成金探偵 堂田明太郎の事件簿

椎名ロビン

それでも君らはやってない

かつて母を死に追いやった悪魔達に鉄槌を――


復讐の炎に身を焼かれ、殺害計画を練って早数年。

ついにトリックが完成し、実行のための資金も得、実行を移す時が来た。


無事に一人目の被害者・進藤ルネを殺害し、わらべ唄に見立てて死体を彩った。

ちなみにわらべ唄は自作だ。

ちゃんと歌として成立させるべく、新人ボカロPとして創作コミュニティに参加し、作詞作曲のノウハウを得てから作った。


このように様々な下準備を入念に行い、ここまで順調に来ている。

これほど努力を重ねてきたのだ、例え離島に隔離されたメンバーの中に警察官が居たとしても、やりきることができるだろう。


「ふっふっふ……皆さん、落ち着いてください。私は私立探偵をしている者です」


死体発見後のパニックを収めた中年が、たぷたぷとした二重顎を撫で回しながらそう告げた。

私立探偵や推理が趣味の一般人が紛れ込んでいることも、こちらとしては想定内だ。

トリック考案と推理ごっこ対策のため、大学ではミステリー同好会と探偵同好会に所属していた。

今更この程度では動じない。

素人探偵の初動や思考は既に分析し、傾向と対策を立てている。


「犯人は名乗り出たまえ。そして私に真相を暴かれたことにして逮捕されれば三億円くれてやろう」


想定してないことを言い始めたな……


「い、いきなり何なんですか貴方は!」


俺の代わりに、この館のメイドである土山愛衣つちやま めいが自称私立探偵へと言葉を投げる。

彼女は美しく気配りが出来て料理も上手いが、それだけの女ではない。

館のオーナーとして顔中に包帯を巻いて面接をしていた私に対して一歩も引かなかった胆力。

それこそが彼女の強みにして、採用した動機なのだ。

ちなみに他の面接希望者は軒並み引いていたし就活生情報交流サイトで面接官がキモいとボロクソ書かれていた。その日はちょっとだけ泣いた。


「申し遅れましたかな。私の名は堂田明太郎どうだ あかるくなったろう――聞いたことくらいあるのでは?」


堂田明太郎どうだ あかるくなったろう――その名前に、場が一気にざわついた。

無理もない。

堂田明太郎どうだ あかるくなったろうといえば、一代で莫大な財産を築き上げたことで有名な経営者だ。

更にその類まれな頭脳を持ってして数多の事件を解決しており、世界一著名な素人探偵としてテレビでも引っ張りだこだ。


「収入に悪影響があるのでテレビでは言ってないですが、私はねェ、金で犯人に名乗り出させているんですよ。そうするとねえ、私が犯人を暴き連続殺人を防いだこととなり投資額以上の金にもなる。故に同業者は私をこう呼ぶのだ。成金探偵、と」


にたりと浮かべたその笑みは、優秀な探偵のそれとは遠くかけ離れていた。

ただ謎を解くだけではなく、連続殺人を未然に防ぎ続けたことで熱狂的信者を生んでいる堂田明太郎どうだ あかるくなったろうが、よもやこんなカス野郎だとは。


「どうだ、悪い話ではあるまい。わらべ唄に見立てたということはまだまだ殺すつもりだろうが、これ以上罪を重ねなければ死刑もありうる。だが今なら懲役で済む。それだけじゃあない。三億、三億やろうというのだ。ヤクザの鉄砲玉だってこんな報酬は得られん。サラリーマンの生涯賃金よりも多いからなァ……」


