08話.[仲直りしたんだ]

「そこのお姉さん、一人で暇なら一緒に見て回らない?」

「幼馴染君が来てくれるはずなんですけど……」


 先輩からではなく幼馴染君に誘われて会場に来ていた。

 別行動となっているのはお祭りの時間まではやらなければならないことがあったから、で、もう十七時になったからすぐに楽しめるだろうと期待して待っていたわけだけど……。


「というかさあ、私からの誘いじゃなくて道明君の誘いを受け入れるとはどういうことなの?」

「郁沙先輩が――」

「郁沙」


 というか、どうして先輩はあの子のことを名前で呼んでいるのだろうか。

 ほんのたまにだけ私のことで会話をするだけでそれ以外になにもないというのに。

 仲良くしたいということならいまからでも遠慮をするところだけど……。


「郁沙が誘ってこなかったからじゃないですか、それなら毎年一緒に行っている幼馴染君と行こうかなって」

「え、彼女がいたのに毎年行っていたの?」

「あ、彼女さんができる前までは、ですね」


 久しぶりに行けるということで、一人で行かなくて済むということで楽しみにしていたのにこれだと困る。

 今回に限って言えば郁沙がいてくれるからいいとはならなかった。


「悪い、遅れた」

「大丈夫だよ……と言いたいところだけど大丈夫じゃないや、なんか幻覚が見えているみたい……」


 やっと楽しめるというところで本当によくないことが起きた、お休みばかりでむしろだらだらしていたというのに私はどうしてしまったのだろうか。


「あ、仲直りしたんだ、実は埜乃を誘った次の日に家に来てさ」


 ちなみに誘ってくれたのは一週間前で、それから会ってはいなかったからこういうことになってもなにもおかしなことはないけど……。


「そ、それなら二人で見て回りなよ」

「いや、俺から誘ったんだからそうもいかないだろ」

「いいからいいから、……空気の読めない行動をするべきではないよ……」


 連れておきながらおばかなことを言う彼は放っておいて、郁沙の手を掴んで移動を始めた。

 今回もまた「お、大胆だね」とか変なことを言ってきている郁沙さん。


「というわけでふたりきりでもいいですか?」

「むしろ二人きりじゃないと嫌だよ、だからこそ知文と林檎を発見しても声をかけなかったんだから」

「そっか、じゃあ最初はなにを食べます?」


 お金があってもいきなりメイン級を食べるとお腹がいっぱいになってしまって楽しめなくなるため、気になる食べ物を見つけたらすぐに買っていくというのは危険だ。

 だからそこをいい感じにコントロールしてもらいたかった、誰かがいてくれるというのはこういうときに助かる。


「埜乃、どうして浴衣じゃないの?」

「そんなことを言ったら郁沙だってそうじゃないですか」

「ちぇ、浴衣姿の埜乃が見られると思ったのに」


 彼女さんは浴衣を着ていたから今日のこれを滅茶苦茶楽しみにしていたということだけはよく分かった。

 まあ、仲直りして関係を戻してお祭りに一緒に行けるとなれば非モテであっても分からなくはないけど、終わった後もハイテンションのままでまだ私達には早いことをしてしまいそうだった。

