zero-8話 解毒薬の効果は?


 ヴァルヴィンさんは瀕死のゼロカさんを背負い、森を駆けて行く。


 私はヴァルヴィンさんの大剣とゼロカさんの杖を抱え、たいまつを掲げて後を追った。


「もう少しだ、もう少しで拠点に着く。がんばれゼロカ!」


 ヴァルヴィンさんは意識のない彼女に向かって声をかけ続ける。消えそうな命をこちら側につなぎ止めるかのように。


「ハアハアハア……!」


 体力のない私は、息を切らせながら走る。


 ゼロカさんに治癒の魔法はかけた。


 ヴァルヴィンさんに教わって、解毒呪文デトキシファイ治癒呪文ヒールを重ねがけしたのだ。


 でも、何かを治すことは、壊すことと比べると難しい。


 治癒系呪文は魔道士によって得手不得手があるのだという。


 そして私は得意な方ではないらしかった。


 ゼロカさんの意識が戻ることはなかったし、病状が回復する兆しもなかった。


 頼れるのは、拠点に置いてある解毒薬しかなかった。


「がんばれゼロカ!」


「ゼロカさん、ハアハア、しっかりしてっ!」


 私たちは声をかけながら走り続けた。




 拠点は森を抜けてすぐの場所にあり、木々の間にロープで天幕が張ってあった。それは私には救いの小舟みたいに見えた。


 ヴァルヴィンさんは荷物の中から解毒薬の小瓶を取り出して、急いでゼロカさんに飲ませた。


 それから敷物や替えの衣類を何枚も引っ張り出して地面に敷くと、そこにゼロカさんを横たえた。


 その間に私は枯れ枝をかき集めてきていた。


 たいまつの火を移し、焚き火をおこした。ゼロカさんの身体が体温を取り戻せるように、炎の力を借りるつもりだった。




 私とヴァルヴィンさんは焚き火のそばに座り、ゼロカさんを見守りながら話をした。


「おれとゼロカは同じ村の出身でね。一緒に冒険者を始めたんだ。おれが誘ったって言うべきかな。ゼロカは広い世界を見てみたい、って言ってたから。だったら冒険者だってね」


「小さい村に住んでたの?」


「小さいね」


「私の村と同じくらい?」


「もうちょっと大きいかな……。でも、同じくらい田舎さ。北方の山の向こうにある、へんぴな村だよ」


 ヴァルヴィンさんは思い出すように、星を見上げてた。


「広い世界見れた?」


「うん……。王都周辺の仕事が一番多いけどね。それなりにあちこちに遠征も行ったし、世界は広がったと思う」


「ふうん……」


「だからゼロカがチエリーちゃんに言ったことは嘘じゃないんだ。世の中にはいろんな村があるし、町があるし、都市がある。自分の村がつらかったら出てみればいい……。そのときにはおれとゼロカが力になるよ」


 ヴァルヴィンさんはゼロカさんが治った後のことを話している。良くなることを確信しているみたいだった。


「ありがとう……」


 私は膝を抱えて、鼻の頭を埋めた。


 炎が踊り、闇の中に火の粉を飛ばしていた。


 私はしばらく炎を見てから、気になっていたことを尋ねてみた。


「ヴァルヴィンさんとゼロカさんは、恋人なの……?」


 その問いかけに、ヴァルヴィンさんは意表を突かれたようだった。


 目を見開いてから、眉間にしわを寄せ、頭を掻いた。


 そして答えた。


「うーん、どうだろうな。おれは結婚してくれって何回も言ったけど、そのたびに断られたよ。おれもそれなりに凹んでね、パーティ解消を申し出たこともあるんだけど……。それは嫌だって言うんだ。おれと一緒にいたいって言うんだ。分からないなあ……」


 ヴァルヴィンさんは苦笑いをしてゼロカさんの手を握り、温めるようにさすった。


「どうしてなんだろ?」


「それが分かれば苦労はしないさ」


「むうー」


 私は考えながら唇を突き出した。大人は複雑なのかもしれない。


 ヴァルヴィンさんは木の枝を焚き火に放り込んだ。


 炎がぱっと明るさを増す。


「ま、ともかく。ゼロカは今回の仕事で引退するつもりだったんだ。魔道士は精霊さんの人気が全てだ。人気が落ちれば魔力がもらえなくなって、使い物にならなくなる……。ゼロカはあまり魔力がもらえなくなってたから、もう限界だったんだ」


