第三十九話①
拳が頬を打ちぬく。
特有の乾いた音が貫いて響き、更に連続して鈍い音が鳴り続ける。
人体のぶつかる音じゃあない。大きな岩が砕けている様な、もっと硬くて大きな質量を持つ物質が弾けている音だ。
血肉が弾ける。
それでも止まる事のない拳戟が、目にも止まらぬ速度で繰り広げられている。
「執念だな」
本来及ばぬはずの世界。
魔祖十二使徒一番弟子というのは重たい称号だ。
『最も始めに弟子になった者』が名乗れるのではない。
『魔祖十二使徒を継ぐに値する者』のみが名乗る事を許されるのだ。純粋に生物として到達できる領域の差。
それに、喰らいついている。
かつての『超越者へ対抗するための魔法』を用いて、形は違えど真っ正面から立ち向かっている。
『────痛った!! ハハ、あははっ!! 最高だ!!』
顔面に殴打を喰らい骨が砕けても、次の一撃を受けるまでには再生が完了している。
歓喜の渦に身を委ねながら、アルベルトは更に吠えた。
『殴った腕が折れてる! とんでもない肉体だ、凄い!』
少年みたいだな。
どこまでも戦いを楽しんでる。多分、今この世界で最も戦いを楽しんでるのはアイツで間違いない。
俺には想像もできない。痛みや苦しみが興奮に繋がるなんて理解に苦しむ。人によって個人差はあるが、それでも限度というものがあると思うのだ。
『もっと! もっともっともっと激しく! まだ足りない!!』
地面に穴を空けながら、アルベルトは踏み込む。
その僅かな隙間に三連撃を浴びせるマリアさんも大概だが、本気で揺らがずに一貫して攻撃しか考えてない辺りアルベルトは筋金入りだな。正真正銘本物のイカれ。
普段自制している分、曝け出してもいい環境になると暴走するんだろうな。
「うわ…………」
「多分周りから見たらアイリスさんもそんなに変わりませんよ」
あのさぁ。
俺がせっかく胸に秘めてた感情をどうして本人にぶつけるんだ? ルナさん。
「え゛」
「斬って斬られてを望むのも、あそこまで究極の被虐趣味も多分大差な」
「よーしよしよし、戦いに集中しましょうね!」
ルナさんの口を塞いでアイリスさんを庇う。
これ以上アイリスさんの精神をいじめるわけにはいかなかった。愕然とした表情で自己認識をしてしまったまま動かなくなった石像(アイリスさん)は放っておく。時間が解決してくれるだろう。
「もが、もがもがもご」
「ええい喧しい。余計なことを言うな」
諦めて口を噤んだので手を離す。
相変わらず血飛沫が舞い続けてる異常な戦場だが、いつまでこの状態が持つかはわからない。少なくとも互いに魔力を消費し続けているし、アルベルトの魔法が本来の機能を取り替えていないのならば──自ずと時が訪れる。
数本指がかけた拳を握りしめて、突きを放つ。
その一撃を余裕を持って回避しながら蹴りを入れる。無防備に腹に打ち込まれた一撃はあまりにも重たく鋭く、その音は流石の俺でも顔を顰める程度には衝撃的な音だった。
『痛っ……た〜〜! ハァ、たまんないなぁ……!!』
『…………いい加減諦めてはどうですか?』
腹を抑えて蹲るアルベルトに追撃は入れず、拳を握りしめて目の前に仁王立ちするマリアさん。腕は組んでないがな。
『貴方の耐久力は想定以上でした。私が知る限り一番しぶといと言っても過言ではない、この学園ならば誰と競っても負けることはないでしょう。ですが…………私には勝てません』
近接戦闘におけるナンバーワン。
肉弾戦という形を取るならば負けることはないだろう実力差。
『その魔法の特徴は痛みの共有という点にある。私にとって痛みは慣れ親しんだもの、耐える耐えないではなく──隣にあるもの』
この人も大概イカれてる。
痛みを度外視して肉体が耐えられないならば耐えなくていいし回復すればいいとかいう歪んだ認識のまま極めてしまった人物だ。普通の感性をしている方が稀だろう。
ていうか魔祖十二使徒になれると認められるような人物は、大抵どこかネジが外れてる。
ステルラ? あいつは才能の螺子が存在してないだけだから。
『貴方に勝ち目はありません』
『……そう、だね。普通に考えれば、そうさ』
アルベルトがゆっくりと立ち上がる。
身長差はほぼないため互いの視線が真正面からぶつかり合う。
『知ってるかい? 世の中にはフラグって言葉が存在してる』
『創作で用いられる言葉でしたか』
『これは意外だ。娯楽にも手を出すんだね』
顔と顔が触れ合いそうな距離まで接近するが、互いに手を出すことはない。
決して視線を逸らさないまま、本当に顔が間近な状態で話を続ける。
『文化には一通り興味を持っています。新たな文化が生まれる瞬間を見届けるのも中々楽しい、そんな風に師が仰っていました』
