第22話 思い出話
「
「ごめん、今日は先約あるから!」
「つれないなー、彼氏でもできたかー?」
「そんなんじゃないって、アレ仕上げるためだから」
教室を飛び出したところを呼び止められ足を止めると背後からがばっと肩に腕を回されその勢いに思わず数歩よろめく。
一緒にカラオケに行きたいのはやまやまだが今日はダメだ。つまらなそうに文句を口にする幼馴染の腕を引きはがしながらふざけたことを言うなと理由を告げる。
「へーへー、魔王様はお忙しいですねぇ」
「ちょっと!」
理由を聞いてもなおも不満げな彼女はにやにやとした笑みを浮かべながら声を潜めて私の耳元で不服そうに呟く。
その呼び名は外ではするなと言っているのにこうやって事あるごとに言ってくるのだ。一応他人に聞かれないように気を付けている様だがやめてほしい。
魔王はあくまでネット上での名前だし、まおという幼馴染につけられたあだ名も中学時代には封印している。
「すっごい絵師見つけたって言ったでしょ、今日こそ絶対口説き落として見せるんだから」
「出たよ、男かもしれないんだから勘違いされないように気を付けなよー」
「別にチャットしてるだけだし心配ないって、女の人だろうし……たぶん」
「……。はぁ、音羽は人たらしの自覚持ったほうがいいよ」
露骨に呆れ混じりに投げかけられる言葉を背に受けながら手をひらひらと振ってその場を後にする。そういった話は私よりも彼女のほうがよっぽど多いのに何を言っているのだろう、あくまで私は裏方側の人間だっていうのに。
帰りのバスに乗りながら鞄からスマホを取り出し開きっぱなしにしていたイラストサイトを表示させる。たまたま流し見していたときに新着から見つけた一枚のイラスト、ゴシックドレスを着た少女がその身に不釣り合いな王座に座っている姿が描かれている。
書き込みは細かく素晴らしいのだがデジタル絵はまだ慣れていないのかあまりエフェクトなどの効果は使っていないように見える。それでも十分引き込まれる魅力があったのだ。
これはまだデジタル絵に慣れてないどっかの有名絵師だろうかとプロフィールを覗いてみてもただ『SILENT』というユーザーネームがあるだけで他の情報はまったくなし。
SNSでそれっぽく検索をしてみてもヒットする情報はなし……。これはひょっとしてすごい人を見つけてしまったのでは?と思い、思わずメッセージを送ってしまったのが数週間前。
一応趣味レベルでイラストをアップしていたし、SNSの情報もプロフィールに表記してあるので怪しいアカウントとは思われないだろうと反応を期待していたのだが。それもなく半ば諦めかけていたところに返信がきたのが数日前。
そこからメッセージのやりとりをしていたのだが、第一印象はネットに慣れてない人だなぁという事とおそらく女性だろうということ。あとは教養レベルで絵画を習っていたけどあのようなキャライラストをデジタルで描いたのは初めてだったと聞いて声を出して驚いてしまった。
これは本当にすごい人を見つけたぞ!と喜び、とある計画に誘ったのが昨日。
そして今日その返事を聞く事になっているのである。
「ただいまー」
家の鍵を開け声を出すが無人なのでもちろん返事はない。両親はふたりとも働いているし私が高校に上がってからはだいたいがこんな感じだ。小さいころならいざ知らず、この年齢になるとやることやってれば過度に干渉されないというのは自由で気に入っている。
冷蔵庫から水が入ったペットボトルを取り出し自室へと向かう、部屋に入ると鞄をベッドへと投げ込みさっさと部屋着に着替えてしまい机に向かって椅子に座り脇に置いてあるパソコンを起動させた。
デザインの勉強したいから!と高校に入るときにお古のノートパソコンから買い替えてもらったパソコンはバイト代をつぎ込んだことで数度のパーツ入れ替えを経てなかなかのスペックだ。もちろん、デザインの勉強もしているのだが本当の目的は別にある。
