第103話 大事な話

※誤って先に104話を投稿してしまっていました

 本来であればこちらが先のお話です

 次回105話の更新は12/9予定になります


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「お邪魔します」

「いらっしゃいませ、御無事で本当に良かったです……」


 メッセージからほどなくして訪れてくれたまお様を部屋に迎え入れる。いまだに彼女を部屋に招くというのは軽く緊張してしまうのだが、今日のそれはいつものとはまた違うものでありお互いに交わす言葉も少しだけ硬い気がしてしまう。


「体調はほんとに大丈夫だから、それに魔力も。心配かけちゃったね……ごめん」


 一度確認するように自らの胸に手を当て、小さく頷き微笑と共に申し訳なさそうな表情を浮かべるまお様。その言葉からは無理をしている様子もなく、魔力に関しても安定しているように見える。


「そんな……むしろ謝らなければいけないのはこちらのほうで……」

「ううん……色々な人に迷惑もかけちゃったし」

「そんなこと……」


 そんなことありません。とわたくしが言ったところでまお様はその言葉を受け取ってはくれないだろう。それはただの気休めの言葉に過ぎず、そんな無責任なことを言えるような立場ではないのだ。


「お茶……お持ちしますね」


 一度、言葉が途切れてしまえば続く言葉を紡ぐこともできずに逃げ出すようにまお様をリビングに置いてキッチンに逃げ込んでしまう。彼女の配信があった分色々と考える時間はあったし、もう少しいつも通りに接することができると思っていたのだが……。


 少しでも時間を稼ぐようにノロノロとお茶の用意をする。そんなこと何の解決策にもなりはしないというのに……。お湯だってウォーターサーバーによってすぐに用意できるにも関わらず、わざわざやかんで冷水からお湯を沸かす。


 それでもお茶の準備など大して時間はかからない。すべてをメイドたちに任せていた頃と違って、一人暮らしを始めてそこそこ経っているのだ。まお様お気に入りのブレンドハーブをポッドに入れお湯を注いでカップと共にトレイに載せてしまえばそれで終わり。再びまお様が待っているリビングへと戻る。


「お待たせいたしました」

「ありがとう」


 かちゃりとテーブルにティーセットを乗せたトレイを置いて、まお様の隣へと腰を下ろす。


「その……お披露目ライブすごかったです!リハーサルでも何度か見させてもらう機会がありましたが、やっぱり本番のまお様はすごくて……。当日はあのスクリーンで見ていたんですよ?壁一面にまお様の姿を映して本当に買って良かったと……」


 沈黙が怖くて、喋る隙を与えないように次々とわたくしの口からは配信の感想が出てくる。それをまお様は止めようともせずに、うんうんと優しい目をこちらに向け頷きながら聞いてくれる。


「Vesferもほんとに良くて……、天使あまつかさんの曲とわかっていても歌いこなしているまお様を見ているとまお様の曲みたいだなって思ってしまいました。それに玉座が本当にお似合いで……わたくしお披露目ではあんなことを言ってしまいましたが、やはりまだまだなんだなと思い知らされました」

「リーゼのお披露目だってすごかったじゃない。それにあの歌、前聞いたときよりもずっと色んな思いが込められてるように感じたよ。何様だって思うかもしれないけど本当に成長したね……。って私は魔王様か」


 徐々にだが二人の間に流れる空気がいつものようになっていく。冗談交じりの言葉を口にしながら、ふふっと笑みを溢すまお様。


「そう言っていただけると嬉しいです……。そう思っていただけたのはきっとリスナーたちのおかげですから」

「私にとっても大切な思い出の曲だからさ、リーゼにとってもそうなってるみたいで嬉しいな」


 そんなの当たり前だ。この曲とまお様の言葉、このふたつはかけがえのないものとして胸に残っている。


「……真夜中シスターズの3D共演も本当に嬉しくて。お二人に振り回されるまお様が見られてファン冥利に尽きると言いますか」


 真夜中シスターズ……、ゲストで出演した宵呑宮よいのみやさんと夜闇やあんさんの話をしようとして、キュッと胸の奥に痛みが走る。今回の騒動によってこの二人には多大な不信感を与えてしまっているのだ。状況だけ考えればこうやってまお様ひとり、わたくしの住むマンションに帰すことだって反対したのかもしれない……。それが怖くて、昨夜からこちらからは連絡出来ずにいる。