匿名掲示板の謂れのない誹謗中傷が正解だったことってあるんだ。

嫉妬でクソ雑陰謀論ぶちあげてんなカス共とか思ってゴメンね。


「どうだ、名乗り出る気になったかな? 今ならサービスで腕のいい弁護士もつけるぞ。この場に居合わせた者にも事件解決祝い金で三万やろう」


なるほどそうやって口止めしてきたというわけか。

このカス野郎にも当然腹は立ってきたが、同時にこれまで金で買われた犯人達にもむかっ腹が立ってきた。

七面倒臭いトリックを考え、何度も何度も練習し、そして一発勝負の本番に挑む。

そんな無茶なことをする原動力は、金なんかではないはずだ。

皆最初は燃え滾るような純粋な復讐心や殺意を抱いていたはずなのに、その魂をどうしてこんな下劣な輩に売ってしまうんだ。

こんな見下すような真似をされ、人の復讐に土足で入ってこられて、どうして平然と媚びへつらうことができるんだ。


「それじゃあ犯人は挙手したまえ。目は瞑らなくてもいいぞ、どうせ明日のニュースで報道されるのだからな」


冗談のつもりなのか、脂ぎった顎を上下に揺らして笑っている。

だがその笑顔もすぐに凍りつく。

当然だ、俺は手なんて絶対に上げない。

お前の思い通りになどするものか。


「そこの若造以外全員……じゃと……?」


そして俺の笑顔も凍りつく。

振り返ると、集められてた容疑者が俺を除いて全員手を上げていた。

犯人、俺なのに。


「オレだぜオレオレ! オレがあいつを殺したんだ!」

「違う、私よ! ねえ、だから私に三億頂戴よ!」


母を死に追いやったカス共のことは最底辺の人間だと思っていたが、人は予想を越えてくる。

こいつら三億のために自らムショに入るつもりだ。


「ちょ、ちょっと皆さん落ち着いてください!!」


慌てて俺も声を上げる。

ダメダメダメ、そんなのダーメ!!!!!

こっちはお前ら皆殺すために何年もかけて準備してるの!!!!

何俺の罪被って刑務所なんていう殺害難易度クソ高い場所に隔離されようとしてんだ!!!!!!


「そ、そうですよ。皆さん、ご友人である進藤様が亡くなられて動転していらっしゃいます!」


一緒になって、メイドの土山愛衣つちやま めいが声を上げてくれる。

優しく、しかし言うべき所ははっきりと言う、どこか初恋の人を想わせる彼女。

この事件が終わって無事逃げ切れたら、一緒になれれば嬉しいと思っている。

愛衣ちゃん、君はこんな復讐のためにあの手この手で俺が作った館になんて居ちゃいけない。

もっと君は光の当たる場所に居るべきなんだ。


「だって進藤様を殺したのはこの私、土山愛衣つちやま めいなんですから!」


だから本当に目を覚ましてくれ、殺したのは俺。おーれーなーの!!!!


「いいや犯人は僕だね! 何せ僕には動機がある! 十年前のあの事件のことを自首したいって相談したら暴力で脅されていたからねえ!」

「はァ~? そんなこと言ったらオレだってアイツのことはムカついてましたァ~はい論破!!!!!」


何か今しれっと俺の動機に関する秘密が暴露されようとしてない?

本来他の被害者共が出すべきビックリマークとハテナを俺一人浮かべる羽目になってるのおかしくない?


「シェーフシェフシェフ! 動機はないがアッシは立場上睡眠薬を盛り放題! アッシこそが真犯人シェフ~!!!」

「ああっズルいですよ料理長! 堂田様と会話したことないからって後出しで悪人っぽく喋るのは!」


被害者共を呼び寄せるには、ある程度この館を魅力的に感じてもらわないといけない。

そのために最高のシェフと優秀なメイドを雇い、これまで一般のお客様相手に高級な宿として提供してきたつもりだった。

それなのに、なんだこれは……

俺は所詮復讐第一で世間知らずのお坊ちゃん、人を見る目なんてなかったということなのか……


「一応聞いておくんだけど、あーし達が共犯だった場合、三億円はどーいう風にもらえるわけ?」

「ふむ。私としては主犯を捕まえ名声を得られればいいからな。主犯一人にのみ三億をやろう」

「うおおおおお! ならば絶対にこのオレが真犯人だと認めさせてやるぜェェーーーーッ!!」

「はぁ? あーしこそが見ず知らずの相手を全員殺そうとしたサイコパス殺人犯なんですけどォ~?」

「シェーフシェフシェフ! 今日の夜食は人肉ソテーと血のワインだコック~!」


人ってそんな簡単に狂うの?

