第三十四話③
「…………あー。なんで英雄って呼ばれるのかわかっちゃった」
「ふっ、ほら見ろ。俺の心があまりにも清いからアイリスさんも悟っている」
「僕は見てる分には面白いんだけど、そろそろ不憫に思えてきたな」
「そう言ってやるな、アルベルト君。昔からこうなんだ」
そんなくだらない話を続けている内に、いつの間にか二人とも会場入りしていたらしい。
「どっちが勝つと思う?」
「七対三でソフィアさんの勝ち」
「私も同じく」
学園のことをよく知ってる(アイリスさんは上の学年)二人が言うのなら間違いはないのだろう。
このわずかな休暇の間に新技をいくつも持ってきているなら別だが……
「ただ、純粋な魔法技量だけで問うなら僕はいい勝負だと思う」
これ以上はこの目で確かめた方が良さそうだ。
向かい合った二人へと視線を向けるが、ソフィアさんはともかくプロメサという人は随分覇気に欠けているように見える。乱雑に伸ばされた足元まで届く黒髪、その隙間から覗き見える目には隈がびっしりとこびりついている。
「研究職ってのは本当らしいな」
「事実、功績は凄まじいものがある。彼女らの魔法に対する才覚はどこをどう切り取っても一流だ」
十二使徒でも手放しで褒められる程度には凄いんだな。
なんでその二人の内どっちかと俺が戦わなきゃいけないんだよ。一番相性悪いだろ、普通に考えてさ。
『また部屋に閉じこもっていたのか?』
『ああ、うん。どうにも上手く行かなくてね…………理論上は問題なかった筈なんだけど、想定していた効果とは外れた魔法になってしまった』
ちょっと待て。
オイ。なんで二人の声が聞こえてきてるんだ。
「君達の声も筒抜けだったよ」
ビシリ、とアイリスさんが固まった。
そりゃあそうなる。俺はともかく、アイリスさんは散々色んなことを言っていた。
顔を両手で覆ったまま俯いてしまった。南無。
『やはり五つ以上複合するのは難しい。私は三つが一番綺麗だと思うが』
『確かに、魔法としての完成度が一番高いのは三属性複合魔法だろう。雷・風・水で放つ
雷雲……ああ、ヴォルフガングが放ってきたアレか。
今なら完璧な調整できるんだろうな。絶対再戦しないからな、フリじゃないぞ。
『だが、最も破壊力を生み出すのは
ソフィアさんの周囲へと、七つの魔力球が浮かび上がる。
無色透明、されど高い魔力が保有されている為に空間に歪が発生している。
『火・雷・水・氷・風・光・闇…………主要な七つを混ぜ合わせる事で完成する、この魔法こそが最も美しい』
『君に意見を聞いた私が愚かだったよ。結局そこに着地してしまうからね』
『ふっ、この会話も既に何度目かな?』
『数えるのも億劫になる程度には繰り返したさ』
七つの魔力球がそれぞれ渦巻き、前述した属性が一つずつ灯っていく。
膨大な魔力だ。
俺でも認識できる程には高まった魔力が丁寧に属性へと変換されていく。
特異性のない汎用的な魔法だが、それ故に精度の高さを見せつけられた。魔法を一つずつ変換するならともかく、同時に七つも変性させるのは控えめに言って頭がおかしい。
「師匠できますか?」
「無理だ。あれは彼女と、まあ……多分魔祖様は出来るだろうね。やらないけど」
「バケモンかよ……」
そんな俺の驚愕をよそに、向かい合った二人は高まる緊張感の中でも変わらず会話を続ける。
『
気だるげに拍手を送るプロメサ・グロリオーネ。
しかし先程までの妙に覇気の無い目付きはいつの間にか変化を遂げ、なんらかの感情を剝き出しにしている。
長くなり過ぎた髪の毛の所為で右目しか見えないのだが不利では無いのだろうか。
『だが、それよりももっと大切な事があるのさ』
これ、もしかして二人は戦いというより自分の魔法自慢比べしてないか?
雰囲気が完全にそうなんだが……殺伐では無くなんかこう、お前に勝つ! とかですらなく、私の魔法は凄いんだぞ? って発表会に近い。
「周りは因縁めいたものを感じていても、二人からすればどうでもいいんだろうねぇ」
「そっちの方が健全だな」
拍手を止め、両手を胸の前で仰ぐように広げる。
掌の上に少しずつ魔力が渦巻き、徐々にその形が作られていく。右手には光り輝く閃光、左手には万物を飲み込むような黒。
『浪漫だよ、浪漫。人は何時だって浪漫を見出して進化を遂げてきているのだから、我々若い世代が信じなくてどうする?』
『だからと言って、先達の積み上げた物を無視するのはいただけないな』
『一から積み上げるからこそ意味があるんだろ? まったく』
難解な言い回しを好む二人だな……
そして耳が痛い話をしてくれる。
誰かが残したものを受け継ぐか、一から何かを生み出すか。
俺は前者であり、後者をより素晴らしいと考えている。英雄として至ったかつての彼の方が俺より優れているのは当然だから。
『────
呟いた刹那、眩い光と対称的な暗黒が両手より放たれた。
ぶつかり合い相反する全く別物である筈の魔法が混ざり合い、やがて一つの小さな魔力球へと姿を変えた。
『薙げ』
魔力球を右手で覆い、その腕を振るう。
ワンテンポ遅れ、直後に莫大な衝撃と共に閃光が放たれた────が、それに対抗して真正面からぶつかり合う魔力。
『────
その衝撃が会場全体を揺らす。
魔力の障壁を突破し、風が観客席を駆け巡った。
相応の防御力はある筈の魔力障壁をいとも容易く貫くその火力、少しでも逸れたらヤバいなこれ。正面から受け止められる気がしない。
まあ、俺は素の肉体で普段から動き回ってるから風に特に動揺しないが。
中央でぶつかり合うそれぞれを冠する魔法は揺らがない。
籠めた魔力量、魔法の完成度、そして威力。
「……凄まじいな」
「魔法の撃ち合いこそこの学園に於いては王道。寧ろ僕達がおかしいんだよ」
こんなもん食らったら消し飛ぶぞ。
つくづく正面からぶつからなくて良かったと安堵するが、この後どっちかと戦わなくちゃいけない。やめて欲しい。
『…………ふむ。まあこんなものか』
そう呟き、徐々に魔法の勢いが削れていく。
『実戦での運用検証は、やはり私では心許ないな……』
魔法同士のぶつかる爆音でソフィアさんには届いていないだろう。
言葉とは裏腹に楽しげな表情をしている。アレは俺にでもわかる。良からぬことを考えている時の顔だ。
『
不穏なことを言いながら、月光はそのまま姿を消していく。
…………順位戦に関して興味がないのだろう。
『審判、あー、それに準ずる者。降参するよ』
『……あのなぁ。少しくらい真面目に戦いな、出れなかった奴もいるんだぞ?』
『それは実力不足が原因であり、私のような端役に勝てない者達が悪い。こうなることはわかっていただろうに』
既に興味を失ったのか、足早に会場の外へと向かいだす。
癖が凄いな……
ソフィアさんも特に止めようとはしていない。
薄々予想してはいたんだろうな、この感じだと。
『……えー、煮え切らない勝負ではありますが……ソフィア・クラークの勝ちです』
「……いつもこんな感じなのか?」
「自分でやりたいことやっちゃうタイプの人だから、試したらそこで終わっちゃうんだよね」
「それだけで勝ち進んできてしまったとも言う」
……………………やっぱ才能ってクソだな。
それだけで出場できなかった上昇志向の高い人たちが不憫でならない。
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