第6話 新たな衣服に身を包んで

 ループスを連れまわし、ハルトは街へと繰り出した。この姿になってから街に出るのは初めてだ。

 

 「やっぱみんな俺の事見てくるな」

 

 街の人々は皆ハルトの姿に視線を奪われた。誰もがその姿を仮装だと思っていた。しかしハルトの耳と尻尾は正真正銘の本物であった。

 自分の姿を受け入れたとはいえ、周囲の視線を集めることに対してはまだ少なからず苦手意識があった。緊張で耳を伏せる。


 「お前……ふふっ」


 ループスは昨日のお返しと言わんばかりにハルトを笑った。偶然とはいえ、彼は自分が望んだ光景を間近で見ることができて願ったりかなったりであった。


 「なんだよ」

 「なんでもないです」


 ハルトはループスに笑われることが不本意であった。


 「狐さんが歩いてるー!」

 「すごーい!本物かなー?」


 子供たちが数人ほど群れてハルトの元へ駆け寄ってきた。こんな姿そのものが珍しいのだから子供たちの好奇心がそそられるのも当然のことであった。


 「うわっ!なんだお前たち!」

 

 ハルトは突然現れた子供たちに瞬く間にもみくちゃにされた。純粋な身体能力が上がっているとはいえ、体重が軽くなったことで子供にも簡単に押されるようになってしまっていた。

 

 「お姉ちゃんどこから来たのー?」

 「そのお耳と尻尾ってどうなってるのー?」

 「触らせて触らせてー!」


 子供たちに包囲され、ハルトは雪崩のように押し寄せる質問攻めとスキンシップに押しつぶされた。気が付けば質問への返答を待つまでもなく行動が実行に移されていた。


 「んにゃっ!?ちょ……やめっ……!おいループス見てないでなんとかしろ!」


 初めて他人に耳や尻尾を触られてハルトが悶絶する一方、ループスはそれを一歩引いた場所から傍観していた。これこそ彼が望んだ『見た目が原因で苦しめられる姿』そのものであった。

 ループスは悦に浸るべくその場を離れて安全圏から無視を決め込むことにした。


 「あの野郎あとで覚えてろよ……ひゃうっ!?」


 無視を決め込まれたハルトはループスに恨み節をぶつけつつも子供たちのスキンシップの餌食になった。自分の弱点をよりにもよって一番知られたくなかった相手に晒してしまったことが屈辱でならなかった。

 結局、見かねた大人が止めに入るまでハルトは数分に渡って子供たちの玩具にされ続けたのであった。


 「今のお前、『女』じゃなくて『メス』になってるぞ」

 

 ぐったりとして動かないハルトを背負って回収しながらループスは煽りの限りを尽くした。今のハルトは顔が紅潮し、よだれを垂らして全身を痙攣させていた。さながら発情を抑えきれないメスの動物のようであった。


 「お前どうなるかわかってるんだろうな」

 「すみませんでした」


 涙目のハルトに睨みつけられ、背中越しに圧を感じたループスは力関係を思い出して即座に謝罪した。いい気になっていたが一対一ではこちらが絶対的に不利であることをすっかりと忘れてしまっていた。

 

 「ほら着いたぞ。お目当ての服屋だ」


 そう言うとループスはハルトを背から降ろした。初めて訪れる街の服屋を前にハルトはすっかりご機嫌になる。

 

 「んじゃ行ってくるから財布よこせ」


 ハルトはループスから財布を掠め取ると服屋の店内へと足を進めた。

 

 「俺はここで待ってろと?」

 「当たり前だろ。俺がパンツ選んでるところ見て楽しいか?」


 ループスは待ちぼうけさせられることになった。ハルトが新調する衣類の中には下着の類もあり、異性に付き合わせるのは彼女にとって乗り気ではなかった。

 


 店の入り口でループスが待ち続けることおよそ一時間、虚無の待ち時間を終えてようやくハルトが戻って来た。


 「よう、待たせたな」


 彼女はすでに新しい衣服に着替えを終えていた。ノースリーブのシャツに大腿部が露出したローライズのショートパンツとかなり活動的な格好になっていた。シャツの丈は短く、下腹部と腰部がわずかに肌を覗かせる。


 「恥ずかしくないのかその恰好」

 「どこが?」

 「どこがって……そんなに足とか出しちまってよ」

 「しょうがねえだろ、尻尾が邪魔で普通のズボンが履けなかったんだから」


 ハルトはぶっちゃけた。売られていたズボン類は大半が尻尾が引っかかって履くことができず、消去法でローライズのショートパンツになったのだ。


 「ようやく女の子のパンツって奴を履けたぜ。やっぱこっちの方が股が擦れなくていいな」


 嬉々として語るハルトにループスは心底困惑した。ハルトにとって下着事情は大きな問題だったがそんなことはループスにとっては逆にどうでもいいことであった。無関心な話題を出されたときほど会話に困ることはない。

 

 「んじゃ、荷物は任せたぜ。中身は絶対覗くなよ」


 ハルトはそう言いつけると抱えた荷物をすべてループスに押し付け、自身は突風のように走り去っていった。念願の新衣服を手に入れた喜びから彼女の足は宙に浮いているがごとく跳ねる。あまりの速さにループスはなにかを言う間も与えられずぽつんと置き去りにされた。


 「お前の買ったものなんか誰が覗くかっての……」


 押し付けられた荷物を抱え、ハルトの奔放ぶりをぼやきながらループスは彼女を追って一人戻った。道中財布を持ち逃げされたことを思い出し、彼は大きなため息をついたのであった。

 

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