 幼馴染君がどれぐらいまで冷静に対応できるかにかかっている、ただ、好きになった相手が誘ってきたとなれば……。


「それはいいですからなにが食べたいのか教えてください」

「それなら埜乃がいい、正直、花火を埜乃と見られればそれでいいんだよ」

「えぇ、なにか食べ物を買いましょうよ、買わないなら来ている意味がないじゃないですか」

「じゃあほら買って、私はふたりきりでいたいからここから離れたいぐらいだしね」


 おいおいおーい、まさかこういうわがままを言われるとは思っていなかった。

 それこそ郁沙の方がハイテンションのままでこちらに踏み込んできそうだ。

 正に他人のことを考えている場合ではないというやつで、食べ物を買うことよりも自分を守った方がいい状況なのかもしれない。


「あ、根岸さん」

「こんにちは、お、林檎先輩によく似合っていますね」

「ありがとうございます」


 うーん、だけど一回ぐらいは若い内に浴衣を着ておくというのもありなのかもしれなかった。


「郁沙が怖いからもう行くよ、お互いに楽しもう」

「はい」


 ……正直に言ってしまうと部長と林檎先輩の組み合わせは仲のいい兄妹にしか見えなかった。

 それでもいい点はあって、林檎先輩が恥ずかしがらずに自分のしたいことをできているということだ。

 手を握るとか、ああいうときにさっと引っ付いてみるとか、私がしなければならないことを余裕を持ってできているということで少し羨ましい。


「焼きそばを買います」

「うん、買ったら人がいない方に行こ」

「ちょっとあげますから落ち着いてください、不健全なことをしにここに来たわけではないんですから」


 結局、何回も買いに行くということは郁沙のせいで現実的ではなかったので、焼きそば、たこ焼き、かき氷、ラムネを一気に買うことになった。

 もちろん全部ではないけど母にも買ってある、少しだけでも楽しんでもらえたらという娘なりの考えでそうした形になる。


「ずずず……っと、うん、美味しい」

「なんで蓋に置いたんですか?」

「え、そんなの郁沙にあげるためですけど」


 一緒にいるのに自分だけ食べるなんてなるべくしたくはない。

 あげたくないとかケチな人間でもないため、半分ぐらいあげるつもりで置いたのに不満がありますとでも言いたげな顔でこちらを見てきている。


「はいあーんは!?」

「はぁ、じゃあそっちの奇麗な割り箸を貸してください」

「埜乃のでいいからやってっ」


 えぇ、なんだこの人は、そして私もうるさくなるからということで従ってしまっているけどいいのだろうか。


「うん、埜乃が食べさせてくれたから美味しいよ。ただ、さすがにお金は払うけど」

「いいですよ、こうして一緒に行ってくれているだけで十分です」

「かあ! なんていい子なんだ!」


 め、面倒くさいな、……悪い気はしないから冷める前に食べてしまおう。

 で、結局全ての食べ物を半分ずつ二人で食べることになった。

 一気に買ったからもうお腹がいっぱいだ、この状態で美味しそうな食べ物を見つけても悔しくなるだけだからここでゆっくりしていればいいのかもしれない。

 ただ、そうなると郁沙の計算通りということになるから悔しくもあった。


「まだまだゆっくりできますね」

「うん、あ、膝借りてもいい?」

「どうぞ、それならまだ健全ですからね」


 お喋りもせずにただじっとして待っていたらだんだんと眠たくなってきて……。


「隙あり! ぶちゅー!」

「なるほど、そこまでなんですね。それなら」


 このままじっとしていたらただただ眠たくなるだけだから花火の時間までくっつけておくことにした。

 まあ、どう考えても苦しくなるから多分一分すら無理だけど、中途半端な関係に疲れていたのはこちらも同じだからだ。


「んー!!」


 お、意外とできるな、あるのかどうかは分からないけどギネス記録を目指してこのままくっつけておくのも――って、なんか郁沙の顔色が悪くなってきたからやめるとしよう。


「はぁ……はぁ……」

「お疲れ様です、ラムネ、飲みます?」

「ちょ、ちょうだい……」


 ビー玉だけは貰うことにしようと決めたのだった。




「おおっ、こんなに暑いのに水はちゃんと冷たいよ!」

「プールじゃ駄目だったんですか? 私、海ってちょっと怖いんですけど」

「私がいるから大丈夫だよ、引っ張ったり倒したりとかしないからさ」


 あと色々な意味で眩しいのだ、真っ白すぎて不安になるのもある。


「はい、腕を掴んでいていいよ」

「で、でかあ……」

「え、そう? 私の学年には私より大きい子が三十人ぐらいいるけどね」

「じゃあ私がおかしいのかもしれませんね」


 下を見ても山はなかった、多分男の子よりも小さい。

 でも、水着を着たくないとかそういうこともなかったため、そういうことで言い争いにはならずに済んだ形となる。


「あ、魚だ」

「本当に奇麗な海ですね」

「うん、こういうところばかりではないからありがたいことだね」


 二人きりになっても、水着姿でも不健全さというのは全くなかった。

 キスだってした仲だというのに、全くそんなことをしたことがないカップルみたいな雰囲気が漂っている。

 淫乱娘というわけではないから物足りないとかそういうことはないものの、あれは夢だったのだろうかと考えることもある。

 何故ならあれからはこちらに求めてきていたりはしていないからだ。


「無人島に二人きりになったとしても仲良くやっていけそう」

「そうなったらさすがに仲良くは無理ですね、お腹が空いたりお風呂に入れなかったりしたらイライラしそうですし」


 平和な日常だからこそ、二十四時間一緒にいなければならないとかではないからこそなんとかなっているだけだ。

 仮に結婚の前の同棲という段階でも相手の粗ばかりが見えてきて駄目になる。


「なお食料については欲しいと願った物が勝手に出てくるものとする、もしそうだったらどう?」

「それならそれで汗臭さとかの方が気になって結局近くにはいられない気がします」

「ははは、埜乃も乙女ですなあ」