「あの二人は本当に変わらないというか……。まぁ長いからね、実を言うとリリスとのあの流れアドリブだったんだよ?」

「そうだったんですか?」

「知らぬは私ばかりって感じでさ、やっぱりあの二人には敵わないよ」


 まさかあの予め決められていたような流れがアドリブであったというのは驚きであった。まるで悪戯の種明かしをするように楽し気に話すのだから、こちらもつられて笑ってしまう。


 そして、ここまで来てしまえばあの話題を避けることはできない……。言葉に詰まってしまったわたくしに代わって、まお様が口火を切ってくれる。


「それでまぁそのあと三人で歌ったはいいけど……、リーゼはどこまで聞いてるのかな?」

「マリーナから起きた事は聞いております……。それにまお様の魔力は部屋にいても感じられましたから」

「そっか……、リーゼも感じたんだ。その……どうだった?」

「あの魔力は……、祝福はとても暖かで……改めてまお様のすごさをこの身に感じました」


 ありふれた言葉にはなってしまうがそれが何よりも素直な思いである。


「マリーナさんは何か言っていた?」

「とても規格外な魔力行使だったと……、まお様が魔王としての力に覚醒したように感じたようです」

「……マリーナさんがそう思う程にすごかったんだね」


 魔族であれば、あの場に居たものなら誰だってそう思うだろう。それほどにまお様が成し遂げたことは大きく魔界に影響を与える事だ。


「でもほんとアカリちゃんとのコラボパートが収録で良かったよ……なんとか違和感なく締めることができたし」

「本当にお身体や魔力には問題ないのですか……?今からでもマリーナに見てもらった方が……」


 心底安堵したように、自身のことよりも重要であるように言うまお様であるがどうしても二度も倒れてしまった彼女の事が心配なのだ。こうして直接その姿を見たとしても……宵呑宮さんと夜闇さんが付いていたとはいえ常識外の出来事だったため心配は尽きない。


「うん、身体は本当に平気なの。魔力もリーゼなら……わかるでしょ?」

「はい……。お手をいいですか?」

「どうぞ」


 差し出した手にまお様が手を伸ばして重ねてくれる。そうする必要もないくらいまお様の魔力は安定しているように見えるが、念のためだ。目を閉じ重ねた手を通じて彼女の魔力を感じる。先ほどまで配信していたにしては若干少ないようにも感じるが、きっと魔力を魔道具によって抜いてきたのだろう。それ以外に特筆すべき点は感じられないが……重ねた手を見るとどこか違和感がある。


「……そういえばいつものブレスレットはお部屋に?それにこのミサンガは……」


 そう、いつもまお様が手首に巻いている魔道具のブレスレットが見当たらないのだ。そしてその手首には、代わりのようにシンプルに編まれたミサンガが巻き付いている。


「ブレスレットは起きた時には見当たらなくて、もしかしたら倒れた拍子にスタジオに落としてしまったのかと思ってたんだけど……。あとこれは甜狐とリリスがお守りだってくれたの」


 やはりあの二人の手によって作られたものだったらしい、わずかに感じる魔力はそれを裏付けている。


「そうでしたか、あとでマリーナに確認しておきましょう。魔力は確かに安定していると思います。まお様は何か変わった事などはないのですか?」

「それなんだけどね……ここからが大事な話」


 重ねていた手を離し、まお様が一度姿勢を正してこちらをまっすぐに見つめてくる。配信の感想を言い合っていた時とは違って、彼女の表情も真剣さを取り戻している。


「……はい」

「まず、甜狐とリリスに私の正体について話したの。あの二人とはずっと魔族とかそういう話はしてこなかったから……。といっても私自体、私が何者かわかってないみたいなものだから……それも含めて」


