第39話 異能

 

 これを“青天の霹靂へきれき”というのだろう。

 

 広場がしんと静まり返る。

 白銀しろがねはあまりの話の突拍子の無さに、言葉が出ないようだ。 

 

 

「……お前が、白銀の……父親?」

 

「…………」

 

 桔梗ききょうは白銀と鷹呀おうがを交互に見る。

 

 ────この二人が親子だって?

 

「お前が産まれてすぐ、お前の母親は死んだらしい。親戚だと名乗る者がお前を引き取ったと聞いたが……どうやら金銭目当ての者達だったようだな。その長生きだった猫も、暫くはいたようだがいつの間にか姿が見えなくなったということだ」

 

「……じゃあ」

 

 それまで黙っていた白銀が、何かに気が付いたように口を開いた。

 

「動物と話せる俺は、自分の寿命を桔梗に分けられる能力も持っているって事か?」

 

「そういう事だ」

 

「教えてくれ、やり方をっ!!」

 

 迷いの無い白銀に反して、戸惑っているのは桔梗だった。

 

「待ってくれ、それではお前の寿命が減ってしまうって事じゃないか」

 

「構わない」

 

「構わなくないっ!!」

 

「俺はお前に生きて欲しいんだっ!!」

 

「私だって生きたいっ!!だが、お前を犠牲にするのであれば話は別だっ!!」

 

 

「ちょっと待てお前ら」

 

 二人の言い合いが徐々に激しくなってきたので、鷹呀はそれを制止した。

 

「白鬼の寿命は鬼族程ではないが、だいたい百五十年ほどとまあまあ長い。半分寿命をやったとして、お互い七十過ぎまでは生きられる。充分じゃないか?」

 

 鷹呀は懐から何かを取りだし、白銀へと放る。それを受け取った白銀は手にあるものをまじまじと見た。それは、首にかける装飾品のようだった。大きめの美しい蒼い石が付いている。

 

「っ!?」

 

 その石に触れてみると、温かい何かが身体の中に流れてくる感じがした。

 

「お前の母親の形見だ。それを首にかけ、桔梗を見てみろ」

 

 白銀が鷹呀の言うとおりにしようとした時。桔梗の目が悲しそうに自分を見ているのに気が付き、その手を止めた。

 

「……すまない、私のために」

 

 辛そうに目を伏せる桔梗の頬に手を添え、白銀はその顔を自分に向ける。

 

「お前の為じゃない、俺の為にやるんだ」

 

 言うと白銀は首飾りを掛けた。 

 桔梗を見ると、不安そうな顔でこちらを見ている。

 

「?」

 

 ────なんだ? 桔梗の頭の上に……。

 

「……数字?」

 

「ほう、見えたか? 実は俺も半信半疑だったんだが……。それが今の桔梗の寿命だ」

 

 

 三。

 

 それが彼女の寿命の数字。

 

 ────何もしなけりゃ、あと三年ってことか?

 

「その顔だと、寿命はそんなに長くないらしいな」

 

 鷹呀が見透かすように言うと、組んでいた脚を解き前屈みになる。

 

「桔梗の額に手を当てろ。自分の身体を巡る力を桔梗の身体へ移すように想像するんだ。身体に流れる血液を連想させればいいかもしれん。その数字が……そうだな、三十になるまでそそいでみろ」

 

 言われた通りに手を当て、想像してみる。

 すると、不思議なことに桔梗の頭上の数字が動き出した。

 

 

 奇妙な時間は暫く続いた。

 不意に白銀の手が桔梗から離れる。

 

「終わった……のか?」

 

 桔梗が白銀を見ると、安堵の笑みを浮かべながら彼は頷いた。

 桔梗の数字は三十に変わり、先程まで薄かったそれは今はくっきりとした輪郭で浮かび上がっていた。 

 

「ああ……良かった。本当に良かった……」

 

「わっ、おいっ!!」

 

 嬉しさのあまり、白銀は桔梗を抱き締めた。

 耳元で困惑する彼女の声すら、いとおしく感じる。

 今まで桔梗のために何もできなかった自分が、今初めて彼女の役に立てた事を酷く誇らしく思えた。

 

