第27話 代償

 

 その夜の事だった。

 

 桔梗ききょうは庄屋のはからいで、白銀しろがねたちの部屋から離れた広い部屋で寝ていた。

 

「……?」

 

 違和感を感じて目が覚めた。まだ覚醒しきれていない頭でうっすら目を開けようとした時だった。

 

「っ!?」

 

 口元を布のような物で覆われ、桔梗は驚いて目を開けた。目の前には庄屋の息子の啓一郎けいいちろうの顔。

 自分に覆い被さっているんだということを、瞬時に把握した。

 慌てて声をあげようとしたが、その前に口にあてがわれた布をぐるりと後頭部で縛られたため、それも叶わない。

 起き上がろうとすると、強い力で押さえつけられ、あっという間に両手を頭上で固定された。

 

 何をしているんだと、桔梗が目で訴える。

 かすかな蝋燭ろうそくの灯りに照らされた啓一郎の顔は、口元を歪ませひどく醜く見えた。その目だけがぎらぎらと血走っている。

 

「へ、へへ。親父もバカだなあ。霊薬師ってだけで怖じ気づいて……。俺がお前と一緒になれば、俺は一生働かなくても暮らしていけるのに」

 

 啓一郎は桔梗の襟元えりもとに手をかけると、着物をはだけた。

 

「────っ!!」

 

 桔梗は目をぎゅっと瞑り、顔をそらす。

 あらわになった膨らみを、片手で乱暴に揉みながら啓一郎は桔梗の首筋に顔をうずめた。

 

「んぅ……!!」

 

 ぬるりと生暖かい感触が首筋をい、桔梗の肌が泡立つ。

 

「喜べ。俺の子を孕ませてやる」

 

 耳元でそう囁くと、啓一郎の手は胸から離れ身体の下へと移動した。

 浴衣のすそをまくり上げると太股ふとももをまさぐる。

 身体をよじって反抗するが、さすがに男の力には敵わなかった。

 

 悔しさに、涙がにじむ。

 

 ────こんな奴に……!!

 

 太股を触っていた手が徐々に上へと移動すると、桔梗は諦めたように身体の力を抜いた。

 虚ろな目は、ぼんやりと部屋の隅にある蝋燭の明かりを映していた。

 

 ────……白銀しろがね

 

 

 

 

「桔梗っ!!」

 

 突然名を呼ばれ、ハッと顔を上げる。

 バンッと勢いよくふすまが開き、白銀が部屋に飛び込んできた。

 

 桔梗に馬乗りになる啓一郎。

 口を布で塞がれ、白銀を見る桔梗の目から一筋の涙が溢れ落ちる。

 その光景を目の当たりにした白銀の顔が、みるみる険しくなっていった。

 

 あっという間だった。

 白銀が啓一郎のえりを掴むと、桔梗から引き剥がした勢いで部屋の外へ放り投げる。啓一郎の身体は宙を舞い襖を突き破り、隣の開き部屋の壁際まで勢いよく転がっていった。

 

 白銀は、肌掛けを素早く掴むと、ほぼ裸に近くなっている桔梗の身体を包み隠した。

 

「チュイが知らせてくれたんだ。……大丈夫か?」

 

「…………」

 

 桔梗は塞いでいた口元の布を下にずらすと、呼吸を整える。

 白銀が、桔梗の肩に触れると怯えたようにビクリと身を引いたので思わず手を引っ込めた。桔梗は両手で肌掛けを手繰り寄せる。その手は小さく震えていた。

 

「……俺だ。桔梗」

 

 静かな声で言う白銀は、少し傷ついたような顔をしていた。

 

「あ……違うんだ白銀。……すまない」

 

 肌掛けを掴む手にぎゅっと力を入れ、桔梗はうつむいた。

 

「すまない……」

 

 そんな桔梗を見ていた白銀のこめかみに、みるみる血管が浮き出でくる。

 沸き上がる怒りを抑えられない。

 白銀は無言で立ち上がった。

 

 

 

「うぅ……」

 

 投げ飛ばされた啓一郎は、転がったまま痛みで唸っていると、目の前にすっと人の足が見えた。

 見上げれば、日本刀をたずさえた黒髪の男が深紅の瞳でこちらを見下ろしている。

 ゾッとする程冷ややかな視線。まるで汚い物でも見ているようだ。

 

