第47話 エミリーとの初対面

 己の可愛さとあざとい仕草を学習したハルトは無敵にも等しい状態になっていた。

 村の女性たちからの指導の賜物とでもいうべきか、根拠のない自信と自己肯定感に満ち溢れ、それが彼女に大胆な仕草を繰り出させていた。



 自信をつけたハルトはエミリーの拠点となっている村へと足を運ぶようになった。


 「へぇー、お兄さん隣村からこっちに来たの?」

 「う、うん……」

 「どうしてぇ?」


 物陰でハルトは若い男に詰め寄っていた。彼は元々エミリーの村の住民ではなく、ハルトが滞在している村から移り住んできた者であった。


 「エ、エミリーちゃんに誘われてつい」

 「じゃあ俺とエミリー、どっちが可愛い?」


 ハルトは男とべったり密着し、真下から見上げるように視線を送りながら尋ねた。密着しての上目遣いは彼女の常套手段である。小柄な体躯になったことをこれほどまでにありがたく感じたことはなかった。


 「ハ、ハルトちゃん。いや、でもやっぱりエミリーちゃん……」

 「えぇー。でもアンタ、エミリーとこんな距離で一対一で話したことある?」


 ハルトは蠱惑的な目で男を見つめながら誘うような口ぶりを見せた。言われた通り、男はエミリーとこんな距離で話したことはなかった。


 「ねえねえ。あっちの村に戻る気はない?」


 ここでハルトは本題を切り出した。彼女の看板娘としての使命はエミリーによって移ってしまった人たちを呼び戻すことである。あわよくばそれ以上の人を呼び込むつもりであった。


 「えぇ、でも村長怒らないかなぁ」

 「怒るわけないじゃん。むしろ帰ってくるのをみんな待ってる」


 ハルトはさらにグイグイと押し込んでいく。こうなればもう目標は目前であった。


 「ねえねえ。俺の耳、触ってみたくない?」


 ここでハルトは決めの一手に出た。幼いころから崇拝してきた狐の化身ともいえる少女が目の前にいる。そんな彼女が自分を触れることを自ら認めているというのはかなりの僥倖である。それが男の心を大きく揺れ動かした。


 「本当にいいんですか?」

 「うーん……村に戻ってきてくれたら考えてあげる」

 「戻ります」


 こうしてハルトあざとい仕草で愛嬌を振りまいてエミリーの村の男たちを次々と虜にしていった。     

 大勢の前での立ち回りではエミリーに勝てない、よってハルトが打ち出した策は一対一に狙いを絞って各個を落としていくことであった。鋭い聴覚を活かして人気が少ないところを探り出し、そこを狙って声をかける。そうすれば一対一なら確実に落とすことができた。


 ハルトの呼び込みの効果は着々と出てきていた。

 エミリーに心奪われて村を出ていった男たちが一人、また一人と戻ってくるという報せが届き始めた。村長や村の女性たちは大いにそれを喜んだ。


 ハルトの看板娘としての活動が順風満帆に進んでいたある日のことであった。彼女が活動を休んでオフを満喫していると何やら外が騒がしくなっていた。聞き耳を立てて様子を探ったハルトはその情報に大いに驚かされた。


 「エミリーがこっちに来てる!?」


 そう、隣村の看板娘であるエミリーがこちらに赴いてきたのである。しかも自分のことを探しているようであった。理由はわからないがハルトはエミリーに会いに行くことにした。


 探せばエミリーはあっさりと見つかった。村人たちの視線の先を追えばそこには黒髪の少女の姿があった。猫の耳と尻尾はつけていないし、煌びやかな装いもしていない。至って等身大の姿であった。


 「アンタがエミリーっていうのか?」


 ハルトはエミリーに声をかけた。エミリーはその呼び声に反応してハルトの方へと振り向いた。この村の看板娘と隣村の看板娘が等身大の姿での邂逅を果たした瞬間である。 

 エミリーはハルトの姿を見るなり駆け足で接近した。


 「貴方ね。私の村に忍び込んで男を誑かしてるっていう狐は」

 

 接近して早々エミリーの口から飛び出したのは不本意な評価であった。口ぶりからして彼女は立腹なようであった。


 「心外だなー。誑かしてるだなんて」


 ハルトは多少あざとく言葉を返した。無論彼女も男を誑かしているつもりなど微塵もなかった。

 そんな彼女の様子をエミリーはじっくりと見回していた。


 「それはそうと貴方、日頃から耳と尻尾を付けてるのね」


 エミリーはハルトの耳と尻尾にまじまじと注目していた。彼女の眼には飾りに見えているようであった。


 「これが飾りに見えるのか?」

 「ええ、人間に動物の耳と尻尾が付いてるわけないもの」

 「って思うじゃん?」


 そう言うとハルトは自分の髪をかき分けて側頭部をエミリーに見せつけた。


 「……えっ?」


 エミリーはハルトの側頭部を見て目を疑った。そこにあるはずの『人間の耳』がハルトにはなかったのである。人間の耳がないとなれば今目の前にいる少女についている狐の耳は飾りではなく本物ということに他ならない。

 

 「ちょっと触ってみてもいい?」

 「どうぞ」


 ハルトに促されるままにエミリーはハルトの耳に触れた。指に伝わる肉感的な手触りからハルトの耳が本物であることを確信させられた。


 「すごい……貴方何者なの」

 「見ての通りのお狐様ですが?」


 ハルトはエミリーの触れている耳をピコピコと動かしながらおちょくるように自己紹介をした。


 「尻尾も触っていい?」

 「それはダメ。尻尾は気を許した相手にしか触らせない主義だからな」


 ハルトはそう言いながら尻尾を左の脇腹に巻き付けるように動かしてそれを左手で抱えるように抑えた。事実、彼女が自分の意思で触れるのを許可したのはこれまで一人だけである。


 「面白いこと言うのね。貴方のことをもっと知りたくなったわ」

 

 意外にもエミリーはハルトに対して興味津々であった。予想外の反応にハルトも思わず目を丸くした。

 


 「教えて頂戴。貴方が何者なのかを」


 ハルトはまさかの形でエミリーにグイグイと迫られるのであった。

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