zero-7話 魔道士チエリー



「私は親に売られたんだ――」


 私は、先程二人に響いた話を繰り返した。


『なんと?』『口減らしか?』『哀れなり』


 精霊たちが反応する。事実なのが辛いけど、私は自分の不幸と魔力を交換するつもりで話し続ける。


「パパとママは酒代と引き換えに、私を売ったんだ。私は村の大人たちのひまつぶしのおもちゃにされてきた。私はバカだからずっとそれに気付かなかった!」


『ひどい!』『人の世の理不尽よ』『可哀想……!』『人外の所業なり……!』


 多少誤解している精霊さんもいるかもしれないが、時間がないので訂正はしない。パパとママが悪人なのは変わらないしね。


「ようやく目が覚めた私は、村を飛び出した。全員が私を騙していた。こんな世界終わってると思った。もう魔物に食べられて死んでもいいやって思って、泣きながら走った」


 私は話しているうちに孤独な気持ちがよみがえり、涙がこぼれてきてしまう。


『不憫すぎる!』『誰も味方がいないのか……』『涙!』


「そして私は巨大蜘蛛に襲われた……。そのまま死んでしまって楽になろうと思った。それを助けてくれたのが、ヴァルヴィンさんとゼロカさんだった」


『それが出会いか』『危なかったのね!』『把握!』『今来た!』『我も今来た!』


 新しい精霊さんも来てくれている。ぐしぐしと涙を拭いながら話を続ける。


「二人は、世の中そんなに酷くないって教えてくれた。私を騙さない村もあるって聞いた。そしてゼロカさんは、私の好きな小説を好きだって言ってくれたよ。そんな人初めて会った。その、ゼロカさんが……!」


 私は首もとの精霊石を、横たわるゼロカさんに向ける。


「蜘蛛の毒で、意識がないっ! 毒消しの薬は森の外にしかないんだ。でも私たちは、この森を抜け出す力がない!」


『ゼロカが……!』『何ということ!』『やられてたのか!』『ゼロカがやられてるっ!』『ゼロカ!』


 そして私は背筋を伸ばし、精霊石に森の中を映すように身体の向きをを変えていく。


 右、左、そして背後に迫る巨大女王蜘蛛クイーンに向け――。


「精霊さん、見えるだろうか? 蜘蛛の魔物は強い。ステータスの数値が私たちと桁違いだ。とてつもなく、強い……」


 私は息を吸う。祈りとともに、強い気持ちを込めて、最後の言葉を――。


「どうか精霊さん、力を……ゼロカさんを救う力を! この森を抜け出す力を! 私にッ! 与えてくれえええええええ――――――――――ッッ!!」


 静寂――。


 そして明滅。


 精霊石は激しく瞬き、共鳴音を鳴らす。


 チチチチィ――!


 私の瞳に、メッセージの奔流が飛び込んでくる。 


『支援! 魔力:+1,000』『支援! 魔力:+1,500』『支援! 魔力:+1,000』『支援! 魔力:+2,000』『支援! 魔力:+2,500』『ゼロカを救え! 魔力:+3,000』『チエリーに力を! 魔力:+4,500』『がんばれ! 魔力:+4,000』『この力を使って! 魔力:+5,000』『ゼロカ! 魔力:+3,000』『行け! 魔力:+5,000』『戦え! 魔力:+5,500』『拡散! 魔力:+5000』『イイネ! 魔力:+6,000』『支援! 魔力:+5,000』『善き哉! 魔力:+6,000』『支援支援支援!! 魔力:+7,000』


 添えられた数字は、精霊さんが与えてくれた投げ魔力スパチャリオンだ。


 私のステータスが、跳ね上がるように書き換わっていく。


『チエリー・パンス

 魔力:67,170

 生命力:80』


 私の魔力は170から、67,170へと上昇した。


 ヴァルヴィンさんが力強いまなざしで私のことを見つめている。


「魔力は?」


 簡潔に聞いてくる。


「67,170」


 その言葉にヴァルヴィンさんはうなずいた。行ける……ということらしい。


 ズウウウウウウウウウウウウゥゥゥン……。


 巨大女王蜘蛛クイーンはますます近づいてくる。今やその振動は地を揺らし、直接私の身体に響くほどになっていた。


 もう夜空の星は見えない。星空を全て遮るほどの距離で、巨大女王蜘蛛クイーンの巨体が森の上を覆っていた。


「小説で好きな魔法は?」


 ヴァルヴィンさんが問う。


「私は……雷の魔法が好き」


「想像するんだ、その魔法の光景を。そして練り上げるんだ、イメージだ、全てはイメージなんだ」


 私は想像した。小説で何十回も読んで、干し草小屋で想像した、雷の魔法を。


 豪雨の麦畑に落ちる雷の、何百倍もの光。それが、巨大女王蜘蛛クイーンを貫くところを想像した。


 ヴァルヴィンさんはゼロカさんの杖を拾い上げ、私に握らせる。その杖は先端が幾何学的で、魔術的な形をしていた。


 私の手を支え、杖を巨大女王蜘蛛クイーンに向けた。


「唱えるんだ、極大雷撃噴出呪文ジャイガンティック・サンダー・ベルチと」


 私は呪文を詠唱した。


極大雷撃噴出呪文ジャイガンティック・サンダー・ベルチッッ!!」


 ガガン! ガッ!


 最初は、雷の音だった。すぐそばに雷が落ちたような、金属が破裂したような轟音。


 ドガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッ!!!


 雷の束で出来た光柱がそそり立ち、真下から巨大女王蜘蛛クイーンを貫いた。


 ガガガガガガガガガガガガガガガガガガッッ!!


 バリッ! バリバリィッ!!


 ドガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガッッッ!!!


 雷撃は天に到達する。天と地の狭間で雷撃に串刺しにされ、巨大女王蜘蛛クイーンは青白く放電し、火花を散らしていた。


 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ………。


 炸裂――。落雷を受けた大木が裂けるように、巨大女王蜘蛛クイーンの巨躯が燃えながら二つに割れ、崩れていく。


 そして追撃の雷が発生した。


 細く小さな雷が、森のそこかしこで私たちを囲むように噴き上がる。


 その雷光の中には、貫かれる子蜘蛛の影があった。


 極大雷撃噴出呪文ジャイガンティック・サンダー・ベルチは、全ての脅威を一度に攻撃したのだ。


 ドズゥン……。ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ………。


 自分が生み出した力の凄さに、私の手は震えていた。


 巨大女王蜘蛛クイーンが崩壊する地響きの中、私は魔道士の杖を握りしめ続けていた。



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