第十四話②

「…………とても」


 口の端から零れる血液を気にすることもなく、白い吐息と共に言葉を漏らした。


「とても、楽しかったわ」

「それは良かった。出来る事なら、次は無い事を願う」

「一回戦ったらもう用済みなの? 酷い男ね」

「言ってるだろ、俺は甲斐性無しなんだ」


 徐々にまされていく熱を自覚しながら、最後の言葉を交わした。

 二刀流に展開した光芒一閃を元の形へと戻し、俺の本来の強みを活かす一刀へと変形させる。

 終わったらまた師匠に相談しなければいけない内容が増えた。やはりこれだけでは足りない、もっと外部から出力できる何かを付けなければ。


 これが最後の呼吸になる。


 一息吸い込んで、目を閉じた。

 思い描くのはかつての軌跡。ただ一撃あればいいと、自分よりも速く鋭い敵を捕らえる為の斬撃。自分から踏み込むのではなく待ち受ける事で絶対的なアドバンテージを取る最強の後出し。


 抜刀術。


 知覚する事の不可能な攻撃に対し、死の感覚を絶対的に信用する事で可能にした極地の技。

 幾度となく死の狭間を彷徨う事で磨かれた第六感を持つ人間にしか使用する事の出来ない大博打だ。


「…………来い」


 届くかもわからないような声量で静かに告げた。


 俺はお前を否定しない。

 言葉で告げる事なんてしなくても十二分に伝わっただろう。

 ルーチェ・エンハンブレの事を俺は信じている。何故ならば、『イイヤツ』だからだ。


「────来いッ!!」


 だからこそ、全身全霊を懸ける。


 俺はお前の友達だ。

 友人の駄々くらい幾らでも聞いてやる。

 互いに励まし合って傷口を舐め合って頑張っていこうじゃないか。


 目を見開いた。


 右拳にのみ氷の鎧を一点集中。

 狙いがバレバレだがそれはお互いに一緒だ。


 視線が交わった。


 刹那の交差の後に、ルーチェの姿がブレる。

 これだけに懸けて来た訳じゃない。俺は抜刀術をある程度取り扱ってきたが、真の達人と言えるかと言われればそうではない。ルーチェのように格闘全振りで鍛えて来た相手に付け焼刃で戦うのは愚策の極みだ。


 だが、俺は第六感を信じている。


 死の八年間は嘘を吐かない。

 どこまで行っても俺を支え続ける苦い思い出だ。


「────────」


 極限まで引き伸ばされた意識の中で、僅かな綻びを捉えた。

 幾度となく実感した死の狭間。この感覚だけは俺の味方であり続けるのだ。

 なぜなら────遺憾ながら、努力は嘘を吐かないから! 


 光芒一閃を振り抜く。


 劔に宿った紋章が光り輝き英雄の再来を誇示している。

 ぶつかり合った氷の鎧と僅かに拮抗し、跡形もなく破砕する。

 砕け散った氷の粒が俺とルーチェの合間で煌めいている。その華麗さに目を奪われながらも手を止める事はない。


 上段から振り下ろす袈裟斬りが氷の鎖を断ち切って、この世界の終わりを示していた。


「…………俺の勝ちだな」

「…………ええ。私の負け」


 丁度良くタイムリミット、光芒一閃の維持可能時間も終わった。

 白銀煌めく世界は終焉を迎える事となる。


 制服を断ち切る様に斬ってしまったので、その、前が全開になりそうで怖いから上着を渡す。

 俺の上着も冷え切っているので寒いだろうが見えるよりマシだろう。無論肩から勝手に掛ける事はしない。あくまで手渡しだ。


「羽織っておけ。じゃないとお前の上半身を全部見る事になる」

「……本当に、負けたわ」


 血液が流れ落ちる中で背中からゆっくり倒れ込んだ。

 医療班早く来て欲しいんだが、何してるんだろうか。空気をぶち壊すとか気にしなくていいよ。それより俺もコイツも割と死にかけだから。


「寝るなよ。起きれなくなるぞ」

「大丈夫よ。ロアが起こしてくれるでしょ」

「お前な……俺も疲れてる。具体的には暖かい寝床で温かいスープを飲んだ後に熟睡したいくらいには」


 寒すぎて感覚がわからなくなってきた。

 戦闘時特有の高揚感が無くなり、残ったのは極限の疲労感。正直立ってるのも辛いんだよ。早く助けに来てくれ、お願いします。


「少しは溶けたか」

「──……そうね」


 天井で阻まれて見る事の出来ない天を見上げながら、ルーチェは呟いた。


「少しばかりは、溶けたわ」

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