第七十四話②
どうでもいい会話を続けている内に気が付けば魔導車は速度を緩めはじめる。
もう着くのか。
出発して半日と経ってないが、俺の地元に馬車で行くのとはえらい違いがあるな。
「そりゃそうでしょ。天下のグラン家お膝元なんだから交通手段がしっかりしてない筈ないじゃない」
そりゃそうだ。
俺の故郷は田舎もイイトコって事を忘れちゃいけない。
金持ちで尚且つ元々貴族とかそういう次元じゃない階級に位置していた家なんだから、それくらい整えられて当然か。
「昔からある程度整えられている区画は存在しています。統一国になる以前の話、旧四大国時代のインフラと言うべきでしょうか。旧グラン帝国は最も栄えていたと言われていますので、帝国領だったこの地域は特に綺麗なのでしょう」
「街も幾つか通ったし、大陸の端まで来たのに人の手が入り続けてるのは凄いよね」
ステルラの言葉に同意する。
ウチなんて最後の街を抜けてから一日掛かるもんな。道が悪いから。
山脈地帯を迂回していく必要があるので必然的に距離が延び、そして需要も少ないため改善されることはなく今に至る。
唯一の有名人が師匠と俺の父親だし、定期便で連絡する程度で仕事は進んでるらしいからな。
「そういやステルラはまだテレポート出来ないのか」
「あ~……試してないけどどうだろ。感覚とか聞いとけば出来るかも」
感覚でイケるのか……
細かい部分で才能差を痛感させられるな。
「ぶっちゃけ
「あーそうっすか。傷ついたんでルナさんに振舞おうと思っていた料理はステルラの胃に収まる事になります」
「誠に申し訳ございませんでした。愚かなわたくしめに慈悲を与えてください」
フン、俺の勝ちだな。
別に才能でマウント取られるのなんざ日常茶飯事すぎてどうとも思ってないが、それはそれとして正面から改めて言われるとムカつく。完膚なきまでにその分野とは別の場所でボコボコに磨り潰してやらんと気が済まない。
今日もまた一人負かしてしまった。
俺の連勝記録は止まる事を知らんな。
「何を勝ち誇ってるんだか……」
「おお~、みんな慣れてるね」
「呆れてるだけよ」
感心したような顔でうんうんと頷くアイリスさんに対してツッコミを入れるルーチェ。
お前は変わらんな。
この後俺がちょっと煽ればすぐに掌返してツンデレ発動するってところまで読めてるぜ。
「ま、まあ……ロアの事をわかってきたって事じゃないかな。…………たぶん」
「お前マウント取りたいのか中和したいのかハッキリしろよ」
ちょっといじいじ指先を弄りながら小声で呟いたステルラだったが、あまりにも煮え切らない回答に閉口せざるを得ない。ほら見ろ、言われたルーチェすら別に効いてないって感じな表情してるしアイリスさんはポカンとしてるしルナさんはいつも通りだ。
何も変わんねえじゃねぇか。
「……ステルラちゃんって……もしかして、結構残念?」
「逆にどういうイメージだったんですか」
俺のように幼い頃から思い込んでるわけでもなく特に親しみがあるわけでもない人間の評価はちょっと気になるな。
「結構優秀な優等生って感じだったかも」
「そういやルーチェも同じような事言ってたな」
「今はポンコツアホ娘としか思ってないわ」
「あ、あはは…………」
そこでなんとも言えない顔するからお前残念な奴って言われるんだぞ。
そうしてのんびり暇を潰している間に気が付けば魔導車は動きを止め、窓から覗く景色には青に煌めく海とどデカい豪邸が聳え立っていた。
半日もかからずに大陸の端に到着したのか。
師匠たちのような遠くまで移動できる魔法を扱える人達程では無いが、魔法が使えなくても魔力さえあればここまで便利な生活が出来るようになっている。
なんていうかな。
少しずつ、本当に少しずつではあるが……
かつての英雄が創りたいと願った世界はこうあるべきなのかと、その意思をちゃんと継いでくれたんだなって思える。
報われている、なんてアンタなら言うんだろうな。
