第105話 謝罪と報告
「申し訳ありませんでした」
それ自体に後悔はないし、結果的には無事配信をやり遂げることが出来たので倒れたとしても本望であったことは間違いない。しかし、そんな私のせいで心配や迷惑をかけてしまった人たちへは誠心誠意謝らなくてはいけないのだ。
「こちらも至らない点が多々ございました、申し訳ございません」
そんな私の謝罪を受けて、マリーナからも謝罪の言葉が紡がれる。頭を下げたままなのでその姿を確認することは出来ないが、気配で私と同じ様に頭を下げていることがわかる。
互いに沈黙が続く中、まるで示し合わせたように頭を上げるタイミングは一緒だった。
「ほんとに心配と迷惑かけてしまって……」
「ともかく、ご無事で安心いたしました」
私が再度謝罪の言葉を口にしようとしたところで、それを止めるように緩く首を横に振り言葉を重ねるマリーナ。互いにメッセージでやりとりは交わしていたし謝罪もしあってはいたのだが、これで手打ちにしようということだろう。応接用のソファーを勧められそのまま腰を下ろす。
「では、あの時何が起きたか聞かせていただいてもよろしいですか?」
「わかりました──」
そこからは、あの謎の声。もう一人の黒惟まおの存在だけを隠しそれ以外は包み隠さずに報告した。リーゼや甜狐、リリスとも話は合わせているので確認が行ったとしても大丈夫なはずだ。隠すにしても嘘を付くわけではなく少しだけ曖昧に濁すに留める、あの出来事からして魔族から見ても規格外の事態であったため怪しまれる可能性は低いだろうというのが三人の意見であった。
前日のリーゼお披露目を見てプレッシャーや魔王としての才を目の当たりにしたことで無意識化に魔力を溜め込み身体の奥底にしまい込んでしまっていたこと。それがあの祝福をきっかけに溢れ出たことによって歌い終わった後で一度意識を失ってしまったこと。その後からの記憶については曖昧なところが多いがなんとか配信を無事に終わらせたいという思いだけで動き、なんとかやり遂げたのだがそこが限界だったこと……。
「──なるほど」
一度、そこまで説明したところで静かに私の説明を聞いていたマリーナが頷き独り言のように呟いてこちらに視線を向けてくる。
果たして本当にこれで信じてもらえるだろうかという心配と、自身の事情によってぼかしているとは言え隠し事をしていることがどうしても後ろめたく感じてしまう。
「確かに配信前に確認させて頂いた時にはわたくしも大丈夫であろうと判断しておりましたが……、そういうことであれば納得がいきますわ。お嬢様にはその話は……?」
「えぇ、すべて話しています……。きっかけが情けないですが……」
「誰しも本能というものには勝てませんわ、それにまおさんは本格的に魔族に関わるようになってからまだ日も浅い……お嬢様のあの姿を見てそう思ってしまうのも自然な事でしょう」
とりあえずは信じてもらえそうで安堵する。その上、こちらをフォローしてくれるような言葉までかけてくれるのだから余計に申し訳なく感じてしまうのだが……。
「それに、あの時のまおさんの魔力行使にはわたくしも多少気圧されてしまいましたわ。それほどの事をなさったのです、むしろ一度目覚めて気力のみで配信をやりきったというのはなんともまおさんらしいと思います」
思いもよらないところで自身の配信モンスターぶりが説得力を持たせてくれたようだ……、日頃の行いというのも馬鹿にならないらしい。
「それもうまく繋いでくれたスタッフさんたちのおかげです……ここに来る前に何人かとはお話しましたが皆さん本当に優しくて」
あの日現場にいたすべてのスタッフに会えた訳ではないが、開発ルームに足を運んで頭を下げて回った。あの配信の成功は何よりもスタッフたちによるところが大きい、いつも収録などでも我儘を聞いてもらったり時には意見をぶつけ合ったり、機材の話で意気投合し収録そっちのけで盛り上がったり……そんなスタッフたちは誰も彼も私の謝罪をしっかり受け取りその上で笑い流してくれた。
『なんとかなって良かったですよー』
『それが我々の仕事ですから』
『その分今度の収録ではお手柔らかにお願いしますよ?』
頭を下げる私に向かって投げかけられる言葉はどれも温かいもので泣いてしまいそうになるのを堪えるのが大変だった。
「そうですか」
そんなエピソードをいくつか紹介すると、マリーナもくすっと笑いながら満足気に頷く。
「では今度はわたくしから、配信終了後に何が起こったか報告させて頂きます」
「お願いします」
