第40話 花畑と青空
ハルトたちレジスタンスがベロニカから花畑の運営から手を引くことを誓う同意書を勝ち取ってから数日。抗争のなくなったブルームバレーでは平和な時が流れていた。
花畑は地主との協議の末に地主と市民とが一体となって運営管理されることになり、それによって目標であった入場料の大幅な緩和が実現した。ようやく『町の花畑』が戻って来たのだ。
ブルームバレーを訪れて数十日、ハルトは入場料を払ってついに念願の花畑へと足を踏み入れた。
「おぉー!これがブルームバレーの花畑か!」
ハルトは目の前に広がる圧巻の光景に感極まっていた。
周囲一帯には完璧な手入れを受けた花が延々と咲き誇り、宝石のような煌きで大地を照らし出していた。これまで自然の景色をあまり見ずに育ったハルトにはそれが今まで見たどんなものよりも輝いて見えた。
煌く花の中でも特に目を引かれたのは青い花であった。それはヤグルマが作り、この地で育てたものであった。
「綺麗でしょう。今の時期は青い花が特に綺麗に咲きましてね。ヤグルマさんは毎年ここを訪れてたんですよ」
いつの間にかやってきていた花畑の地主がハルトの隣に並び立って語った。これをブルームバレーの花畑以外でも見られることを夢見ていたのだろう。しかしそれも叶わぬものとなってしまった。
「でもヤグルマはもういない……」
「会えますよ。ついてきてください」
地主はハルトの手を引いてどこかへと案内していった。ハルトが手を引かれて連れていかれた先には石碑が一つ立てられていた。無数の青い花が添えられたその石碑には文字が刻まれていた。
「花畑を愛し、花畑のために戦い散った男の魂、ここに眠る……」
その石碑はヤグルマの墓標であった。彼の訃報を受けた地主がせめてもの弔いとしてそこに石碑を立てたのだ。
「せめて彼の愛した花畑をずっと見ていられるようにって思ってね。私からできることはこれぐらいしかない」
ハルトは片膝をついてヤグルマを偲んだ。彼の生きている姿をここで見ることはもう二度とない。
あの時自分が暗殺者の気配を感じ取れていれば、もっと精神的に成熟できていれば、もっと回復魔法に秀でていれば。ヤグルマを助けられた可能性を考えるたびにいろいろとやり切れない思いが溢れた。
「すまない……俺が力不足で……」
ハルトは後悔の念に駆られて涙をこぼした。それを見た地主はハルトと同じように片膝をつき、彼女と視点の高さを合わせてその小さな肩に手を置いた。
「君一人が悔やむことではないよ。むしろ君はまだ幼いのによく頑張った」
「でもよ……」
「どんな人間でも決して全能ではない。目の前の人間すべてを救おうとしても、そんなに気を張っていれば先に自分が壊れる」
地主は遠回しな言葉でハルトに労いをかけた。ハルトの言葉はすべて結果論であり、キリのないことであった。
「後ろを見てごらん」
そう言うと地主はハルトを抱え上げて墓標の後ろを見せた。
ハルトの眼前には青い花が一面に咲き誇っていた。それはまるでヤグルマの魂がそこに根付いているかのようであった。
「彼はここでずっと生きている。彼の作った青い花と一緒にね」
その一言にハルトは救われたような気持ちになった。ヤグルマは死んだ。しかし彼の作った花は綺麗に咲いている、そしてこれからもこの地でずっと咲き続ける。彼が生きていた証がそこにはあった。
「見たところ君は旅人だろう。次の行き先は決まっているのかい?」
「何も決めてないな。ここに来てからそんなこと考えてる暇なかったし」
「そうかい。ならいいところがある」
地主は次の行き先をハルトに提案した。
「どこだ?」
「プル・ソルシエール。魔法石が最初に落ちてきたと言われる魔法使い所縁の地だ」
『プル・ソルシエール』ハルトはその地名を知っていた。学校に在籍していた頃に授業で聞いたことがあったのだ。かつてはそこに行くことなど夢のまた夢であったが今なら自由にそこを目指すことができる。
「行ってみるか。プル・ソルシエールに」
ハルトの次の行き先が決まった。目的は何も決めていない行き当たりばったりである。むしろそれも旅の醍醐味とすら思えてきた。
ハルトは念願かなってブルームバレーの花畑を見ることができた。
一人の男が眠る土の上には彼の作った青い花が晴れた空の鏡写しのようにどこまでも咲き誇っていたのであった。
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