「済んだようだな」

 

 さて、と。鷹呀は再び脚を組む。

 

「お前はもう用済みだ。桔梗を置いて、そこの御影の小僧を連れて去れ」

 

「何?」

 

「約束が違うぞっ!!」

 

 抗議を口にするふたりに、鷹呀はニィッと犬歯を見せて笑う。

 

「気が変わった」

 

 鷹呀が右手を上げると、広間にずらずらと鬼達が入ってくる。あっという間に囲まれてしまった。

 

「最初からこのつもりだったんだね」

 

 くろが鷹呀から目を離さないまま日本刀に手をかける。

 

「見なよ奴の顔。楽しんでる」

 

 椅子から立ち上がる鷹呀は、愉快そうに肩で笑っていた。

 

 ────僕らから武器を取り上げなかったのは、この状況を愉しむ為か。

 

 ここを闘技場か何かにでもするつもりなのだろうか。

 

 

「白銀」

 

 普段と違い、緊張感のある玄の声。

 彼が初めてちゃんと自分の名を呼んだので、白銀は驚いて玄を見る。

 

「ここは僕が引き受ける。隙をついて桔梗ちゃんを連れて逃げるんだ」

 

「玄っ!?」

 

「わかった」

 

 返事をすると、白銀は桔梗をひょいと抱き上げた。

 

 桔梗は玄を見る、その横顔はやはり血の気が引いたように真っ白だ。

 嫌な予感が胸をよぎる。

 

「白銀っ!!駄目だ、玄も一緒に……」

 

「足手まといになりたいのか? 桔梗」

 

「…………」

 

「大丈夫だよ、ちゃんと後から追うから」

 

 言うと、玄は日本刀を抜きながら走り出す。扉付近に居る鬼めがけ、刀身を横に凪ぎ払うと、数体の鬼の身体から血が吹き出した。

 周りの鬼がそれにひるんだ隙に、玄は扉に向かって刀を振り下ろした。

 衝撃派と共に、扉が木っ端微塵こっぱみじんに吹っ飛ぶ。

 

 唖然としていた鬼達が我に返り、白銀達に襲いかかった。

 両手の塞がった白銀は、それを避けるしかない。次々と襲いかかる刃を、桔梗を抱えながら必死に避けていると、そこへ玄が高速で走り寄り鬼達の横を一気に駆け巡った。

 直後、その鬼達も血を吹いて倒れていく。

 

 鬼気迫る玄の攻撃に、白銀が唖然と見ていると背後からひとりの鬼が襲いかかってくる。

 

 同時に玄が跳躍し、その鬼の脳天から日本刀を突き刺した。

 

 ズルっと刀身を引き抜きながら、玄は白銀を見る。その眼はいつもより一層紅く見えた。

 

「桔梗ちゃんを頼んだよ、白銀」

 

 玄は、ふたりを背に庇うように、まだまだいる鬼達を睨む。

 彼は刀身に付着した血をひと振りで飛ばすと「走れっ!!」と叫んだ。それに反応するように白銀の脚は地を蹴る。同時に玄も鬼の中へと飛び込んでいった。

 

 

 

 ※

 

 

 

 ────流石に、この人数相手じゃきついね。

 

 肩で息をしながら、まだまばらに残る鬼を見渡す。

 

 

「やれやれ、人間相手に不甲斐ない」

 

 鷹呀が鞘から通常の刀より長い刀身を抜き、ゆったりと近づいて来た。

 

「俺が一瞬で終わらせてやる。お前達はあの二人を追え。人をひとり抱えてるんだ、今からでも追い付けるだろう」

 

 刀の切っ先を玄に向け、鷹呀は口の端をつり上げながら片手で汗を拭う玄を見据える。

 

ふもとの村まで逃げ切れたら、諦めてやろう」

 

「あんたの言う事、全然信用できないよ」

 

 玄は、日本刀を構え直すと目の前の鬼の王と対峙たいじした。

 

 

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