第52話 お引越し

【ランチタイム雑談】引っ越し作業が終わらない【黒惟くろいまお/liVeKROneライブクローネ


「──リーゼからは土下座される勢いで謝られたんだがしず……いや、SILENT先生があそこまでノリノリで乗っかるとは思わな……いや、そういうところは大いにあったな……」


 :草

 :SILENT先生の心を動かす熱いレビューだった

 :レビュー載るのはやすぎて笑った

 :先生そういうとこあるよな

 :まお様のレビューはー?


「我のレビューだと?図柄はともかくモノとしての品質は保証しよう……買いたければ買えばいい」


 :投げやりで草

 :本人抱き済みとかいうパワーワード

 :買おうかなぁ……


 配信でもSNSでも散々弄られに弄られた黒惟まお抱き枕事件、投げやりな反応にもなるのは仕方ないだろう。変に反応すればするほど面白がられて更に弄られるというのは実体験として学習済みだ。


「さて……そろそろ一時間か。冒頭でも言ったが機材まわりを運び出してしまうので明日は配信ができないと思う」


 :了解!

 :まおハウスともお別れか

 :ついでに休んでもええんやで

 :一日で引っ越し終わるん?


「機材以外のものは少しづつ向こうに持って行ってるし最低限生活できるようにはしているからな、配信環境を整えるだけならまぁ一日で済むだろう。それに休んでしまうと我に会えなくて寂しいだろう?」


 :そ、そんなことねーし!

 :寂しいのはそっち定期

 :寂しいから毎秒配信して


 すっかりおなじみになりつつある週に一回の平日お昼ランチタイム雑談。今日は引っ越しの準備もあったので時間の猶予を考えるのであればやるべきではなかったのだが、機材を片付けてしまう都合上夜の配信は難しくなるし明日も引っ越しで難しいとなれば二日も配信ができない事になってしまう。

 専業になりほぼ毎日配信をするようになってからは配信しないと気が済まないというか、まぁ正直に言ってしまえばコメントの指摘通り寂しいのだ。以前は休日以外配信できないということも珍しくなかったのだが随分と贅沢になってしまった。


「我は寂しいがお前たちはそうでもないみたいだな?」


 本音を交えつつあくまで冗談に聞こえるように首を傾げる、それが黒惟まおとしての精一杯の抵抗であり楽しいリスナーとのやりとり。コメント欄は心得ているとばかりに私の気持ちに応えてくれる。


 :今日はでれるじゃん

 :でれまお助かる

 :寂しい!!

 :寂しいよー


「……お前たち本当にちょろいな」


 :は?

 :ちょろくないが?

 :このたらし魔王が

 :好きなくせに


 一斉にコメントの風向きが変わる様子を見て思わず笑ってしまう。これこそが我が愛するリスナーたちだ。配信を締めようと思っていたのだがついつい終わりを先延ばしにしてしまう。


「ふふっ素直じゃない所がまた可愛いぞ、問題がなければ明後日配信する予定なのでいい子で待っていてくれ。それではな」


 :はーい

 :待ってる

 :おまかわ

 :引っ越し頑張ってね

 :おつまおー


黒惟まお【魔王様ch】:明後日また会おう。おつまおー


────


 最後にコメントを打って配信を終了させる。短い時間ではあったがこれで引っ越しを頑張る気力がわいてきた。手首につけたブレスレットへと視線を落とせば、はめられた石がほのかに赤く光って見える。


 その石を優しく撫で、よしっと自らを鼓舞する掛け声と共に立ち上がる。長年配信を共にしてきた機材たちを梱包するためには、まずは配線を外さないといけない。


 繋ぎなおすの大変そうだなぁ……。と様々なケーブルとプラグを前にして尻込みしつつも、よりよい配信環境のためと気合を入れ作業を開始した。



「なー、これこっちでいいん?」

「それはそっち……」


 結構重いはずの機材を軽々と持ち上げその置き場を探している宵呑宮よいのみや甜孤てんこと、そんな甜孤に私が答えるまえにまさにそうしようと思っていたことをズバリと言い当てる夜闇やあんリリス。


 甜孤はタイトなデニムにTシャツというラフな格好でそのスタイルの良さがことさら強調され、一方のリリスも和柄のカーディガンを羽織ってはいるがその下はサロペットにノースリーブのシャツと動きやすい恰好で来てくれている。かくいう私も甜孤と同じようにスキニーパンツにTシャツだ。