だって三億って大金だけど宝くじと同じくらいだよ?

宝くじ当選者全員頭おかしくなってた? 違うよね?


「ふむ……皆の言うことがバラけておる以上、若造以外全員共犯ということもないだろう。だがこうも一気に言われては敵わん。今日はもう寝る。明日また一人ずつ話を聞かせてもらおう」


このクソみたいな場が収まるのはいいことだが、明日もやるつもりなのはマジで勘弁してほしい。

こっちはあと三人殺さないといけないのだ。

一晩でやるのは無理だって無理。せめて明日の夜にしてくれ頼む。


「そして一番真相と思われるトリックを私に告げた者を、真犯人として朝食会の場で告発しようじゃないか」


なるほど完璧な作戦だ。

何せ最初の事件は密室殺人。

それらしいトリックを言えなければ犯人からは除外できる。

こうすれば確実に本物の犯人をぶちこみ、連続殺人を止めることができる。

やり方はクソだが、きちんと本物の殺人犯をぶちこみやすいよう考えられた策だ。

まあ俺名乗り出る気がないから何の意味もない策なのだけれど。


「それでは私は失礼するよ、ハーッハッハッハ」


犯人逮捕には何の意味のない策だが、しかし犯人の妨害という点ではこの上なく効果を発揮してやがる。

トリックを解かれない自信はあるが、もうすっかり知らないアホ共に成り下がった連中は何をしでかすか分からない。

何とかして流れを断ち切らなくては。


「は、はは……あの人も妙なことを言いますね……だって部屋には鍵がかかっていたし全員にアリバイもある。仮にトリックだとしても僕ら以外の誰かがやったんじゃあ――」

「はァァ~~~~??? そんなわけないだろナメてんのかクソボエカスゥ」

「シェーフシェフシェフ! 外からの犯行に見せかけてるに決まっシェフだろ!!」


料理長が怖い。夕食前に戻りたい。

今は包帯を解いて一お客様として接しているが、包帯巻き巻きの怪しいオーナーにも傷心旅行で一人で来ている若造にも優しく接してくれていたのに。


お金は人を狂わせる。

もしかして俺が復讐すべきは日本円だったのではないだろうか。

んなわけないわ。空気に流されるな俺。あと三人殺さなきゃいけないんだぞ。


「しかしよォォ~~本当に誰が殺したってんだ? 代わりに捕まってやるから全部教えろってんだ」


お前に刑務所なんていう安全地帯と三億円を与えなくても、予定通りなら犯人として俺の代わり自殺するはずだったんだよクソが。


「と、とりあえずここに居ても埒が明かないですし、全員で殺害現場を改めて検証してみるというのはどうでしょうか」


よせよせよせよせやめろやめろやめろやめろ!!!!!!!

頼むから余計なことをしないでくれ。

百歩譲るから愛衣ちゃん一人で行ってくれ。

俺あの馬鹿を最後犯人に仕立てあげるため、あいつが犯人になる証拠敢えて置いてきちゃったんだよ。

それ気付かれたら不味いんだって!!!!

ねえ!!!!!! ちょっと!!!!!! おねがい!!!!!!!!!!!!


「いやいやいや、んなもん見ても、あーしらの頭じゃ何にも分かんないって」

「……ああ言ってるし、殺害現場検証なら一人でやった方が出し抜けそうだしいいんじゃないの?」


こっそり愛衣ちゃんに耳打ちする。

愛衣ちゃん一人ならどうとでもなるかもしれない。

最悪愛衣ちゃんが気付いたら四億積んで黙っていてもらえばいい。

この屋敷を建てるため仮想通貨を元手に作った会社の諸々を横領すればそのくらいの額は捻り出せるだろう。


「いいえ、それはいけません。犯人を名乗り出た以上、単独行動は避けねばなりません。何故なら――」

「うわああああああああああ!!」


愛衣ちゃんのセリフを遮るように、野太い悲鳴が響き渡る。

振り返ると、片腕を抑えた鳳伊所助おおとり いしょすけが膝をついていた。

その腕からは鮮血が流れ落ちている。


「シェーフシェフシェフ……思い付いちゃったもんねぇ……このゲームには必勝法があるッ」


血の滴る包丁をペロペロしながら、料理長がニタリと笑う。

滅茶苦茶デスゲームのカスっぽいけど、堂田明太郎どうだ あかるくなったろうの居ない所で演技する意味なくない?

