第38話 夢の報せ
ブルームバレーの町は花畑を庶民に開放するという大義名分を忘れ、ヤグルマの無念を晴らすために復讐に走るハルトとその彼女への逆恨みに燃えるベロニカとの戦いの舞台と化していた。
ハルトの魔法と銃を使った圧倒的な武力とベロニカの財力と人脈に物を言わせた物量戦の応酬が続き、どちらも一切譲らない攻防を見せた。
しかし情勢は少しずつハルトたちの方へと傾き始めていた。はじめはベロニカの権力と財力に恐れをなして日和見をしていたレジスタンスたちが一人戦うハルトの姿に奮い立たされ、一人また一人と戻って来たのである。
庶民たちにも開放されたヤグルマの屋敷を拠点とし、レジスタンスは一致団結してベロニカ陣営との総力戦に打って出た。
その夜、眠っているハルトは夢を見ていた。その夢の中にはヤグルマの姿があった。
「ハルトちゃん。私の言うことを聞いてくれるかな」
「なんだ?」
「すぐにこの夢から覚めるんだ。すぐそばに君を狙っている者がいる」
ハルトの夢の中に現れたヤグルマはハルトにそう警告した。突然のことでハルトは理解が追い付かなかった。
「おい、どういうことだよ?なあ、どこに行くんだよ!?」
呼び止めようとするハルトの声に耳を傾けることもなく、ヤグルマはハルトに背を向けて徐々に透明化して姿を消してしまった。
そしてそれを見届けたハルトの意識は遠のき、夢から覚めていくのであった。
「……?」
真夜中に眠りから覚めたハルトはすぐさま不穏な気配を感じ取った。その正体はきっと夢の中でヤグルマが言っていた自分を狙っている者だろうとハルトは推測した。
すぐに意識を鮮明にし、耳をクルクルと動かしてその気配がどこから近づいているのかを探った。
「ッ!?」
殺気が鋭くなったのを本能的に感じ取ったハルトが咄嗟に身を翻すと、自分がいたその場所に一本のナイフが突き刺さった。簡易的な詠唱を行い、周囲を照らすと屋敷の天井からこちらを覗く男の姿があった。ハルトに顔を見られた男はすぐさま逃亡しようと天井裏へと姿を眩ました。
「アイツがヤグルマを……」
眠気を吹っ飛ばし、ハルトの中で復讐の炎が再び激しく燃え上がった。
激情のままに手元に置いてあった銃を手に取り、天井裏を覗く。しかし天井裏は暗く、おまけに狭くてどこにつながっているのかわからない。そんな場所で暗殺者を深追いするのはかえってこちらが危険だとすぐに理解できた。
おまけにここで射撃すれば自らの拠点であるヤグルマ邸が壊れてしまうかもしれないと考えると迂闊に手を出せなかった。しかしここで逃がせばもう追跡の手立てはない。
ハルトはなんとかこの場であの男を捕らえようと思考を巡らせた。
(そうだ。あれを使えばもしかして……)
ふと冷静になったハルトはブルームバレーに来たばかりのころに遊びで作った弾薬のことを思い出した。青い花から抽出したエキスを使った香水を散布するための弾薬である。あの香水の香りを天井裏に充満させればそれを吸った男は沈静して動きが確実に鈍るはずであった。
ハルトは迷う暇なくその弾を装填し、天井裏に上半身を乗り出すと銃の引き金を引いて弾を撃ちだした。撃ちだされた弾は空中で炸裂し、その勢いで霧状になった香水が天井裏に散布される。ほんの数滴で強い効果を発揮する香水の匂いを散布するのだからきっと届くだろう。そう信じてハルトは朝を待つことにした。
(ありがとうヤグルマ、おかげで俺は助かったぞ)
ハルトはヤグルマに感謝した。なぜヤグルマが夢の中に現れたのか、なぜ自分の危機を教えてくれたのかはさっぱりわからなかった。しかしそれで自分が助かったことに変わりはなかった。
翌朝、天井裏に潜伏していた暗殺者は意識を失った状態でレジスタンスたちによって捕縛された。香水の強い香りで意識が沈静化し、そのまま気を失っていたようであった。
「ヤグルマを殺したのはお前だな?」
「……」
ハルトは眉間に無数の皺を寄せて暗殺者へと詰め寄った。彼女の周囲にはレジスタンスたちが複数名で待機しており、反撃などできる状態にない。
しかし暗殺者は何も答えなかった。
「話してくれたら見逃してやってもいいぞ」
強情な暗殺者に対してハルトは銃口を突き付けた。二度にわたって銃の威力を見せられている暗殺者は大人しく観念して白状した。
「ヤグルマを殺ったのは俺だ。ベロニカに金で雇われて仕事を成したまで」
淡々とした物言いにハルトは再三腹を立てたがそれと同時にあることを思いついた。
「今回はいくらで依頼されたんだ?」
「二十万マナだ」
暗殺者は二十万マナでハルト暗殺を請け負ったようであった。自分の命は二十万マナでやり取りされるようなものなのかとショックを受けつつも話を続ける。
「金を上積みしたらこっちについてくれたりしない?」
ハルトは暗殺者に対して寝返りを持ち掛けた。暗殺者のことなど到底許してはいないがヤグルマをいともたやすく殺害し、夢の中での忠告がなければ自分すらも手に欠けていたであろう実力を評価していた。そんな彼女の提案に大人たちは度肝を抜かれた。
「……いくら積む」
意外にも暗殺者も寝返ることについては否定はしなかった。予想通り、金を積めば忠義など簡単に捨てる人間であった。この反応を見たハルトはベロニカへの報復プランを思いついた。
「二十五万でどうだ。全部は払えねえけど代わりにこの屋敷にあるものをなんでも一つ質にしてやる」
ハルトは暗殺者に対し、ベロニカから積まれた額より少し上の額を提示して買収を試みた。それに対する暗殺者の反応は表情から見るに好感触であった。
返事はしないものの、その答えは言わずとも理解できた。
「決まりだな」
暗殺者を仲間に引き入れたハルトは弔い合戦の最後の一手に出るのであった。
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