 もとより一人でやるつもりでいた引っ越し作業であったが、配信で言う前にまたしてもどこから情報を仕入れたのか引っ越すことを聞きつけた甜孤からメッセージが飛んできて、いつのまにか当然のようにリリスまで揃ういつもの三人組。


 そんな二人が引っ越しの手伝いに来てくれるのは大変ありがたいのだが、自身の活動で忙しいだろうにわざわざ時間を割いてくれていることは嬉しくもあり申し訳なさも感じてしまう。


「二人とも本当にありがとうね」

「別に……気にしないで」

「そない気にせんでもええのに、それにまおちゃんの新しいお家気になってたしなー」


 大きな家具や機材など運ぶのが大変なものはマリーナに紹介してもらった引っ越し業者に運んでもらい設置まで任せていたのだが。こと配信環境についてはどうしても自分自身でやらなくてはいけないし、人任せにするつもりもない。

 それでも一人で動かすには大変な機材もあるしケーブルを接続し確認しながらの作業というのはどうしても時間も体力も消耗してしまうので、同じ配信者であり機材についても理解がある二人の助力は大変助かる。


「それに別の目的もあるしなー」

「そろそろ……」

「え?何か言った?」


 オーディオインターフェースにつないだヘッドホンで音声テストをしていると、ぼそりと何事か呟いたらしい甜孤の声が届き話しかけられたのかとヘッドホンを外し首を傾げる。


「なーんでもあらへんよー。……あら?お客さんやね?」

「荷物は全部届いてるはずだけど……ちょっと行ってくるね」


 含みのある笑みを浮かべる甜孤に何か誤魔化されてるなーと感じつつも、いつものことかとすぐに気にならなくなる。手元の作業に戻ろうとしたところでインターホンの音が耳に届き、引っ越し業者も宅配も今日来る予定のものはなかったはずだがと不思議に思いながら立ち上がり二人に断って防音室から出る。


「もしかして……。リーゼ?」


 エントランスからの呼び出しではなく直接部屋のインターホンが鳴らされたということは……と来訪者にあたりをつけながら小さな画面に映る姿を見てみればやはり予想通りの人物である。何も約束はしていないはずだがと思いつつ直接ドアを開けに玄関へと向かう。


「いらっしゃいリーゼ、どうかした?」

「ええと……何かお手伝いでもと思いまして」


 同じマンションに住むことになったリーゼに引っ越しの日は伝えてあったしリーゼのことだ配信もチェックしてくれていたのであろう、恰好も珍しくコクーンパンツにVネックシャツというパンツスタイルだ。ありがたい申し出ではあるが、すでに手伝いに来てくれている二人の事を考えるとどうしたものか……。


「おーその子が……」

「魔王の娘……」


 紹介してしまってもいいかなと考え招き入れようとしたところで背後から二人の声が聞こえてくる。思わず振り返ると興味深そうに私を通り越しリーゼへと視線を向ける甜孤とリリス。


「まお様あのお二人は……」

「まぁ遅かれ早かれ紹介することになるとは思ってたから、とりあえず中に入って?」

「はい、お邪魔いたします……」


 私の後ろに続くリーゼは二人がいるせいかいつもより言葉も動きも固くなっている気がする。ともあれ引っ越し作業自体はほぼ終わりが見えているので休憩がてら紹介というのもいいだろう。覗き見していた二人をリビングへと向かわせリーゼと共にその後ろについていく。


「それじゃあ紹介するね」

「はーい、夜闇リリスでーっす。黒様の愛人やってまーっす」


 いつの間にか用意したのかソファー前のテーブルには人数分のお茶が用意されていて、この事態を予測でもしていたのかと用意したであろうリリスの方へと目を向ける。

 それと同時に配信テンションそのままに自己紹介をしながら私の左腕を抱きかかえその豊満な胸を押し付けてくるリリス……の真似をした甜孤。その喋り方も声もよく知る私でも不意に聞かされれば間違ってしまうんじゃないかというくらい似ている。外見も合わせれば大抵のひとは夜闇リリスであると信じてしまうであろう。


 またこの子は……。と呆れた視線を甜孤に送るが当の本人は楽しそうにこれでもかと身体を寄せ笑みを浮かべている。

 対してリーゼはどんな反応を見せるかと思い視線を向ければ、訝しげにリリスと甜孤二人の姿を見た後、何度か頷いてからこちらも笑顔を浮かべているのだが……少しだけいつもの笑顔ではない気もしてしまう。なんというか少し棘があるような……?


