第9話 深紅の男

 

 数日歩くと、開けた場所に出た。

 

「どこに向かってるんだ?」

 

「大きな城下町だ。もっとも、最近城主が亡くなって今はあるじは居ないようだが。大きな町は稼げる、お前が加わった分、路銀ろぎんもそれなりに必要になってくるからな、ここでひと稼ぎだ」

 

 

 道が開けるという事は、人に出くわす機会も増えるという事だ。

 通りすがる人々は、白銀しろがねの姿を見てぎょっとする。中にはあからさまに怯える者もいた。

 白銀は、そんな人々に出くわす度に不機嫌そうにしていた。

 

 

 

 

 ※

 

 

 

 

「ここが、城下町……」

 

 

 そこは“青柳城あおやぎじょう”のお膝元ひざもとの活気で溢れる町だった。城へ続く広い道を挟むように、様々な店がずらっと並んでいた。

 

 

「人間って……こんなに居るのか?」

 

 きょろきょろと町を見まわしながら、白銀は興奮したように言った。

 そして、人々の視線に気が付く。

 白鬼を見るのは皆初めてなのか、驚いた顔で皆こちらを見ていた。やはり、この髪の色は目立つらしい。

 

 

 ────髪……染めた方がいいんじゃないか?

 

 自分の髪の束をひとふさつまんで、じっと見つめていると。

 

「気にするな」

 

 隣の桔梗ききょうが言った。

 

「私の隣では堂々としていろ」

 

 横にいる桔梗の凛とした横顔に、白銀は「おう」と小さく答えた。

 

 

 

 

「さて、この辺りにするか」

 

 

 川にかかる橋まで来ると、桔梗は風呂敷を広げはじめた。

 

「何する気だ?」

 

「今日の宿代を稼ぐんだ。それにお前のそのみすぼらしい格好も何とかしないとな」

 

 薬の入った紙袋や小瓶を並べ、桔梗は腰を下ろした。白銀もその隣にしゃがみ込む。

 白銀は思わず自分の着ているものを確認した。なるほど、確かにお世辞にも綺麗な恰好とは言えない。

 

 

 

 

「おやおや、白鬼びゃっきとは珍しいな」

 

 店を開いてしばらくすると、ひとりの老人が話しかけて来た。

 

「昔、わしが若い頃見たことがある。そこは小さな村だったが、その若者は村に溶け込んで、大事にされておった」

 

 老人はそう言った後「腰に効く薬は無いかね?」と並べてある薬を見まわし、桔梗が勧めた薬を十日分購入していった。

 

 

「白鬼が住む村……か。お前にもそんな場所が見つかるといいな」

 

「…………」

 

 返事が無いので、隣の白銀を見ると彼はじっと地面を見つめていた。

 どうしたのかと声をかけようとした時、桔梗の前に男が一人立ち止まった。

 

 

「ここにあるのはみんな売り物?」

 

 

 見上げると、臙脂えんじ色の上着に黒のはかま。腰に日本刀を差した、くせ毛で黒髪の長身の男が立っていた。

 彼は笑みを浮かべながらこちらを見下ろしている。

 

 

 白銀はその男の異様な雰囲気に眉根まゆねを寄せた。

 

 

 ────血の匂いがする。

 

 

 嫌な感じの男だった。

 あまり近くにいたくないと本能が告げている。

 癖のある髪の毛の隙間から覗く男の細い眼が、白銀を見てスッと開いた。

 

 

 ゾワリと背中が泡立つ。嫌な汗が噴き出た。

 

 

 男の目は、血のように真っ赤だ。

 

 

「それ、欲しいんだけど」

 

 そう言って男が指さしたのは、白銀だった。

 男の異様さに気が付いたのか、桔梗は不愉快そうに眉間みけんに皺をつくる。

 

 

「こいつは売り物ではない。他をあたってくれ」

 

 冷たく言い放つと、男の視線は桔梗へと移る。

 

 

 ────マズいマズいマズいマズい……‼

 

 

 その男は殺気とも違う、嫌な空気をまとっている。

 桔梗に何か危害を加えられたらと身構えていたが、男は変わらず嫌な笑みをたたえながら「残念」と言うとその場を立ち去った。

 

 

「何なんだあいつは」

 

