第54話 新居の朝

「あー。やっちゃったかぁ……」


 目が覚めゆっくりとあたりを見回せばまだ馴染みがない寝室のベッドの上。スマートフォンで時間を確認しようとするがサイドテーブルの上に充電ケーブルはあれど肝心の本体は見当たらない。カーテン越しに差し込む光を見ればお昼頃だろうかと当たりをつけ時計を見上げると予想通りお昼を少し過ぎた時間。


 ため息と共に反省の言葉を吐き出しながら昨夜の出来事を思い返す。


 引っ越しの手伝いにきてくれた甜狐てんことリリス、そして途中で合流したリーゼ。

 三人のおかげで予定通り引っ越し作業も終え、せっかくだからと。もとよりそのつもりだった二人とリーゼも加えて四人でのささやかな引っ越し祝いを行ったのだが。あの二人と飲む時の悪癖というか……ついつい気を抜いてしまい、勧められるまま甜狐が持ち込んだ日本酒を口にしてからの記憶があやふやという。


 配信の有無と参加メンバー以外は前回のオフコラボの焼き直しじゃないかと反省しつつも、甜狐とリリスはともかくリーゼになにか迷惑を掛けていないだろうと心配になってくる。というか、おそらく酔いつぶれた私を寝室まで運んだ後、同じマンションに住むリーゼは自分の部屋に戻っているだろうが残りの二人は帰ったのだろうか。


 もしかしたらいつものように泊まっているのでは?と思いつつベッドから抜け出しリビングへと向かう。


 自身が立てる物音以外に音はなく、人がいる気配もしないことからいないだろうなぁと扉を開ければ案の定誰もいない。しっかり後片付けもしてくれたのだろう飲み会をした形跡もなくキッチンを覗いてみればしっかり食器たちも元の位置に戻されている。


「あーそりゃ電源切れてるよね」


 テーブルの上に置かれていたスマートフォンを手にして画面を付けようとするが無反応……。ため息を漏らしながらソファー近くの充電ケーブルを手に取り、ソファーに座りながらケーブルを刺して電源をつける。


 三人に謝らないとなと思いながらスマートフォンの起動を待ち……そして起動するなり複数の通知が告げられるので軽くチェック。その中に見覚えのないグループチャットがあったので開いてみれば、ちょうどよく昨日のメンバーが揃っているのでそこに書き込もう。


 甜狐:今度この四人でコラボもええかもなぁ

 リリス:楽しそう

 リーゼ:いいですね!

 まお:あの……ごめんなさい


 ログを見る限り解散したあとも三人で盛り上がっていたらしい。たしかに四人ならゲームコラボなんかもやりやすそうだなと思いつつも、それは置いておいて謝罪から入る。


 甜狐:おーねぼすけさんが起きたみたいやなぁ

 まお:またやっちゃったみたいで……大丈夫だった?

 甜狐:面白いもん見れたし全然気にしてへんよー

 まお:えっなにかしちゃった?


 反応が返ってきたのは甜狐だけで他の二人は寝ているかチャットできない状況なのだろう。もしかしたら配信をしている可能性もある。そして甜狐の言い方を見るになにかやらかしてしまっているのだろう。聞くのが怖いが確認しない訳にはいかない。


 甜狐:それはリーゼはんに聞いてもろて、甜狐の口からはとてもとても……

 まお:……わかった。甜狐たちも遅い時間に帰らせちゃってごめんね

 甜狐:気にしてへんって、今度はお泊りさせてもらいます~

 まお:しっかりおもてなしさせて頂きます……


 これは後でリーゼに確認しておかないと……。


 甜狐とのチャットを切り上げ、他に届いている通知をチェックするが別段急ぐ必要のあるものもなかったので配信サイトを開いてみる。


「リリスは配信中か」


 今配信している一覧を眺めるとその中にリリスの姿を見つけ配信タイトルをチェック。リリスの得意なvpexをプレイ中のようだ。




『ダウンとったー詰めるよー!って漁夫来てる!!下がって!!』


 :ナイスゥ!

 :別パか

 :漁夫きたな

 :2PTいる?


『タイミング悪いなぁ次の収縮前に有利取りたいし……』


 :早めに入っときたい

 :どっちに寄るかやなぁ

 :あんまり時間ないな


 配信を開くと同時にリリスの生き生きとした声が聞こえてくる。戦況を見るに中盤あたりらしく各パーティが移動しはじめ散発的に戦闘が始まる頃合い。別パーティと出会い戦闘になり勝ちかけたところで他パーティの乱入を許してしまったようで一旦下がる判断を取ったようだ。


 このvpexというゲーム、基本的には三人一組のチームとなって徐々に生存エリアが狭まってくる一つのMAP内で最後の一チームになるまで戦い抜くいわゆるバトルロイヤルFPSなのだが。ゲーム展開が早く戦闘も三次元的に動くとあって配信者の間でもかなり人気の高い作品だ。

 私も少しだけ触ったことはあるのだが……どうにもこの三次元的な動きというものが苦手で、個人的には地に足付いた昔ながらのFPSゲームのほうが好みではある。


『よっし、あそこの建物奪おう!!いっくよー!!』


 :のりこめー

 :行かなきゃジリ貧か

 :ファイトー!!

 :いけるいける!