「わたくしリーゼ・クラウゼと申します。ご存じだとは思いますがまお様と同じliVeKROne所属で同期の魔王見習いです。よろしくお願いいたします……宵呑宮甜孤さん」

「なーんだ、バレバレってわけやね。似てる自信あったんやけどなー。改めてLive*Live所属の宵呑宮甜孤いいます。まおちゃんとはデビューしてから同期のように仲ようさせてもらってますー。よしなにリーゼはん」


 自らの正体に気付かれてしまった甜孤はつまらなそうにリリスの真似をやめて改めて自己紹介をする。もう真似する必要がないのに私にくっついたままなのはわざだろう。もういいでしょと引きはがそうとするがなかなか離れてくれない。


 この三人が揃うとかなりの確率でしかけられる甜孤の悪戯はこれまでも幾人もの人を騙してきた実績があったのだが、配信で声を聞いているとはいえよく甜孤の悪戯に気付いたなとリーゼの観察眼に関心してしまう。

 ちなみに私もよく真似されてるし、そっちもリリスの真似に負けず劣らずそっくりなので甜孤のモノマネはなかなかにすごいのだ。


「夜闇リリス……個人勢。よろしく、クラウゼさん」


 そうやく甜孤を引きはがすことに成功しリリスへと視線を向ければ、ぺこりとお辞儀をして本当に簡潔な挨拶をする姿が目に入る。


「ええと……、よろしくお願いいたします夜闇さん」

「リリスは配信外だとこんな感じなの、甜孤みたいにからかってる訳ではないからね?」


 甜孤と同じようにからかわれてるとでも思ったのだろうか、リーゼの攻撃的な笑みはその色を薄くしどちらかというと困惑しているような印象を受けたので助け船を出してあげる。甜孤のせいで変な誤解が生まれてしまっても互いに本意ではないだろう。


「人を悪者みたいにいうてー」

「悪戯化け狐は静かにしてましょうねー」

「コーン……祟ってやるー」


 ぶつくさと隣で文句を言う甜孤を適当にあしらうが、それを受けても手を狐の形にして己の代わりに鳴かせて物騒なことをいう彼女とのやりとりはいつも通り。


「宵呑宮さんはあまり変わらないんですね」

「肩肘張るんは性に合わなくてなぁ……まおちゃんもリリスもようやってる思うわー」


 そんな私と甜孤を見てなるほどと少し納得したようにリーゼから告げられた言葉にやれやれと肩を竦める甜孤。この中で一番配信と素で変わりがないのは間違いなく彼女だろう。リーゼも結構素な部分が多い気がするがフリーダムさを考えれば甜孤に軍配が上がる。対抗できるとすれば……、先日のように黒惟まおについて語る暴走リーゼくらいか。


「別に肩肘張ってる訳じゃないけど……」

「同じく……」


 デビュー時はともかく今となってはかなり自然体であるとは思っているのだが、甜孤からすれば十分に構えて見えているのだろう。リリスまでとは言わないが配信中は黒惟まおとしての振る舞いや言動が染みついているのだ。私の場合、時々中の人が出てきてしまうがリリスはその点本当に徹底している。いわゆる憑依型としては完璧だ。


「まおちゃんは素がかわええからなぁ、魔王様モードとのギャップがたまらへんのよねぇ」

「それは確かに……わかります」

「わかる……」


 しみじみと語りだす甜孤に同調するリーゼとリリスを見ると、この三人だけで話を続け意気投合させるのはまずいのではないかと直感が告げる。


「ほら、せっかくリリスがお茶淹れてくれてたみたいだし座って話しましょう?」


 当然のようにお茶請けまで用意されているところを見ると、入居初日にしてすでにリリスのほうが家主として相応しいのではないかと思わざるを得ないが……。

 この調子ならばリーゼもうまく二人とコミュニケーションを取れるだろうし、偶然ではあるが二人と引き合わせることができて良かったなと思う。


 ──そう思ったことを数時間後に後悔することになるとは……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る