ていうか、デスゲームで殺し合いに乗りそうなカスと連続殺人犯、別のカテゴリーじゃない???


「これはわらべ唄になぞらえた連続殺人……つまぁり! 二人目の殺人事件をこのアッシにしか出来ない方法で殺り遂げれば、自動的にアッシが犯人として認定されるってェことよ~~~~!」

「くっ……やはり料理長もその考えに……皆さん、やはり本気で三億円を獲りに来ているっ……」

「俺は何を見せられているの?」


つい本音が声に出ちゃった。

しかし実際何が起きているのかついていけていないのは不味い。

愛衣ちゃんはこの行動に出る人間が現れることを想定していたようだし、何かもう俺の手を離れ別のデスゲームが展開されようとしている。

これはマジで不味い、こっちは完全犯罪であと三人殺さなくちゃいけないんだよ。


「ちょっとついていけてないんですけど、どうしたらいいんですかね」


分からない時には素直に聞く。

トリックだってそう、一人の知恵には限界がある。

聞くは一時の恥聞かぬは一生の恥とはよくいったものだ。

俺は素直に愛衣ちゃんに助けを乞うた。

愛衣ちゃんからすれば、俺は傷心旅行で泊まりにきたら何か事件に巻き込まれた哀れな被害者だ。

きっと彼女は優しいから何とかしてくれる。


「安心してください。私に策があります」

「ええっ、すっご……優秀……なんでこんな所でメイドなんてしてるんだろ……」


そうだね。俺がうっかりこんなクソ職場で雇っちゃったからだね。

このピンチに機転を利かせて打開策見つけて、しかもお客様を安心させるよう笑顔を浮かべ抱きしめてくれる母性に溢れた逸材。

あとおまけにおっぱいがでかい。安らぐ。

連続殺人の舞台になったからって潰すの申し訳なくなってきた。

どうにか再就職を斡旋してあげたいな。だからシャバにいてお願い。


「それ以上やるなら、私もこの人をぶち殺しますよ!!!!!!」


あっこれ抱擁じゃなくて首折るモーションに入るためのやつだったんだ……


「私はプロのメイド……当然、素手での殺害手段として首折りは研修で学んでおります」


そうなんだ。研修外注してた会社に今度監査入れてもらおう。


「ええっ! あのヤバいおぢさんが包丁を下ろした! これは一体……」

「お、おい、どういうことなんだ!?」


皆が愛衣ちゃんを見る。

まるで名探偵のように、一呼吸置いて愛衣ちゃんが言った。


「私達の目的は三億円。遺書を遺して自殺しない時点で、遺族のためということもない。ならば、生きてないと意味がない」

「そ、そうかーーーーっ! 二人までなら死刑は免れやすいけど、死体が三つになってしまえばその罪を全部被った時に死刑になる可能性が飛躍的に上昇するんだ!」

「なるほど……皆の前でこの牽制を取ることで、彼女は二人目の犠牲者が出ないようにしたんだ……」


なるほど、じゃねえよ。何一つなるほどじゃねえんだよ。


「いいですか。私たちは皆生きてさえいれば駄目でも三万円は貰えるんです。犠牲は増やさない方向で頑張りましょう」


善性の出し所おかしいね。そう思ったけど飲み込んだ。

彼女のおかげで一つ分かった。

死刑の確率が高ければ奴らは逮捕されなくなるのだ。

つまり、明日までに三人でなく二人殺すだけでいい。


「よーっし、んじゃ早速証拠捏造しますかあ。メイドのおねーさん、ヤスリとかある?」


……その前に、この夜を乗り切る必要があるのだが。

探偵とではない、長い長い一晩の戦いは、これから始まる。

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