 当たり前だ、これでも一応女だからそういうことになるわけだ。


「ちなみにいまの埜乃はねえ、すんすん、いい匂いだあ」

「ちょ、やめてくださいよ……」


 不安になってくるからすぐに離れた、その際離れすぎたのか「あ、酷いよ」と言われてしまったから少し戻す。


「今日はこのままお持ち帰りしちゃおうかな」

「そろそろはっきりとしてもいい頃なんじゃないですか?」

「あ、そうだね」


 はっきりと言われた後で郁沙だけが留まることになるとか考えた自分だけど、もういまは他の誰かと仲良くしてくれればいいとか口にすることはできなかった。

 キスも全く関係ないわけではないけどそれが主な理由ではない、単純にこちらが気に入りすぎてしまっているからだ。


「好きだよ」

「はい、ありがとうございます」


 ずっとこの関係でいられるかどうかは誰にも分からないけど、少なくともいまは絶対に近くにいてくれるということだから安心することができる。

 ちょっとしたことで不安にならなくていいというのは大きい、母にも心配をかけたくないからそういう点でも感謝だった。


「振った次の日、ちゃんと埜乃のところに行ってよかった」

「私があなたに合わせて公園に行ったんですけどね」

「細かいことはいいよ、事実学校でも付きまとっていたでしょ? ああしていなければこういうことには絶対になっていなかったんだからさ」


 うんまあ、事実その通りだけどそれを郁沙が言うのは違う気がするわけで……。


「ちょっとあっちまで行ってみる?」

「え、ここでいいですよ、ここでも水に触れることはできているんですから」

「じゃあここでいいか、座ろ?」

「はい」


 うーん、水着だからいいけど服を着ている状態でもしこうしている人達を見つけたら心配になってしまうだろうな。

 先程と違って水に触れている面積が広いから単純に気持ち良さが二倍――いや、なんかくすぐったくいからそうでもないか。


「一年に一回はこうしてぼうっと水平線を見ないとね」

「それなら映像でいいと思います」

「うわあ、つまらないことを言うなあ」


 こうして水に触れられていてもリスクはあるから真夏に長時間外にいるべきではないからだ、郁沙なんてすぐにハイテンションになって行動してしまうから心配になるのだ。


「びゃっくしゅっ! うぅ、やっぱり触れ続けているのはよくないのかも」

「あっちに戻りましょう」

「そうだね、服を着て帰ろうか」


 え、あ、そういう風に捉えてしまったのか、私はあくまで日陰で休憩しようとしただけだけど……。

 ま、まあいいか、服を着ていられているときの方が安心できるし、家でゆっくりできるということならその方がいいから。


「埜乃のおかげで絶対にやらなければいけないことをやれたからね、だからもう満足できたんだ」

「いえ、私は私で中途半端なままでいたくなかっただけなんです」

「ということは一方通行というわけでは……ないのかな?」


 まさかいまこんなことを言われるとは思わなかったし、やはり二人きりになると弱々になるときもある人だと再度知った。


「当たり前じゃないですか、そうでもなければ受け入れることはしませんよ。もう途中から郁沙といたくて仕方がなかったからですからね」

「そ、そっか」


 こういう反応に負けたのもある、でも、郁沙は私のどこに負けたのだろうか。

 え、だって嫌な顔をしなかったから云々が全てというわけではない……よね? なにか他のいいところもないと好きになるには弱いから、うん、そういうことになる。

 で、どこだ? 私のなにが彼女のどこかに突き刺さったことになるのか……。


「というわけで今日は一緒にいませんか? まあ、最近はこういうことをしてばかりですけど……」

「うん、今日は埜乃の家に泊まっちゃうよ」


 考えても本人ではないし、不安になるだけだから話を変えてなんとかする。


「ただいま」

「お邪魔します」


 リビングの床に寝転ぶとかなり楽でほへえとなった、郁沙も真似をして「これは最高だね」なんて言ってきていた。

 いやもう本当にそうだ、郁沙がいてくれるからもっとそっち方向に傾いていく。

 いかん、このままだと間違いなく寝てしまう、まだ飲み物も出していないのにどうして先に寝転がってしまったのだろうか……。


「あの、くっついて寝ていいですか?」

「いいよ? でも、そのかわり夜更かしに付き合ってもらうからね?」

「はい、それでいいのでいまはくっつかせてください」


 冷房が効いているとかそういうこともないのに、夏なのに、人に触れていて暑いはずなのに全くそんなことがなくてあっという間に負けた。

 気づいたときには母がご飯を作っていて、郁沙もこちらにくっついたまま寝ているのが見えた。


「おかえり」

「ただいま、郁沙ちゃんは甘えん坊さんなのかな?」

「ううん、今回は私から頼んだんだ」

「ふふ、埜乃はまだまだ甘えん坊だね」


 多分、私が私をやっている限りはずっとこのままだ。

 最近は郁沙のせいでくっつきたくなってしまうため、朝から母に抱きつくことも増えてしまっている。


「お付き合いをしているから触れたくなるのは分かるけど、でも、なんか複雑だな」

「お、お母さんを放って郁沙とばかりいるわけではないでしょ?」

「そうかな? お泊りに行っていたり、こうして一緒にいるときはすぐに部屋に行っちゃうから話したくても話せなくて……」

「ちゃ、ちゃんと相手をさせてもらうから! だから不安にならないでよ」


 まだ少し前までのようにお手伝いをしてほしいとか言われた方がマシだった、母を放置して郁沙ばかりを優先しているとかそんなことはない。

 でもまあ、あくまでそうしているつもりかもしれないから考えて行動しなければならないのは確かなことだった。


「ん……」

「おはよう」

「おふぁよう……」

「ははは、郁沙はそのままでいてね」


 郁沙はなにも変える必要がないから好きになったときのままでいてほしかった。

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