『ワンダウン!いけるいける!ゴーゴー!ツーダウン!!ナイスー!!』


 :ナイスー!!

 :さすが

 :のってんねぇ!!


 リリスが戦端を開き一人を崩したところに味方がなだれ込む。そのまま流れるように二人目をダウンさせ最後の敵を探そうとしたところでパーティメンバーが仕留めたという知らせが届きリリスの嬉しそうな声が響き渡る。


 リリスの操るキャラは一定時間姿を隠し無敵になれたり一定距離を行き来できるポータルを作成できるスキルを持っているのでまっさきに自分が突っ込んで危なくなったら引くことが出来る。なので攻めるにはもってこいなのだが、理屈ではわかっていてもそうそう上手くいかないのがこの手のゲームの宿命でもある。そんな中しっかりと自分の役割を全うしチームを導いているリリスは流石ランクでも上位を張っているだけある。


 なによりリリスのプレイはどんどん前へ前へと詰めていき敵をどんどん倒していくプレイスタイルなので見ていて気持ちいいのだ。それでいて自分本位にならずチームのために気を配る様は配信外での姿にも通ずる。


『あーごめん!カバーできなかった……君のかたきはリリスちゃんが取るからね』


 :のこり3パか

 :一人落ちたのは痛いなぁ

 :安置外れるし厳しいか

 :うまく潰し合ってくれればわんちゃん


 戦闘の最中、一角を担っていた味方が敵の強襲を受け倒されてしまう。それを合図に有利な建物内から追い出されてしまい、なんとかポータルを使い残る味方と遮蔽に逃れるリリス。残るプレイヤーは八人であり、リリス以外のパーティは三人フルの状態だ。


『これは覚悟を決めるしかないね……』


 :前期マスターの意地見せたれ

 :リリスのちょっといいとこ見てみたいー

 :クラッチ決めよう


 ジリジリとした空気の中最後の生存エリア収縮が始まる。これが始まってしまえばあとは生存エリアがなくなるまで収縮していくので戦うしかない。不幸中の幸いか収縮の中心は屋外なのでまだリリスにもチャンスはありそうだ。


『ごめんっ君の犠牲は無駄にはしない!!』


 強制的に一堂に会するプレイヤーたち。敵味方入り乱れてリリスの画面でも敵味方の火線や各種アビリティが飛び交っている。お互いつぶしあいときにはHPが削れるのも構わず有利なポジションをとるために一時的に生存エリアから離れるのもテクニックのひとつ。早々に最後のパーティメンバーを失ってしまったリリスはもはや孤立無援だ。


 しかしそれでもリリスは諦めずに縦横無尽に狭いエリア内を動き回り、タイミング的に最後の無敵スキルを吐き出し敵の射線を別の敵へと誘導する。そして、とうとう残るのは三人。一対二にも関わらず敵の意表をつくようにトリッキーな動きを繰り返し一人ダウン……そして撃ち切ってしまった武器をセカンダリへと持ち替え。

 正確なエイムは最後の一人の頭に吸い付くように導かれ単発故に高火力な一撃が御見舞される。


『取ったー!!よっし!!』


 :きちゃー!!

 :ナイス!!

 :ナイスー!!

 :クラッチきちゃ!

 :クラッチクイーンや!


 気付けばジッと配信画面を見続け息を飲んでいたことに気付き、リリスの歓喜の声と共にふぅと息を吐き出す。最後の攻防は一瞬の出来事ではあったが見応え十分であり、勝負が決まるとともにコメントがものすごい勢いで流れていくのも道理だろう。


黒惟まお【魔王様ch】:ナイスファイト、おめでとう


 :黒様もようみとる

 :魔王様やんけ

 :vpexやるんかな?


 入力したコメントは賞賛のコメントですぐに流れていくが目ざといリスナーの目にはしっかり入ったようで関連したコメントが同じように流れていく。


『みんなありがとー!えっ黒様見てたの!?どこどこ?ってもう流れてるじゃーん。いえーい黒様みってるー?黒様もペックスやろうよー。あたしが手取り足取り教えてあげるー』


 :おめでとうやって

 :ナイスファイトっていってた

 :『ナイスファイト、おめでとう』


 見てるよ、と心の中で返しながらお誘いにはうーんと悩んでしまう。一緒にやるとしても間違いなくリリスの足を引っ張ってしまうのは明白だし一人でやるにしろ下手なプレイを見せるのもなんだか申し訳ない。


『それじゃ黒様にも見守られてるしガンガン回していくよー!!こうなったらマスター行くまで耐久だ!!』


 :さすがにそれはきついやろw

 :盛れれば5連続でいけるか……?

 :黒様ブーストでわんちゃん

 :朝までコースでは


 私の応援が力になってくれるのは嬉しいがあまり無理はしてほしくはない。しかし、ここで口を挟むのも野暮ってものだろう。こうなればできる限り見守ってあげるのが一番だろうか。これは長丁場になりそうだと思い、配信をタブレットへと切り替える。とりあえずは何かご飯を食べて……そのあとは配信部屋で今日の配信の準備をしつつ見守らせてもらおう。


 ──結局、リリスのvpex配信は夜まで続き驚異的な戦果で一人のマスターが誕生することになるのであった。


『このマスターはリリスナーと黒様に捧げるよー!!長時間見てくれてありがとう!愛してるー!!』

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