民出身であることをバカにしていると捉えられるだろう。

 だが、それでいいのだ。

 私はこの国の未来を見た。それが、小川で触れたあの光の力だとすれば、私はそれを活かさなければならない。


 民を守る。

 それが、私の――悪女の矜持


 ベッドから起きた私は、すぐに両親にことの次第を説明した。

 声に呼ばれたこと。そこでこの国の未来を見たこと。突然、少女に背中を押され、小川へ落とされたこと。

 きっと一度目の私はあの光に触れる前に小川へ落とされたのだろう。一度目では未来を見ることはできなかった。

 すると、あの光の力を得たのはフィレナだけということになる。

 もしフィレナが未来を知っていたのだとすれば、それを利用し、アルフレッドに近づくことも容易かったかもしれない。

 そう考えれば、フィレナの一度目の行動が腑に落ちた。

 隣国との小競り合いが起こり、アルフレッドが砦の指揮をすることを知っていたとする。フィレナはその砦の掃除係として雇われていたのだが、それはすべてわかってのことだったのだろう。

 通常であれば、次期皇帝であるアルフレッドと、庶民の掃除係のフィレナが出会う機会などない。

 だが、砦が責められ、アルフレッドが命の危機に晒されたとき、身を呈して守ったのがフィレナだったと聞いている。アルフレッドは庶民ながらに美しく、勇敢なフィレナを一目で気に入ったのだ。

 そして、大雨が起きた際、フィレナは黙って見ていただけだったが、その間、アルフレッドに私の散財について訥々と訴えていたらしい。

 アルフレッドとて、私の散財について最初から信じていたわけではない。だが、大雨による飢饉に際し、国庫の備蓄がないことに、アルフレッドの中で点と点が線で繋がってしまったらしいのだ。

 そこからは……もう、アルフレッドは止まらなかった。私を悪と決めつけ、出てくる証拠とも呼べないものをすべて信じ込んだ。……それが、一度目。まんまとフィレナに乗せられてしまった。

 女神が私に力を与えたかった理由はわからないし、フィレナが最初に見た未来がどのようなものだったかはわからない。

 だが、きっと一度目よりはまだマシな未来だったのではないだろうか。

 でなければ、最終的に全員が死ぬような選択をフィレナがするとは思えない。


「ありえたみらい……」


 想像してみる、フィレナがいなければあり得た未来を。

 それはきっと、私とアルフレッドが結婚し、小国との戦や大雨による飢饉で被害を出しながらも乗り越え、二人で生きたのではないだろうか。

 その未来を見たフィレナは私の立場が欲しくなった。そこで、アルフレッドに近づいたとすれば辻褄が合う。

 女神はきっと小国との戦や、大雨による飢饉を回避できると考えて、私に未来を見せたかったのかもしれない。

 ……そして、それは叶わず、私は未来を見ることはなく川へ落とされた。

 フィレナはだれかを救うために力を使うことはなく、戦が長引くこと、大雨による飢饉を利用し、アルフレッドに近づき、私を失脚させたのだ。


「……まけない」


 私はもう二度と負けない。

 フィレナが見たアルフレッドと私との未来は歩まない。そして、一度目の人生も歩まない。

 新しい選択肢を。

 これまでとはまったく違う未来を、この世界に描いてみせる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る