「さ、降りますよ。ホラホラ荷物持って持って」
「はいはいわかってます」
降りる前に荷物を持ち上げる。
いつもなら他のメンバーの分を持ったりはしない(魔法による身体強化が使用できるため)のだが、今日は移動手段でもある魔導車の動力を供給してもらったので俺が持つ。別に大したことではないし、多少の対価としてこの程度働くことは許容してやろう。
俺は働きたくないし自堕落に生きて行きたいし他人に恩義を返すのも面倒だと思っているが、貰ったものはちゃんと返してあげないと筋が通らないだろ。
「自分で持つからいいわ」
「気にするな。帰りも四人を頼る事になるんだ」
一人で持とうとしていたルーチェからも大きな荷物を奪って、最終的に四つ分の袋を右手で抱えて左手に俺の荷物を持った。総重量も別にそんな重たくないし、荷物持ち程度で魔力代を精算できるなら安いもんだ。
「おお~、力持ちだ!」
「それしか取り柄がないもんで」
「自虐がすぎる……」
アイリスさんにペシペシ肩あたりの筋肉を叩かれた。
いやでも貴女も似たようなものですよね。
ルーチェは魔法使用しなくても結構筋肉ある方だけど、アイリスさん斬り合いするとき魔法使ってませんよね。身体強化使う事も出来るけどしないタイプ。俺とは違って楽しみたいから使わん狂人。
「ま、女の子の手ではないよね~」
年頃の女性らしさは確かにあまり見られない。
美容用品? 的な商品も首都だと結構豊富らしく、度々ルーチェが使っているのを見た。ステルラは恐る恐る使ってた。ルナさんは…………その……
「アイリスさんらしいじゃないですか。俺は気にしませんよ」
「私も別に気にしてはいないけど……男の子はやっぱりさ、綺麗な方がいいじゃん?」
どうなんだろうか。
アイリスさん見た目綺麗だし特に気にしないと思うが。
「あ、ほんと? それは嬉しいかも」
「俺の前では気にしなくていいです」
俺が気にするのは暴力を振るってきたり強制的に外に連れ出そうとしてきたり俺の自由を破壊しようとする者共の事だ。
出資者とは言え常識の範疇で生きて貰わないと困るし、確かに俺の人生全てを師匠に支えられてはいるがあの人の横暴さに常についていけというのは酷な話ではないだろうか。
「おっ、着いたんだね。長旅ご苦労様だ」
「よう。本日はお招き頂きありがとうございました」
友人関係でこういう風に言うものではないかもしれんが、誘ってくれたのはアルベルトだからな。
「うむうむ、僕に感謝するのだ」
「流石はグラン家ですなぁワハハ」
「なにしてんのよ……」
「汚職政治家ごっこだね」
流石のノリの良さだ、アルベルト。
「僕は将来的に政治とかそういう方面に進むつもりは一切ないけど、一応出来なくもないからね」
「嫌なやつだ……」
「いやぁ名家の生まれで申し訳ない。没落してるんだけどね!」
笑えないギャグすぎるだろ。
グラン家はそもそも戦争が起きた間接的な原因なんだから褒められたもんじゃない筈だが、そこら辺は終戦後に上手い事やってるのだろうか。
「それはそれ。現に今の時代になっても僕らは滅んでないぜ?」
「結果論が過ぎる。間違いではないけどな」
「細かい事は気にしない、それが生きて行く上で一番大切なことだよ」
「アンタに言われると釈然としないわね……」
ルーチェの意見に同意する。
「さ、挨拶はこんなもんでいいね。海に行くのもよし、食事を行うのもよし、バカンスなんだから好きに過ごすと良い。聞きたいことがあったら訪ねてくれ」
「なんだ、一緒に遊ぶんじゃないのか」
「……流石にそこに僕が入るのは悪手すぎるからね」
蹴られるのは好みだけど、なんて言葉を付け足してアルは肩を竦めた。
「それに女性陣にいいようにしてやられてる君を遠くから観察するのも楽しそうだ」
「良い度胸だな。後で表に出ろよ」
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