遠い記憶と同じ姿

「ルゥ…」



 切なげに目元を歪めたコルンは、次の瞬間たまらずといった勢いで実を強く抱き締めた。



「ごめんな、ルゥ。こんな重たいものを、ずっと一人で抱えさせて…。子供を守るのが大人の役割だっていうのによ…。殺されかけたあの時、本当につらかったよな。これまでもずっと、頼れる人が少なくて、言えないことばかりでしんどかっただろ…? 何も知らなくて……何も知ろうとしなくて、本当に悪かった。」



「おじさん……」



「それと、ありがとう。真っ先におれを信じてくれて。ルゥはおれの自慢だよ。そこの馬鹿親父に、ぜひとも爪のあかを煎じて飲ませたいくらいだ。今まで、よく頑張ったな。」



 コルンは何度も実の頭をなでる。



(ああ……同じだ……)



 胸に熱いものが込み上げてくる。



 もう、何年も会っていなかったはずなのに……



 自分を迎え入れてくれるこの腕も、自分に語りかけてくれるその声も。

 遠い記憶にあるコルンのものと、寸分も違いなかった。



 禁忌の森にあった小屋で過ごしていた時、両親以外で自分と関わっていた唯一の他人。

 でも、その他人であるはずの彼は、他人とは思えないほどに自分を可愛がってくれた。



 あの記憶があったから、彼のことを信じたかった。



 久しぶりに城で再会した時も、彼は自分に心配とうれいの眼差しを向けてくれた。



 母さえも自分のことを忘れたあの環境で、自分がいたという記憶を抱えたまま、父の意向をんで口を閉ざしていてくれた。



 きっとこの人は、自分の秘密を知っても変わらないでいてくれる。



 城では怖くてはぐらかしたけれど、本当は言ってしまいたかった。

 そして今、全てを打ち明けて安堵する。



 彼を信じてもいいという直感は、正しかったのだと。



「コルンおじさん……ありがとう。」



 実は一度コルンを抱き締め返して、ゆっくりとコルンの体を自分から離した。



「俺も父さんも、他人を信じなすぎだったんだね…。こんなにたくさん、俺たちには味方についてくれる人がいたっていうのに。」



 本当に、馬鹿らしいことをしていたと思う。



 この重い宿命を一人でなんて抱えきれないくせに、大事な人を不幸にするからと怯えて、大事だと思っているのにその人を信じられなくて、結局一人で猪突猛進に暴走して。



 何度も怒られて、何度も泣かれて、そして誰かを失いかけて。

 それでようやく気付くなんて。



 とんでもない時間の浪費じゃないか。



「これからは、大事にしなくちゃね……」



 他でもない自分に言い聞かせ、実は瞑目する。



 やはり、自分はあの世界に戻らなくては。

 その思いはより一層強くなる。



「コルンおじさん。今は、この話は終わりにしよう。文句なら、後で父さんにいっぱい言ってね。」



「おう、任せとけ。ルゥやセリシア様の分まで、きっちりと説教してやる。」



 コルンは鼻を鳴らして、やる気満々だ。

 実は思わず、苦笑いを浮かべた。





「じゃあ今は―――どうすれば、母さんとレイレンを助けられるかを考えなくちゃ。」





 ガラリと口調を変えた実の瞳に、真剣な色がたたえられる。

 それで、この場の全員の背筋が伸びた。


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