エピソード0 11才の配信者
zero-1話★ 村の中心で闇を叫ぶ少女
(イラスト:少女時代のチエリーさん)
https://kakuyomu.jp/users/fuwafuwaso/news/16817330651384114794
私の名はチエリー・ヴァニライズ(女、20才)。
心に闇を持つ魔道士だ。
どんな闇を持っているかって?
魔物に同胞を皆殺しにされ、復讐の暗い情念に燃えている? あるいは左目に魔物を飼っていて、油断すると魔物が騒ぎ出し、人格を乗っ取られる? またあるいは父親が魔物で、定期的に血をすすらないと正気を保てない?
そんな闇だったら格好いいよね。背筋を伸ばして往来を歩ける気がする。
でも私の闇はちょっと違うんだ。
もう少し羞恥と若気の至りに満ちた、背中に汗をかくタイプの闇なんだ。
私はそのせいで故郷の村を追放され、名前すら捨てた。
チエリー・ヴァニライズっていうのは偽名なんだ。
ちょっとだけ私のぼやきを聞いてくれるかい……?
それは私がまだ11才だった頃の話だ。
私は田舎のちっぽけな農村で生まれ育った。麦を育て、牛の乳搾りをするだけの退屈な毎日。そんな私の唯一の楽しみが、王都から行商人が持ってくる小説だ。
『すみれ物語』
『小さな貴婦人さん』
『野ねずみのおうち』
そのような心温まるタイトルの本が私の本棚には並んでいた。
ここではないどこかを教えてくれる小説は、私の心を小さな村から解放し、夢の翼を与えてくれたものだった。
そしてある日。
とてつもない衝撃的小説が、私の本棚にやってくる。いや、あまりに衝撃的で肌身離さず読み過ぎて、本棚に並ぶ暇もなかったかも知れない。
それは『前世持ちの転生者』の話だった。
今でこそ類似作が溢れているが、当時は前代未聞の革命的作品、王国中の少年少女の心を揺さぶってやまない、大ベストセラー小説だった。
その悪影響も王国中に走っていた。
小説を読んだ少年少女たちは、王国中で転生者を名乗り始めたのだ。
もちろん私も名乗ったさ。村人たちに前世の話を言いふらしたさぁ……。
その結果、どうなったかって?
「チエリーちゃん、いるかい?」
近所のおじさんがやってきて、読書中の私に声をかけてきた。その日私は干し草小屋の干し草に寝転んで、何十回目か知らない『前世持ちの転生者』の読書にふけっていたところだった。
「ふぅ~~……」
私は深いため息をついた。
憂鬱そうに、けだるそうに。顔を隠すように前髪を引っ張って、その隙間から、うつむき加減におじさんを見やる。
「おっとごめんよ、読書中だったかい? すまないけど、またアレ、頼めるかな? みんなチエリーちゃんのこと待ってるんだ」
「やむをえまいなぁ……」
私はまたため息を吐き、言った。
それはおかしな言葉遣いだったが、小説の文語的表現にだいぶかぶれた末の末路だった。
「来てくれるかい? 村長さんの家でみんな待ってるんだよ」
「やむをえまいから、
私はボソボソと答え、ゆらりと立ち上がった。
小説の転生者に影響され、闇を背負ったようなけだるい立ち居振る舞いこそがかっこいいと、当時の私は思っていたのだ。
「ありがとう! チエリーちゃんの前世の話、おじさん楽しみで仕方がないよ!」
近所のおじさんはそう言って、いそいそと歩き出す。
そう――。
私は小説の内容にかぶれるあまり、大嘘つきになっていた。
「こうだったらいいな」という妄想を、「こうなんだよ」と、確定的事実として話してしまう、ロマンチック虚言癖状態だった。
だが村人は誰も、それを私の妄想だとは思っていない。
私が本当に前世持ちの転生者だと思って、畏敬に満ちた視線で聞いてくれるのだ。
純朴な田舎の村ならではの現象だろうか。
私はその反応に甘えてしまい、次から次へと前世の話をして気持ちよくなっていた。
こないだはどこまで話したっけ?