そこから語られたのは私が再び意識を失った後のこと。甜狐とリリス、リーゼからも断片的に話は聞いているがいくつか気になっている点もあったのでこれでようやく全貌が明かされることになる。
「配信が終わったあとまおさんは再び崩れ落ちるように意識を失ってしまったのですが、控えていた
「それは二人から聞いています」
「先程も申し上げましたがあれほどの魔力行使を行った後です、まおさんが言う通り気力のみでなんとか立っていた状態であることは十分予測できていたのにその備えが出来ていなかったのはわたくし共の落ち度です。お二人には改めて感謝と謝罪をさせていただければと思っております」
「それであの二人に私の事を任せたんですよね?」
「えぇ、結果的にはそうなりましたが……」
ここまでは聞いていた通りだし、甜狐の家で受け取ったマリーナからのメッセージにも記されていたことだ。しかし、マリーナの言い方と様子を見ればそう単純な話ではなさそうである。
「何か問題が?」
「当然ではありますが、あのような事態を防げなかったのはわたくし共に責任があります。そのためにわたくしたちが居るのですから……それがきちんとなされていなければお二人がお怒りになるのも当然です」
「たしかにあの二人もリーゼもそんなような事を言っていましたが……」
「まおさんはあのお二人についてはご存知、ということでよろしいですね?」
「はい」
「ですのであの場では一時的にまおさんの身柄を巡って一種の敵対関係に陥ってしまいました」
驚きがなかったのはそう思う節がいくつかあったからであり半ばある程度の予想はついていた。甜狐の家でのやりとりと、まるでもう二度と共に活動出来ないのではないかと危惧していたようなリーゼの言動。そして何より、あの二人であれば何をおいても私の事を最優先にしてくれるであろうという信頼があるからだ。
「大丈夫だったんですか……?」
もちろん大丈夫だったからこそ、こうして再びマリーナと事務所で話すことができているし甜狐の家でもリーゼの部屋でも無事に過ごすことが出来たのであるが、当時の状況が知りたい。
「お二人が魔族としてわたくし共、特にわたくしに敵意のこもった魔力を向けて来た時点で説得という手段は諦めました。あの場で争うよりもまおさんの安否が一番重要であることは語るまでもないことでしょう。それにその魔力を感知したお嬢様がこちらに向かってくるのも感じておりましたので、そのままお任せすることにしたのです。そしてお二人がまおさんを連れた後お嬢様が到着し事情を説明いたしました」
私の意識がある状態ならまだしも、意識がない状態であればそれが一番いい選択肢だったのであろう。もしリーゼの到着が間に合っていれば更に話は拗れてしまっていたに違いない、リーゼもまたあの二人と同じ様に私の事であれば一歩も譲らない事は想像に難くない。
「そうでしたか……」
「ですので、あの場にいたスタッフたちには我々の正体について不審に思わないように軽く暗示をかけておりますわ。すべての者がこちら側という訳ではございませんから……。基本的には穏便にまおさんの事をお任せしたという認識であるはずです」
どのような手段を使って私を甜狐のお屋敷まで連れて行ったのかはわからないが、それは当然のように普通の人間には出来ないような芸当であったのだろう。さらっとスタッフの中にも魔族がいるという事が明かされたのは以前であれば驚いただろうが、今となってはそれほど驚くことではなくなってしまっている。
「あの、二人のことですけど……全部私を思ってくれての行動なので、悪く思わないでいただければ……」
「存じておりますよ。むしろ、我々のせいで関係に支障をきたしてしまわないか心配していたところです」
「甜狐とリリスにはきちんと配信中の出来事については事情も含めて話してるので……大丈夫だと思います」
今回の事によって、あの二人のliVeKROneという事務所に対する信頼は落ちてしまっているのは間違いないだろう。こればかりは私がいくら言ってもそう簡単には改善しないかもしれない。それでも、マリーナの話を聞く限りほとんどが私のせいであって事務所としての対応は問題なく、事が事だけに正式な連絡という訳にもいかないだろうし私がうまく話を取り持つべきだろう。
「以上になります」
「ありがとうございました、これで私も少し安心できました……」
ようやく私が意識を失っていた間の出来事について整理することが出来た。思ったよりは深刻な状況には陥っていなかったようで安心する。これもうまく立ち回ってくれたマリーナのおかげであろう。