 それはある程度予想はできていた。初めてまお様も交えて宵呑宮さんと夜闇さんと出会った時のやりとりを考えればそう思うのが自然だろう。あの時リリスさんもその関係を壊すまいと秘密裏に接触してきたのだから。


 それにあの魔力行使によってまお様が魔王として、魔族として目覚めたという訳でもないようだ。それはマリーナから報告を受けていた通り、彼女は人間であるという認識だろう。


「……お二人は何と?」

「ちゃんと聞いてくれて、受け入れてくれたと思う」

「我々の……魔王継承についての事情はお話されたのですか?」

「それは言っていいものかわからなかったし、聞かれてないから話してないよ」


 当然、あの二人であればまお様の正体などに関わらず接し方は変わらないだろう。それに魔王継承の事情についてもある程度は話を掴んでいるような節もある。特に宵呑宮さんなんかはマリーナの力をもってしてもその出自は詳しいところまでは調べられなかったらしい、そのことからも侮れない相手である。


「そしてここからはマリーナさんにも伏せておいてほしいんだけど……それでもいいならリーゼに聞いてほしい」

「……わかりました。必要ならば契約によってわたくしを縛って頂いてもかまいません」


 マリーナにも聞かせられないということはよほど重大な事なのだろう。もしかしたら、出会ったばかりの頃のようにお父様……魔王側には伝えたくないということなのかもしれない。マリーナは立場上、そのすべてをお父様へと報告しているだろうから……。


 それはもちろん魔王の娘であるわたくしだって一部の例外を除けば、お父様である前に魔界を統べる者である魔王からの要請には応える義務がある。だからこそ強力な魔力による契約によって決して口外できないようにする事も可能なのだ。


「契約って……?」

「魔力による契約です。それを違えればペナルティ……。一番重いものであれば命を捧げるようなものもあります」


 もちろんまお様が望むのであれば……であるが。


「そんなの出来る訳がないじゃない、リーゼの……、誰かの命に代えてもいいものなんて……」


 まお様が言う通りそこまで重い契約は滅多に交わされるようなものではない。それは遠い昔に隷属の契約であったり、仕える主君に何事にも代えられない絶対的な忠誠を示すために用いられたようなものであり、現代であればまずお目にかかれないであろう。


「もちろん契約がなくとも、まお様との約束を違える事はわたくしはいたしません」

「うん、リーゼなら大丈夫だって信頼してる」

「では念のため手を……ここから先はこちらの方がいいでしょう」


 心配しすぎかもしれないが、外に漏らしたくない話ということであれば魔力を通して話すのが一番安全である。ただし……声に出しての会話に比べどうしても感情や精神状態に左右されてしまう部分が大きいので、話の内容によっては伝わってほしくない感情まで伝わりかねないのだが……。


 そんな不安を抑え込んで再びまお様と手を重ね魔力を通じ合わせる。


『リーゼ、聞こえている?』

『はい、聞こえております』


 少し不安そうにこちらを見つめながら声を伝えてくるまお様。それを安心させるように微笑んで受け答える。ここから先はどんな話を聞かされようとも取り乱すことなく、きちんと受け止めなければならない。


『実はね……』


 そこから語られたのは、まお様が最初に意識を失ったあとからの話であり。配信を見ていたわたくしでも、現地にいたマリーナもまったく気づけなかった事の真相であった。急激な魔力変動によって意識を失ってしまうというのは魔族でもありえない話ではないし、まお様を取り巻く謎のひとつであるかつての伝説の魔王と似た魔力を持っているという事を考えればその謎の声の正体もおのずと絞られてくる。