確か……。ゴキブリ型の魔物――『ベルゼブリ』を討伐したところだったな。
「「「チエリーちゃーん!」」」
村のおじさんやおばさんたちが、村長さんの家の戸口から私を手招きしている。早く話が聞きたくてしょうがないって感じだ。
「いま、そこへ
私はもったいぶったようにつぶやき、前髪で顔を隠し、猫背で歩いて行った。
村長さんの家には、食卓を囲むようにして十人以上の村人がいた。私は手ぐしで前髪を引っ張っていたので、あまりよく見えなかった。
「おじさんに呼ばれたから来たさ……。やむをえまいからねぇ……」
私はそう言ってから口をつぐみ、皆の注意を引きつけた。
「「「「…………」」」」
皆、固唾を呑んで私の話を待っている。
私はぼそぼそと話を始めた。導入はいつも文学的だ。
「夜気をたっぷりと含んだ風が、私の頬を優しく撫でていた……」
「焼き? 何を焼くんだ?」「誰に撫でられたんだい?」「変質者かい?」
村人たちがどっと質問をしてくる。
「焼きではない、夜の気と書いて夜気だ――。そして変質者ではなく、風が頬に当たっていたという意味だ――」
「はぁ~~チエリーちゃんは博識だね!」「難しいこと知ってる!」「賢いなあ!」
村人は無邪気な合いの手をやんやと入れてくる。
私は雰囲気を作ろうとしているのだが、なかなか捗らない。
小説をたしなむような文化的人間は、この村には一人もいないのだ。
まあ、そのおかげで私の妄想話が受け入れられているので、悪くはないけどね。
「そして私は夜気をたっぷりと含んだ風の中を……私は……私は……うっ」
私はうなだれて額に手を当て、呻く。
「どうしたんだい?」「大丈夫か、チエリーちゃん?」「いや、アレが来たんじゃないか?」「来たのかアレが!?」
「うっ、うっ……」
私は呻きながら顔を上げ、人が変わったように明るい口調になる。
「アタイはさぁ……! 夜気の中を歩いてたってわけよォ!」
私の前世の一人称はアタイだった。ちょっと古風な跳ねっ返り娘という設定だからね。
「おおっ、来たぞアタイが!」「本格的に入ったな!」「くすくすっ」
村人たちの驚嘆の声。
くすくす笑いが混じるのが若干気になるが、人はあまりに驚いたときに笑ってごまかすと小説で学んだので、そういうものだと受け止めていた。
「アタイはよォ、ベルゼブリを討伐してよぉ、次のお城に行ったんだよぉ~~!」
「なるほどなるほど」「お城に行ったのか」「何てお城なんだい?」
村人は興味津々で尋ねてくる。
私は一瞬考えて、お城の名前をひねり出した。
「ヴァヴュヴュシュッシュシェンヴァルグ城」
前世の設定は全てが完璧じゃないからね。時には即興で発想する場合もある。唇を噛む系の発音を入れると格好よくなるので、ヴを沢山入れた城の名前にした。
「なんて?」「長っ」「もう一回言って?」
私は既にお城の名前を忘れていた。だから再び即興でひねり出す。
「ギャリィ・ヴァミュヴァミュ城」
「ほおおおお……」「くすくすっ」
村人の感嘆。そして、驚きをごまかす笑い。
無垢なる質問も飛んでくる。
「一回目と二回目でなんか違くない?」
うむ。痛いところを突かれたが、アタイはうろたえない。
「ハハハッ、そうかもしれないねぇ……!」
「どうして違うんだい?」
私は拳を振り上げて、
ドンッッッ!!
テーブルを叩いた。
「黙れ……」
そう言って、押し切った。
村人が唾を飲む音が聞こえた。
「なら……仕方がないな」「うん、仕方ない」「そうだな……」「それより話の先が気になる!」「ギャビィ・バムバム城からどうしたんだい?」「あんた、噛んでるぞ」「ガミー・ガムガム城」「もっと酷くなってる!」「「「ハハハハハ!」」」
村長さんの家には温かな笑顔と笑いが満ちていた。
村人たちは私の話の虜だった。
それはさながら甘い蜜に群がる蝶々の群れ。この村は、私という花を中心にして動いているのかもしれない――。そんな万能感までが、私の心に湧いていた――。
だが、世界の終焉は唐突に訪れる――。
「くすくすっ! ばっかじゃねーの!」
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