「お前、自分が何やらかしたか分かってんの?」

 

 くろはスラリと刀身を抜き、切っ先を啓一郎の鼻先へ向けた。

 

「その汚ねぇ両腕、切り落としてやるよ」

 

「ひぃぃぃぃっ!!」

 

 腰が抜け、足腰立たなくなった身体を引きずるように四つん這いで逃げ出す啓一郎。

 その身体がいきなり宙に浮く。

 白銀が片手で啓一郎の首を掴み、持ち上げていた。

 

「うぐぅ……」

 

 急に首を絞められ、酸素を求めて啓一郎はもがく。

 

「邪魔しなでよ白君。今から少しずつ料理しようとしてたんだから」

 

「うるせえ」

 

 不服を訴える玄に、白銀は唸るように言う。

 

「こいつだけは俺の手で始末しねえと気がすまねえっ!!」

 

 血走った目を啓一郎に向け、白銀は更に首を絞める手に力を込めた。筋肉質の腕に血管が浮きあがる。

 啓一郎の顔から徐々に血の気が引いていく。ばたばたとせわしなく動いていた足も、今では力無くだらりと垂れ下がっていた。

 

「駄目だっ、玄っ!!白銀を止めてくれっ!!」

 

 桔梗の叫びと同時に、玄の手が首を絞めている手首を掴む。

 ぎりぎりと力を込めると、その手からずるりと啓一郎が抜け落ちた。

 

「お前こそ邪魔すんじゃねえ玄っ!!」

 

「桔梗ちゃんが泣いてる」

 

 玄の言葉にハッと振り返る。そこには、肌掛けにくるまれながらぽろぽろと涙を流す桔梗がこちらを見ていた。

 

 

 

「いったい何の騒ぎですっ!?」

 

 そこへ、主人の宗次郎が何事かと駆けつけた。

 

「……これは、一体?」

 

 部屋の様子の異常さに、宗次郎は愕然がくぜんと立ち尽くした。 

 

 

 

 

 ※

 

 

 

 

「この度はっ!!まことに申し訳ありませんでしたっ!!」

 

 畳に擦りつけすぎて真っ赤になった額を、更に畳に押し付けながら宗次郎は何度目かの土下座をした。

 その横には、奥方と宗次郎に殴られ顔を腫らした啓一郎が一緒に頭を下げている。

 

「謝って済む問題じゃないんだよねえ」

 

 宗次郎たちの対面には白銀と玄。そのふたりの背中に護られるように後ろに桔梗が座っている。

 

「そいつの両腕切り落とさせてよ」

 

 怯えた顔で啓一郎が玄を見る。

 

「いらないよねえ、そんな腕」

 

 玄が赤い目でにぃっと笑うと、啓一郎は声にならない悲鳴をあげ畳に頭をこすりつけた。

 

「よせ、玄」

 

 後ろの桔梗が声をあげる。

 玄は後ろを振り向くと、「まさか許すとか言わないよね?」と不服そうに言った。

 

「そうなったら、俺が殺る」

 

 今までずっと、啓一郎を殺意のこもった目で睨んでいた白銀が口を開いた。

 

 桔梗は小さくため息をつき、両親を交互に見る。

 

「この件は、ご両親に預けようと思う。おふたりは、ご子息をどうするつもりか」

 

 あわあわと慌てふためく宗次郎の代わりに、奥方が顔をあげた。

 

「啓一郎は勘当することに致します。もう二度とこの地に足を踏み入れさせません。啓一郎、今すぐ出ていく準備をしなさい」

 

 その言葉に驚いたのは啓一郎だ。

 

「母上今はまだ夜中です。それに、旅もしたことがない俺がたいした準備もしないで村から出されたら……生きていけるか……」

 

「お黙りなさいっ!!」

 

 奥方がピシャリと言うと、啓一郎の目から涙が溢れる。

 

「ここで殺されるか、ここを出てなんとか生き残るか。好きな方を選びなさい」

 

 宗次郎は奥方の話を黙って聞いてた。啓一郎はその場で泣き崩れるだけだった。

 

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