「そうだ……、以前頂いていた魔道具のブレスレットなんですけど、目覚めたときには手元になくて……スタジオに落としてしまっていたりしませんでしたか?」
「あぁ、あのブレスレットですか。今新しいものを用意させていますので少々お待ちいただければ」
話が一段落したところで行方不明になっているブレスレットの事を思い出し訊ねてみるも予想とは違う反応で首を傾げる。もしかして、もう紛失したものとして話が伝わってしまっているのだろうか。
「えっと……、見つかっていないのですか?」
「いえ、それなりに信頼のおけるものを用意いたしましたがあの魔力には耐えられなかったようですわ」
「えっ、壊しちゃったってことです?」
ただでさえ高価そうな上に魔道具という私には価値の計れない一品である。しかもそれなりに信頼のおけるというのだから……マリーナから告げられた言葉は衝撃的であった。
「端的に言えば」
「その……かなり高価なものでしたよね……?」
「あぁ、その点についてはご心配は不要です、道具というものはいつか壊れてしまうものですわ」
「でも……」
「もしも気に病むようでしたら……、数回分の魔力回収にご協力いただければ」
「そんなことならいくらでも」
良かった……それならばいつも石に吸わせた魔力を渡していることだし、対価としてそれでいいのであればうまい落とし所を提案してくれて感謝である。
「次はもう少し強力なものを用意しなければ……、ところでそちらはどちらで?」
「あぁ、これは甜狐とリリスがお守りにって……」
「なるほど、少し見せていただいても?」
「外さないように言われてるのでこのままでよければ」
ブレスレットの話題になったことで私の手首に巻いてあるミサンガが目に入ったのであろう、説明しながらつけている方の手をマリーナに差し出す。
「これは……っ、なるほど確かにお守りですね」
差し出された手首に顔を寄せ、マリーナが指先でミサンガに触れようとした瞬間、まるで静電気が走ったのかのようなバチッという音がミサンガから発せられる。一体何事かと思えば触れようとしていたマリーナが少しだけ顔を歪め手を引いていたのだ。
「大丈夫ですか!?」
「少し驚いただけで実害はありませんわ、お二人の愛情の賜といったところでしょうか」
なんてことはないように話しているマリーナであるが、視線は手首のミサンガに固定されている。あの反応を見るにお守りはマリーナに反応したようにしか見えない、リーゼとはあんなに触れ合っても平気だったことを考えるとこれを渡してくれた二人の……特に甜狐の仕業であろう。
「あの二人……、すいませんほんとに」
「いえ、本気で害意があればこんなものでは済みませんし子供の悪戯……みたいなものですわ」
まるで気にしていない風に笑顔まで見せてくるマリーナであるが……目の奥が笑っていない。頭の中ではほくそ笑む甜狐の姿がありありと想像できてしまう。せっかく人が話を取り持とうとしていたのになんてことをしてくれたんだろうあの化け狐は。
「そ、そういえば。リーゼが私の身体に魔力を流して隠している魔力がないか確認してくれたんですけど、そういうのも魔道具で出来たりするんです?」
なんとかこのミサンガから話題を逸らすべく、先日あった出来事に話を移す。そうすると、少しだけ驚いたようにこちらを見つめてくるマリーナ。
「さすがにそこまでは流した者の意思が無ければ無理でしょう。それにしてもお嬢様がそのような……」
「そうですか……、今回みたいな事が起きないようにチェックできればと思ったんですけど……やっぱり危ないんですか?」
彼女の言いぶりからすれば、リーゼが言っていた通り危険な行為ではあるのだろう。あまり気軽にはお願いしないほうが良さそうだ。
「たしかに危険ではありますが……危害を加えようとする者の魔力はそれだけで身体が拒否反応を起こすはずですよ。他人の魔力をそのまま受け入れるというのは、心や身体を許すのと同義でありますから親族や本当に親しい間柄でなくては中々行われないことです」
「それってつまり……」
「……節度あるお付き合いをお願いいたしますね?」
何か言いたげに含み笑いを携えながらそんな事を言ってくるマリーナ。その言わんとするところに気付いてしまった私は昨夜のやりとりとそのシーンを思い出してしまうのであった。
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