第41話 幕間:香水の効き目
騒動終息から数日後、ハルトはレジスタンスたちへの返礼として彼らの持つ店の売り子の手伝いをしていた。
愛らしい容姿のハルトが売り子をしているということもあってその日は大繁盛であった。
「うあぁ……あんまりベタベタ触らないでくれよ……」
ハルトはかなりの頻度で来客からのスキンシップを受けていた。大人たちからは頭と耳を撫でられ、子供たちからは尻尾を触られるといった有様であった。しかし売り子という立場の都合上ハルトは強く反発することはできなかった。
しかし売り子としての手伝いでハルトに及んだ影響は決して悪いものばかりではなかった。先日の功績を知る元レジスタンスからの差し入れや売り子として働くハルトへの労いの品などが贈られたのだ。
夕刻、日が沈みかけたところでその日の仕事は終わった。店が閉じるとハルトは大きなため息をつきながらくたびれたようにぐったりと腰を下ろした。
「はぁー、疲れた……」
「お疲れ様。今日はありがとうねぇ」
土産屋の店主はすっかり伸び上がっているハルトに労いの言葉をかけた。それと同時に仕事中に受け取ったハルトへの差し入れを次々と彼女の手元へと持ってくる。
「全部君宛だよ」
「えー……今見てる余裕ない……」
ハルトは荒れた毛並みを整えるのに気を取られていて差し入れを確認している場合ではなかった。彼女の耳と尻尾は触れた人の手癖がついて毛が跳ねまくっており、そのまま外を出歩けるような状態ではなくなっていた。それに彼女の耳と尻尾の手入れは時間のかかるものであった。
「そう。じゃあ僕が確認してあげるね」
土産屋の店主はハルトに代わって差し入れの品を確認し始めた。そこには特産の茶葉やお菓子、花をあしらった髪飾りなど様々なラインナップがあった。
「なかなかいいものをもらってるじゃないか。香水まで入ってるよ」
店主が土産物の中に香水が入っていることを確認するとハルトはそれに反応にして顔を向けた。
「何色の香水が入ってたんだ?」
「赤、黄色、白、青……この町で扱ってるものが一通り入ってるね」
「よくそんなお金出せたな……」
香水は土産物の中でも一際高価なものである。それは実際に購入したハルト自身も理解していた。それを四本も差し入れられたことにハルトは喜びと不安を覚えた。
「ところで香水って色で効き目が違うんだったよな」
「よく知ってるね」
「ここに来た初日に買ったからな。青いのは知ってるんだがそれ以外はどういう効き目があるんだ?」
ハルトは青い香水の効力は知っていたがそれ以外の色の香水の効力を知らなかった。何もなく落ち着いている今はそれを知るいい機会であった。
「まずは赤から。赤い香水の香りには気分を高揚させる効果がある。体力仕事の前や眠気覚ましに使うっていう人が多いね」
「青いのとは真逆ってわけか」
「概ねその認識で間違いないかな」
赤い香水の効果は『高揚感の獲得』、青い香水とは逆の効果であった。応用も利かせやすいだろうとハルトは想像を掻き立てた。
「黄色は主に食欲の増加だね。病気で食欲が無くなってる人に栄養をつけさせるための補助として使うことがあるよ」
「薬みたいだな」
「そうかもね。たまに食べ歩きをする人が買っていくなんてこともあるらしいけど」
黄色の効果は『食欲の増加』。食欲が人並にある今のハルトにはしばらく縁がなく、効果が限定的故に応用も利かせづらかった。
「白は……」
「白は?」
白い香水の効力の説明になぜか店主は言葉を詰まらせた。そんなに説明しづらいようなことなのだろうかとハルトは首を傾げた。
「白はね……媚薬なんだ」
「び、媚薬!?」
「カップルで訪れたカップルや新婚の夫婦には人気があるんだけど一人で使うことはまずないんだよね」
それを聞いたハルトは想像を膨らませて一気に顔が赤くなった。肉体的には少女だが精神的には思春期を迎えた少年そのものな彼女は性的なことに関してはとても初心であった。
「こ、これを送ったやつは何を考えてるんだよ!?」
ハルトはかなり動揺していた。外見だけ見れば年端もいかない少女に対して送り主が何を考えているのか想像もつかなかった。
整えたばかりの尻尾の毛がゾワゾワと浮き立ち、上下に激しく揺れる。
「君にはまだ早いだろうね。よければ家で買い取ってあげるよ」
「そうしてくれ。これは俺には必要ない」
ハルトはあっさりと白い香水を土産屋の店主に売り渡した。間違いなく使い道がないものを自分が持ち続ける理由などどこにもなかった。無用の長物を売り渡すことで次の旅の費用の足しになればそれに越したことはなかった。
「俺って女……なんだよな?」
その夜、宿泊先の宿にてハルトは自身の性別がどちらなのかを考えて心をざわつかせた。そして夜の営みを想像した彼女は再び顔を赤くするのであった。
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