 白銀を商品扱いされた事に桔梗は気分を害されたようだった。が、あの男の纏う異様な空気には気が付いていなかったようだ。

 冷や汗と鳥肌はしばらく白銀から引くことは無かった。

 

 

 桔梗の連れている白鬼は、人に危害を加えないことが分かったのか、珍しさもあいまってそれからは客足が途絶えなかった。まあ、半分程は白銀見たさの冷やかしではあったが。

 

 

 

 

 ※

 

 

 

 

「結構儲かったな」

 

 

 機嫌よさげな桔梗は、今日泊まる宿を物色中だ。

 白銀はまだ、昼間のあの男の事が頭から離れなかった。

 

 

 あの、体中にただよう血の匂い。あれ程の匂いを身体に染み込ませるには相当の数を手にかけなければならない。絶対に関わってはいけない人種だ。

 あの男がこの城下町の何処どこかに居るのかと思うと、落ち着かなかった。

 

 

「何故だ。部屋は空いているんだろう?」

 

 

 桔梗が“藤の屋”という宿屋の女将おかみに詰め寄る。女将は怯えた顔で白銀を見た。

 

「いえ、でもねえお嬢さん。他のお客さんの迷惑になるかも知れないからねえ」

 

「別に俺は野宿でもいいぞ」

 

「駄目だ。今日の稼ぎは半分以上お前の手柄だ。美味い飯と柔らかい布団でねぎらいたい」

 

 桔梗はふと、女将の顔をじっと見つめた。急に話さなくなった桔梗に女将は困った様子だったが。

 

「女将。随分肌が荒れているな」

 

 言われて女将は、恥ずかしそうに両手でほほを隠した。

 

「そうなんですよ。ここ最近吹き出物が酷いんです……粉をはたいても隠し切れなくて」

 

 

「これを試してみるといい」

 

 すかさず桔梗は何か液体の入った硝子がらすの瓶を女将に見せた。

 

「山奥の清水と貴重な原料で作った肌水だ。これを差し上げよう」

 

「ええ……でもねえ……」

 

 桔梗は女将の手を取り、手の甲にその水を何滴か垂らす。「あら、いい匂い」と女将はその水を肌に伸ばした。

 

「どうだ?」

 

「うん、何だかいい感じだねえ」

 

「それは買うと四両になるんだが」

 

「はい、二名様二部屋ごあんなーい」

 

 女将は間髪かんぱつ入れずに奥へと二人を案内した。

 

 

 

 

 その日の夜の白銀は大興奮だった。

 ずっと山で暮らしていた彼にとって、宿という場所に泊まるのが初めてだったからだ。

 

 夕飯は白銀の部屋で食べる事にした。運ばれて来る夕食は、白銀には初めて見るものばかりだったらしく、中でも天ぷらを彼はいたく気に入っていた。箸の先端に刺した茄子の天ぷらをまじまじと見つめ、どう調理したらこんな食感になるのかとえらく不思議がっていた。

 その様子に苦笑いしながら、そのうち正しい箸の持ち方を教えてやろうと桔梗は思った。

 

 敷かれた布団にも興奮し、ふかふかの布団に飛び込むとずっとその上をごろごろと転がり子供のようにはしゃいだ。

 

 この宿は銭湯を併設へいせつしていたので折角せっかくだし入ることにしたのだが、白銀は銭湯に入ったことが無い。「くれぐれも湯船ゆぶねで泳いだりしないように」と入り口で白銀に釘を刺していると、今日桔梗から薬を買っていった男の客が声をかけて来た。

 白銀が銭湯は初めてだという事を伝えると「俺も今から入るとこだから、教えてやるよ」と言ってくれたので、白銀は嫌そうだったが桔梗は男の好意に甘える事にした。

 

 

  桔梗が銭湯から出ると、ほぼ同時に白銀も出てきた。

  「世話になった」と白銀と一緒に出てきた男に礼を言うと、「いや、あんたから買った薬が思いのほか効いてな、うちの母ちゃんの肩こりがほとんど無くなったんだ。ありがとな」そう言って男は去っていった。

  白銀の方を見ると、頭からほかほかと湯気を立てご満悦まんえつな表情だ。

 

 

「さて、明日もあるしそろそろ寝ようか」

 

 そのままふたりは、それぞれの部屋で休むことにした。

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る