第四十話②
大地を踏み砕き、莫大な衝撃をまき散らしながら
一歩、二歩、三歩四歩と重ねるごとに速度は増していく。
かつて見た白く眩い世界へと到達しても足の感覚は衰えることがなく、それでなお加速を続けて居る。これだ。この世界だ。私が求めていたのは、私がたどり着きたかった世界。
私以外の誰もがいなくなって、私だけが世界に到達できたかのように思えるこの瞬間を。
感覚に従って拳を叩き込む。
恐らくこのあたりにいるだろう、これまでの経験上幾度となく放ってきた打撃と勘を信じて打ち抜く。
完全にドンピシャなタイミングで硬い何かにぶつかった感触とともに世界が元に戻る。
目の前には紫電を奔らせるステルラ、私の渾身の一撃を──片手で受け止めていた。
動揺はなかった。
即座に姿勢を変え蹴りを放つも、それすら軽く捌かれる。
近接戦闘も問題ないようだ。予想はしていたから驚愕もない。逆にステルラ・エールライトという天才が格闘戦を苦手とするわけがないという自信すらあった。
空中で踏み込めない姿勢であっても、今の私には壁を作り出す手段がある。
魔力壁を簡易的に作成し高低差を活かして立体的な格闘戦を仕掛けた。
右足での蹴り、回し蹴り、踵落とし、跳ね上がって逆さまに回転しながらの裏拳────何事もなく処理されるが、その事実がより私を高揚させた。
戦えてる。
かつて心折れる要因となった少女との才能差に臆すことなく、自信を持って私は立ち向かっているのだ。
思わず口が歪む。
勿論これは苦痛に歪んだわけではない。
歓喜に満たされたから。
「────ねぇ!」
組技に移行しようと腕に絡みつくが、僅かに紫電が見えたので
一度距離をとって息つく間もなく再度駆け寄る。魔法を使えば遠中距離のアドバンテージを活かしきれるというのにその手は打ってこない。
「あの頃と比べて、私はどう!?」
表情を見ればわかる。
ステルラ・エールライトはこの戦いを僅かにでも楽しんでいる。
眉間に寄った皺、輝く瞳、笑う口元。
この私が、あの女を楽しませている!
「強い。強いよ、とんでもなく!」
嬉しいことを言ってくれる。
歓喜を噛み締めながら、身体強化のギアを一段階引き上げた。
こんなのは想定していない。自分の中でできる極限でやりくりしてきた筈だ。紛れもなく、今この瞬間までの私は全力だった。
でも、ここからは。
全身全霊、全てを賭ける。
「身体強化・
いずれ使わねばならなかった切り札。
氷に拘る意地も投げ捨てて編み出した、私のオリジナルとすら呼べない魔法。
ただ純粋に自身の肉体の限界を越えて、常識も何もかもかなぐり捨てて────星へと追いつくために。
自身の保有する魔力の全てを放棄する。
これで戦闘時間は限られた。
多く見積もってあと二分。肉体が手遅れになるのは一分三十秒と言ったところ。
気にしなくて良い。
それまでに決着はつくのだから。
────駆け出した。
先程までの速度すら置き去りにする、雷にだって追い縋れる速度。肉体が悲鳴を上げるのに対して歯を食いしばって堪えて、宙を踏み込んで更に加速する。
血が胃の底からこみ上げてきた。
口の端から零れ落ちていく血液を飲み込んで、ステルラに肉薄する。
「──……紫電迅雷」
小さく呟いた言葉の後に、視界から消え失せる。
目で追えなかった。血管が破裂する程度には強化をしている視力ですら追いきれない速度。文字通り紫電と一体化したような、そんな馬鹿げた速さ。
諦めるな。
奮い立たせるように自身へと戒める。
そのまま壁へと着地し、勢いを殺さぬまま駆け出す。
反対側に同じように着地したステルラと一瞬視線を交わし、互いの狙いを完全に理解する。
弧を描くように同じ地点へとたどり着き拳をぶつけ合う。
鈍い痛みだ。同様に身体強化を行ってなお明確になる実力差に歯痒い思いを抱きながら、残りカス同然の魔力を更に練り上げて宙へと抜け出す。
追随する紫の渦。
意表を突くためにまた踏み込んで殴りかかるが、それすらも対応される。
それでこそだ。それでこそ、ステルラ・エールライトだ。
「────それでも、勝ちを願うの!」
宙を高速で駆け抜けながらぶつかり合う。
余波で障壁に歪みが入っているが構うことはない。
計算よりも早く魔力消費を行っているから、もうあと数度のやりとりしか出来ないだろう。
それも織り込み済みだ。長期戦で勝てる戦い方じゃないのだから、短期決戦を望むのが正解に決まっている。
未来への布石を全てここに持ち出す。
ここから先は考えない。ただこの瞬間、この一撃に全てを賭けて!
風を切り、大地の束縛すらも断ち切った蹴り。
それを鮮やかに避けて迫りくる紫の拳──避ける余裕は一切ない。
清々しい気持ちだ。自分自身の限界すらも越えたのに、通じなかった。なんともないように対処された。
走馬灯のように感情が湧き出てくる。
あの頃に比べてとても強くなった。想像もできない程に努力は実を結んだし、一人の人間として成長できた。そうだ。後悔することなんて何一つとしてない。晴れやかに胸を張れる。
……………………だけど。
それなのに。
こうやって眼前に迫る敗北を前にして湧き上がってくるのは、結局…………
「…………悔しいなぁ」
悔しい。
負けたくない。諦めたくない。
胸を締め付ける苦しみだけが、私の心を満たしていた。
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