第44話 指切り

 

「お前、なんでこんな所に?」

 

白銀しろがねさんこそ、逃げた筈では?」

 

「うん、まあ。そうなんだけどさ……。あれ? それ……」

 

 白銀は、蘇芳すおうが持っている荷物へ視線をやる。

 

桔梗ききょうのやつか? わざわざ持ってきてくれたんだな」

 

「ええ、橋が壊れていたのでだいぶ遠回りしましたが、ここで会えて良かった」

 

 白銀は桔梗の弓と荷物を受け取りながら、ふと気がつく。

 彼は桔梗の弟だが、父親は自分と同じだ。……という事は。

 

「父に聞きました。白銀さんが僕の兄だって」

 

「ああ、それ知って改めて会うと、なぁんか変な感じだよな」

 

 ふたり照れ臭そうに笑い合った後、白銀は急に真面目な顔になる。

 

「なあ、お前。あの場所に居て幸せか? 鬼って、俺達みたいな白鬼びゃっきが嫌いなんだろ?」

 

 言われた蘇芳は少し驚いた顔で白銀を見た。そして、ふっと笑う。

 その表情が桔梗に似ていて、思わずどきりとしてしまった。

 

「姉さんにも同じ事を言われました」

 

「お前さえ良ければ、一緒に行かないか? 桔梗も喜ぶと思う」

 

「……申し出は有りがたいんですが。……ずっと牢に閉じ込められていた僕を外に出してくれたのが父なんです。僕は、これからも父の傍に居たい。それに……僕が傍に居ないとすぐ暴走しちゃうから、あの人」

 

「……そっか」

 

 白銀は、残念そうに頭をいた。

 自分と同じ白鬼の蘇芳。年も近く、穏やかな性格の彼は何となく馬が合うような気がしたのだが。

 

「じゃあ、僕は戻ります。……白銀さん」

 

「ん?」

 

「姉の事、宜しくお願いします」

 

 深々と頭を下げる蘇芳に、白銀は面食らったように目をぱちぱちとさせた。

 その後何故か顔が熱くなり、それを誤魔化すため片手で口元を覆う。

 深い意味で言ったのか、それともただの社交辞令か。それでも、白銀はその言葉の意味を意識してしまった。

 

「……おう、任せろ」

 

 そんな白銀の様子に、蘇芳は何か感じ取ったのだろう。

 ふふっと笑うと、「じゃあ、お元気で」と言って立ち去った。

 

 蘇芳を見送った後、白銀は一度崖の方を見るが、小さなため息をついて村へと戻った。

 

 

 

「私の荷物っ!!どうやって持ってきたんだ?」

 

 白銀が桔梗の荷物を持って帰ると、庭で老婆の手伝いをしていた彼女は驚いて大きな声をあげた。

 

「お前、まさかこれの為に危険な真似をっ……!!」

 

「待て桔梗、落ち着け」

 

 今にも噛みつきそうな勢いの桔梗に、白銀は慌ててそれを制する。

 そして、事の経緯を説明した。

 

「そうか、蘇芳が……」

 

 白銀の説明を聞いて、彼女は脱力したようにその場に座り込む。

 

「──おいっ!?」

 

「あ……すまない。お前がまた、危険な目に遭ったんじゃないかと……」

 

 桔梗は両手で顔を覆う。

 その手はかすかに震えていた。

 

「お前までうしなってしまったら……私は……」

 

「桔梗」

 

 白銀は膝をつき、そっと彼女の顔を覆う両手を取る。涙こそ流してはいないが、その顔色は蒼白だった。

 

「俺はお前を残して死んだりしない」

 

 白銀は、自分の薬指を桔梗の指に絡める。

 

「……何してるんだ?」

 

「指切りっていうんだろ? これ」

 

 自分でも何か違うと思ったのか、絡めた指を見つめながら白銀は首を傾げた。

 そんな白銀に、桔梗はわずかに口元を緩める。

 指切りそのものは知ってはいたが、実際に人と交わした事が無い。霊薬師として育てられた桔梗は、幼い頃から友達と呼べる存在も居なかった。

 

 自嘲じちょう気味に笑うと、桔梗は自分の小指を彼の小指に絡めた。

 

「指切りはこうするんだ」

 

「あぁ、そっか」

 

「……誰に教わったんだ? 指切り」

 

「…………」

 

「……ああ、玄か」

 

 ハッと白銀は桔梗を見た。彼女は口元に変わらず笑みを浮かべている。

 

「あ、……ああ。指切りで約束したら破っちゃいけないんだろ? 滅多な事では使うなって言われたよ」

 

「まあ、そうだな。破ったら針を千本飲むことになるからな」

 

「……えっ!?千本っ?」

 

 白銀は眼を見開き、上擦った声を上げる。

 

「なんだ、それは知らなかったのか?」

 

「聞いてない……千本って、痛そうだな」 

 

 白銀は千本の針を口に含む想像をし、顔をしかめた。

 

「ふふ、なら止めておくか?」

 

 桔梗が指をほどこうとすると、白銀は小指に力を入れそれを阻止した。

 

「要は、破らなきゃいいだけだろ? ……俺はお前を独りにしない」

 

「白銀……」

 

「約束する」

 

 真っ直ぐに自分の事を見つめてくる金色の瞳を見ていると、桔梗は吸い込まれそうな錯覚に陥る。出会って以来、この眼をずっと見てきた。変わらず、そこには嘘も打算の色も無い。

 

「若いモンはええのう」

 

 ふぇっふぇっと笑う老婆の声に、ふたりはハッと我に返る。そう言えばここは庭先だったと冷や汗をかいた。

 顔を真っ赤にしながらパッと手を離し、白銀がサッと立ち上がると。

 

「婆ちゃん、水瓶の水無くなりそうって言ってたよな。俺、井戸で汲んでくるよ」

 

 誤魔化すように言い、彼はそそくさと井戸の方へと歩いていった。

 

「キヨさん。どこか身体が具合の悪いところはあるだろうか?」

 

「ん? どうしたんじゃ、いきなり」

 

「実は、私は旅の薬師でな。荷物も戻ったことだし世話なった礼に薬を処方したい。どんな症状でもいいんだ。何か無いか?」

 

 桔梗の言葉に、老婆はほうほうと感心したように頷く。

 

「そりゃあ、わしもこの歳じゃて悪くない箇所探す方が難しいのう」

 

 目を細めて言うと、老婆は片手で腰を擦って見せた。

 

 

 

 ※

 

 

 

「ふう。こんなものか……」

 

 ひとり呟いて立ち上がり、額からたれる汗を片手で拭う。

 桔梗は近くの山に薬草を探しに来ていた。

 太陽を見ると、だいぶ山肌に近づいている。そろそろ空も朱に染まり始める頃だろう。

 

 薬草の入った篭を持ち上げるため、持ち手に手をかけようとした時だった。

 

 いきなり前触れも無く後ろから腕が伸びてきた。その腕は、桔梗の腰にまわされ後方へと身体ごと引っ張る。

 

「会いたかったぞ」

 

 耳元で低い声が囁く。その声には聞き覚えがあった。

 桔梗は身体を捻りその相手を確認する。

 

「──お前っ!!」

 

「我ながら、未練がましいとは思ったんだが。もう一度お前に触れたくてな……。ふふ、そんな顔をするな。お前を傷つけに来た訳じゃない」

 

 顔面蒼白の桔梗をぐっと自分の身体に引き寄せ、鷹呀おうがはあの不敵な笑みを浮かべた。 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る