第46話 尻尾にリボンを
村の女性たちによってハルトが看板娘としての仕草を叩き込まれる日々が何日か過ぎた。ハルトは不本意ながらも教えられた仕草の一つ一つを吸収して自分のものにしていた。
そんな日々を過ごす中、ハルトの中にとある感覚が芽生え始めていた。
「なあ、俺って本当に可愛いのか?」
村の女性たちから常に容姿や仕草を褒められ続けてきた結果、ハルトは自分のことを本当に可愛いのではないかと考えるようになっていた。根拠のない自己肯定感を生み出すことこそが村の女性たちの狙いであった。
「ええ、とっても可愛いですよ」
「えへへ……やっぱりそうなのかな」
ハルトは思考が麻痺していた。こんなことはこれまで真面目に考えたことなどなかったのに気が付けばそればかりが頭の中を埋め尽くしていた。
「ハルト様。看板娘としての新しい衣装ができました」
ハルトを囲んでいた女性の一人が新しい衣装の完成を報告した。
「ちゃんと尻尾出したまま着れるんだろうな?」
「もちろんです」
衣装の作成にあたってハルトは様々な細かいリクエストをしていた。スカートに尻尾を通せる切れ込みを作る、丈は最低でも膝まで、過度にヒラヒラした装飾はつけないなどなど、要望は多岐に渡った。そのすべてに答えた衣装を作り上げたのである。
その言葉を信じ、ハルトは村の女性たちに手ほどきを受けながら新しい衣装に袖を通した。
「ど、どうだ?」
新たな衣装に身を包んだハルトはモジモジしながら感想を求めた。要望通りのものとはいえ、やはり履きなれないスカートの着用には多少の違和感があった。しかし無理やり着させられたときとは違って尻尾を出したままでいられるのは快適であった。
「可愛いです」
「ええ、それはそれはとても」
女性たちは思考を放棄して拍手をしながらハルトを称賛した。その中でただ一人、ハルトの傍で面倒を見ていた女性=セラだけはどこか物足りないような表情をしていた。それに気付いたハルトはすぐにセラの様子を伺いに行った。
「何か変なところでもあったか?」
「あと一押し、なにか目を引くものがもう一押し欲しいのです」
セラはハルトの風貌にさらなる押しの一手を求めていた。今のハルトは申し分のない愛らしさがあった。だがここにもう一つ何かを加えればそれはより確固たるものになるだろうとセラは感じていた。
「目を引くものって、これ以上目立つものがあるか?」
ハルトは自分の格好を見直しながらセラに尋ねた。狐耳に尻尾、淡く明るい黄色をメインにあしらったフワフワの衣装、すでにこれでもかというぐらいに目立つ要素の塊であった。
「後ろです。後ろにも何か着飾りましょう」
そう言うとセラはどこからともなく青色のリボンを取り出した。そしてそれを手にしながらおもむろにハルトの尻尾を掴み、その根元をまさぐった。
「ふあっ!?何するんだ!?」
「ちょっとくすぐったいかもですが我慢してください」
セラはものの数秒でハルトの尻尾の根元に青いリボンを結んだ。ハルトが尻尾を振るとリボンは彼女のお尻の前でヒラヒラと揺れた。
「ハルト様の体形だと胸を強調して視線を集めるのは難しいと思いまして、そうとなればお尻をアピールするのがよいかと」
「悪かったなお子様体形で」
セラは思惑を語った。
女性的な起伏にかなり乏しいハルトの体形では胸を強調しても何も効果はない。どこを売りにするかと言われればお尻しかない。それに関してはハルトも不本意ながら同意せざるを得なかった。
「これ本当に必要か?」
「必要です」
困惑するハルトに対してセラは強く具申した。そこには彼女の『可愛い』に対する並々ならぬ拘りがあった。
「理由はともあれ、やはり目を引くものがあるといいですね」
「ええ、これで見た目はエミリー様にも負けません」
村の女性たちもセラの意見に肯定的であった。もはや彼女たちを止める術などない。
「では早速村の男たちに声をかけてみましょう」
セラは実験と言わんばかりにハルトの手を引いて村の男たちのところへと連れだした。そんな様子を他の女性たちは陰から見守ることにしたのであった。
ハルトはかなり緊張していた。それもそのはず、村の女性たちから男を落とすための仕草を叩き込まれてきたがそれを実践するのは初めてだったからである。自分が元男であるというのもそこに拍車をかけていた。
「大丈夫です。私たちの教えと、自分の可愛さを信じなさい」
セラはそう言うと緊張するハルトの背を押して強引に村の男の前へと出した。いきなりの実践にハルトは頭の中が真っ白になった。どんな風に声をかければいいのかさっぱり思いつかなくなってしまった。
「あ、あの……えっと……」
しどろもどろになったハルトの様子を村の男は不安げに見守る。ハルトは助けを求めてセナにアイコンタクトを送るがセナは物陰に隠れて小さく頷きを返すだけであった。
「ど、どうしたのかな?」
まともな思考回路を失ったハルトはいよいよヤケクソになった。緊張で顔を真っ赤にしながら男の方へと歩み寄り、身体をぴったりとくっつけた。
「俺……可愛いか?」
ハルトは顔を上げて男の目を見ながら尋ねた。彼女の体格からくるあまりに見事な上目遣いに男は一瞬で陥落する。
「はい。すごく可愛いです」
男はそう答える以外の言葉が思いつかなかった。ハルトは次第に冷静さを取り戻し始めたがもう引くに引けなくなっていた。
「そう?どれぐらい可愛い?」
ハルトは男に擦り寄り、顔を男の腹に擦りつけて小動物のように甘えるような仕草を見せた。それは彼女が自らの体格が自身の武器であると本能的に理解した瞬間であった。
「一番可愛い。この村のどの娘よりも可愛いよ」
「えへへー。ありがとー」
この一連のやり取りによってハルトは男を落とす技術を会得してしまった。他の誰にも真似できない、自分だけの技である。悲しくもないのになぜか涙が止まらない。
セラはそんな彼女の様子を見て感心を通り越して恐怖すら覚えた。ハルトの中には天性のあざとさが秘められていた。
「なぁ……こんな感じでよかったのか?」
この瞬間、ハルトは男であることを完全に捨て去ることとなったのであった。
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