「そっか……」


「引退したら宿屋をやりたいって言ってたよ。街道沿いに小さな宿屋を作って、故郷の料理を出したいってね。そして――その宿をおれにも手伝って欲しいって言うんだよ。冒険者を引退して手伝えってさ。結婚は断るくせにね。何なんだろ、ホント分からないよ……」


 ヴァルヴィンさんは難解な問題に突き当たったみたいに、首をひねっている。


 私はゼロカさんの顔を眺めた。


 炎に照らされる顔色は、相変わらず悪い。


 でも、額に汗をかいている。


 ヴァルヴィンさんから借りていたハンカチで額を拭った。


 体温が上がってきたようだった。ゼロカさんは蜘蛛の毒と必死に戦っているのだ。


「私、分かった」


「……?」


「ゼロカさんが何で結婚断ったのか分かった」


「本当かい……? おれは長年悩んだんだけど……。え、本当かい?」


 ヴァルヴィンさんは面食らった顔をして、身を乗り出してきた。


「ゼロカさんは私の好きな小説読んでるから、合ってると思う。冒険者が結婚の話すると、いつも、その……最悪のことが起きる」


「最悪のこと……?」


「そう、


 死という言葉は、今は使いたくなかった。


 小説の中で結婚の話をした人が死ぬのはジンクスだった。「この戦いが終わったら結婚するんだ」とか言った人は必ず死んでしまう。


「……!」


 ヴァルヴィンさんは察したようだった。


「私が読んだ本だけじゃなくて、ずっと昔のお話から続いてるジンクスなんだって。そう書いてあった」


「忌み避けか……」


「ゼロカさんはヴァルヴィンさんのことが本当に大事だから断ってたんだと思う。悪いことが起きて欲しくないから」


「そうか、そういうことか……。ゼロカッ……!!」


 ヴァルヴィンさんは絞り出すような声で言った。


 ゼロカさんの手を取り、ぎゅっと目をつぶる。炎が照らすその横顔には、涙が光っていた。




 *****




 ――私が11歳の時の話はこれで終わりなんだ。


 この出会いを切っ掛けに、私は村を出て、魔法学園で勉強して、魔道士稼業の道へ進んだ。


 今ではかつての彼らのように、冒険者となって魔物討伐に明け暮れる毎日だ。


 人生は浮いたり沈んだり忙しいものだ。川を流れる木の葉のように、くるくる揉まれるだけ……。


 今日も私は厄介な依頼書を握って、北方へ遠征中だ。




 私が北へ行くとき、いつも立ち寄る場所がある。


 小さな町の、石畳のある路地をちょっと奥に入ったところ。


 白壁に青い屋根の、暖かな明かりが灯る建物がある。


 ドアの向こうからは、酔い客の笑い声が聞こえる。


 木を削り出した看板には、こう書いてある。


『雷の英雄亭』――。


 いささか気恥ずかしいが、この屋号は私をイメージしているらしい。


 ここはヴァルヴィンさんとゼロカさんが、夫婦で営んでいる宿屋なのだ。


 懐かしい笑顔とおいしい料理がある、心安まる場所だ。






††† あとがき †††††††††††††††††††


 私の話を読んでくれてありがとう。


 ちょっとでも気に入ってもらえたら、

 

 フォロー、★評価、ハートの応援ボタン、なんでもいい、押してみて欲しい。


 そうすると、私のもとに投げ魔力スパチャリオンが届く。


 溜まった魔力は、私が次の冒険へ向かうための力になる。


 いったんここで11才の話は終わりなんだけど、続きを書いてみたい気もする。


 フォローしておいてもらうと、再開の時にお知らせが行くので、ぜひお願いしたい――。 


(★を押す用のページ)

 https://kakuyomu.jp/works/16817139556809362097/reviews



††††††††††††††††††††††††††††

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