 何も事情を知らない魔族が同じ話を聞けば、まお様が伝説の魔王として目覚めたのだ!!と騒ぎ立てることだろう。


『リーゼはどう思う……?』

『宵呑宮さんと夜闇さんの言うように、別人格や過去の記憶や意識によるものだと思うのが一般的でしょう』


 しかし、いまのところまお様には魔族のルーツが一切見つかっていないのだ。起きた事象から原因を推測することはできるが、その前提となる部分があやふやではどうやっても答えを導き出せない。


『でも私は……』

『はい、ですからこの情報だけではあのお二人と同じ結論ということになってしまいます』


 かつて夜闇さんは自らのことを二重人格のようなものと称していた。だから当然、そのあたりの話には通じているのだろう。だからこそ、魔力行使の件を除けば推測に筋は通っているのだ。


『そっか……』

『お力になれずに申し訳ありません……』


 マリーナならば彼女の伝手を使って事象の解明へと進めそうなものだが……、まお様の懸念通りこれは知らせない方がいい事だろう。なにより謎の声があやつと呼んだのはマリーナのことであろうし、はっきりとした理由はわからないが接触を避けているようであるのだ。


『ううん……こうしてリーゼにも話すことが出来て良かった』


 魔力からも安堵したようなまお様の気持ちが伝わってくる。あとはこの先どうするか……さしあたっては宵呑宮さんと夜闇さんの件が残っている。


「だから……って訳じゃないけど、本当に平気なんだよね。まぁまだちょっと筋肉痛が残ってるんだけど……」

「ええと……大事なお話というのはこれで全て……ですか?」


 少し恥ずかしそうに重ねた手を離し自らの腕をさすって見せるまお様。その表情からは緊張も抜けているように見えるが……。


「うん、色々心配なことはあるけど……リーゼが味方でいてくれるなら大丈夫かなって。今までもそうだったでしょ?それにこれからは甜孤とリリスだって力になってくれるだろうし」

「ええと……その宵呑宮さんと夜闇さんは怒ってはらっしゃらないのですか?」

「え?あぁ、たしかに甜孤が少し怒ってたってリリスは言ってたけど……」


 マリーナから聞いていた話とあの時感じた二人の魔力とは随分状況が異なり困惑してしまう。もしかして二人はまお様には何も言っていないのだろうか。


「お二人の大事なまお様を危険な目に合わせてしまって、どうやってお二人に謝罪しようと思っていたのですが……。もしかしたらもうまお様はこちらに帰ってこないのでは……と思っておりました」

「そこまでの事は二人とも言ってなかったよ?たしかに甜孤からはLive*Liveに来ないかって言われたし、色々と迷惑をかけちゃってる私が言えたことじゃないけど……。許されるなら私はliVeKROneでリーゼと一緒に頑張りたいと思ってる」


 その言葉を聞いてこわばっていた身体の力が抜けていくのを感じる、まお様が無事であるとわかってからずっと不安に思っていたのだ。


「良かった……」

「リーゼ……?」

「本当に、良かった……」


 もう限界だった、覚悟をしていた分その心配がなくなったことで心のタガが外れたように感情が込み上げてくる。こんな姿恥ずかしくてまお様には見せられないのだが……どうにも止まらない。


「ごめんねリーゼ、本当に色々心配かけて……」

「あやっ……まらないで、ください……」


 そんなわたくしを見たまお様は少しだけ困ったように優しく声をかけてくれる。それが嬉しくて……自分が情けなくて、うまく言葉が紡げない。


「わかった……だから泣かないで?」

「泣いて……ませんっ……」

「ほら、おいで?」


 視界は潤み目の前にいるまお様の姿が歪んで見えてしまっているがまだ泣いてはいない……。


 だからこれは泣いている姿を見せないために、情けない姿を見せないために仕方なく彼女の胸元へと顔を埋めるのだ。

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