『フゥン、豊かだねぇ。それなら解説する必要もないな』
アルベルトがマリアさんの顔を触ろうとして、手を軽く払い除けられる。
『僕の魔法は痛みやダメージを共有するもの。それはきっと認識しているだろうけど────一つだけ隠していたことがある』
アルベルトの目から血が流れ始める。
それだけに留まらず、口や鼻からも流血が始まり、腕や足もおかしな方向へと捻れ始める。
『
『……………………まさ、か』
『そのまさかさ! そしてこの損傷を、僕は固定できる!』
最悪な魔法だ。
かつての大戦時代よりも凶悪になってるんだが、よくもまあこれを許可したな。アルベルト以外は誰一人として扱うことのできない究極的な自滅魔法。
顔に少しだけ恐怖の浮かんだマリアさんにも同様の異変が現れ始める。
『我慢比べさ、マリア・ホール。治療できない怪我は久しくしてないだろう?』
瞬間、折れて骨が突き出ている拳を全く気にも留めずに掌底を繰り出す。
動揺を隠せないままに回避の形を取るが、回復魔法を行使しても次の瞬間には再度怪我を再現されるためにマリアさんは先ほどまでの力を出せていない。
互いに全力は出せてない。
だが、それゆえに実力差が急激に縮まった。
痛みの中でこそ輝ける男と、痛みを無視してきた女性。
『っ…………悪趣味な』
『策略だよ、策略。もちろん正面から殴り合ってもいいんだけどね──どうしても、勝ちたいのさ』
僅かに視線をずらしたのを見逃さなかった。
その先にいるのは肉親でもあるテオドール。
気が付いてるだろう、口元を歪めて不敵な笑みを保ったまま腕組みをしている。まさに皇子ってかんじの仕草がデフォルトで出来てるあたり英才教育には成功してるんだな。なんでアルベルトだけこんな感じになったんだろ。
『肉体的限界が訪れるのは、経験上三分くらい。その間に僕を倒せるか、それとも僕が凌ぎ切るか……さあ、やろうじゃないか!』
魔力が渦巻く。
この土壇場に来て更にギアを上げるのが末恐ろしい。
歯を食いしばる音が響く。
アルベルトからではなくマリアさんの音だ。
拳を握りしめて、同じように肉体が損傷しているまま魔力を練り上げる。
『…………認めます。貴方は正真正銘気狂いだ』
『勿論自負しているさ。理性で上書きしてるだけでね』
一拍置いたのち、再度拳戟が始まる。
さっきまでの圧倒的な打ち合いではなく泥臭い図太い殴り合い。
速度も威力も先ほどとは桁違いに低いが、それでも迫力が衰えることはない。少なくとも俺は混ざりたくない。
何もかもを投げ捨てて、全身全霊を尽くした殴り合いだ。
一分経った。
徐々に動きが鈍くなるマリアさんと比例して、アルベルトはキレを増していく。
マリアさんの表情に恐怖が混ざっていく。
明確なまでの死。肉体の停止という名の永遠の死が待っているのだ、恐怖を抱かない方がおかしい。
俺のように何度も死の寸前まで達してしまった人間とは違う。彼女は死を遠ざけ続けた故に、アルベルトの魔法に対して弱点がある。
『うん…………そう、そうだ。これだよ、この感覚!』
息切れを起こしながらアルベルトは楽しげに叫ぶ。
『この薄くなり始める意識! 徐々に徐々に眠たくなるような、独特な堕ちる感覚! これが気持ちいいんだよ、どうしようもないくらい!!』
既にマリアさんは拳を振るえない。
振るってしまえば自身の命を断つ可能性すらあるのだ。そのリスクを背負えるのか、背負えないのか。ただそれだけの差が勝敗を分けた。
『…………私、は……』
その言葉を最後に膝から崩れ落ちるマリアさん。
地面に倒れ込む寸前にアルベルトが受け止めて、静かに横たわらせる。
胸が上下しているから死んではいないだろう、かなり小さい鼓動だ。
『……なんてね』
『僕の魔法が許されてる理由は、片方が死なない限り絶対に死なないから許されてるのさ』
だから、死ぬことはあり得ない……か。
そうわかっていてもあの感覚は嫌だろ。俺は二度と味わいたくないがな。
『────勝者、アルベルト・A・グラン!』
歓声はない。
ただ、異常なまでの静けさが会場を支配する──のが気に食わないので拍手をする。
どれだけ凄惨な戦いで、歪んだ試合で、異様な光景だったとしても、そこには信念があった。誰かの人生を賭けた信念がぶつかり合ってるんだ。
それを汲み取れる程度のことはするさ。
まばらだが少しずつ伝播していく拍手がこの試合の恐ろしさをあらわにしている。
渦中の人間は俺の方を見て、少し楽しそうに笑うだけだった。
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