両親が共働きで防犯のためにと小学生の頃から携帯電話を持たされた私はそこからどっぷりとネットの世界にハマっていった。中学時代には父親からお古のノートパソコンをもらい、絵を描くのが好きだったので我がままを言ってペンタブも買ってもらいそれからは創作の世界にも足を踏み入れたのだが、人よりちょっとパソコンやネットに詳しくて絵もそこそこ描けた私は調子に乗りまくった。
その結果、親に内緒で数回配信者の真似事をしネットの洗礼というか怖いところを身をもって体験したので、今はたまに歌ってみた動画を投稿するくらいでその動画もほとんど再生されていない。
絵も歌もどっちも中途半端、それが自己評価だし客観的に見れていると思う。
ヘッドホンをつけ動画編集ソフトを立ち上げ、作業途中のプロジェクトファイルを開くと画面にはいくつもの文字やイラストが設置され再生を押すと音楽と共に動いていく。流れる歌声は幼馴染である、つかさのものだ。MIX作業で何度も聞いてはいるのだが何度聞いてもその歌声は透明感があって耳に心地いい。実際MIX作業といってもほとんどやったことは微調整程度で私みたいなMIXをかじった程度の腕前なら不要とまで思えるほどだ。
だから歌がうまい幼馴染にお願いして歌を収録させてもらい、動画を作ってみたのだが完全に歌声に絵が負けている。そんな時に見つけたのがSILENTという謎の絵師だった。
そろそろ約束の時間だ。
作業の手を止めしっかりと保存しソフトを閉じて、メッセージソフトを表示させる。
魔王:この間のお話考えてもらえましたか?報酬はご相談させてもらえればと思ってます
SILENTさんの絵があればこの動画は完成する気がする……。そう思った私は思い切ってその旨を伝えたのだ。今まで動画で報酬を受けていたわけでもないので出すとしたらバイト代からになるのであまりに高額だと諦める他ないのだが……。
SILENT:わかりました。報酬は
魔王:本当ですか!ありがとうございます!
返ってきたメッセージに思わず続きを待たずにメッセージを送信してしまう。
魔王:すみません、続きをどうぞ
SILENT:お友達になってくれませんか?
「へ?」
目に飛び込んできた文字を見て思わず変な声をあげてしまう。
友達……?ってあの友達?フレンド?お金とかじゃなくて?からかわれてる?
思ってもみなかった返事になんと返していいかキーボードに添えた手が止まる。
SILENT:ダメですか?
魔王:えっと、それだけでいいんですか?てっきりお金とかそういうものかと
SILENT:できたらネットの事とかデジタル絵の事についても教えてほしいです
身構えていた分脱力しそのまま背もたれに大きく身体を預け軽やかにキーボードを叩く。
ふふっ変な人。
魔王:そんなことでよければ喜んで!
あとでこの時の事をつかさに話したら、ジト目で「だから言ったじゃん」なんて言われてしまったが結果良ければすべて良しだ。
そしてSILENT……、
────
「そして今となってはご存じの通りですよ」
静との出会いのきっかけをかいつまみながら語り終える。
私はVtuber
「
「これは一応オフレコでお願いしますね」
動画を投稿するにあたって、つかさの名前をどうするかという話になったとき本人は別に本名でも何でもいいなんて言うから。私はふざけて名前をモジって
『
そして、天使ちゃんことつかさはその歌唱力を高く評価されいまは
お互い一応身バレ防止のために幼馴染ということは話さないようにはしているが天使ちゃんが天使沙夜であることは広く知られているし、魔王の動画で評価されるようになったのだから古くからの友人であることはファンの間では公然の秘密というやつだ。
「もちろんですわ、いいお話を聞かせていただきました」
「楽しんでいただけたようでなによりです。静とリーゼはうまくいってるかな?」
「SILENT先生の許可を頂けない事には始まらないですから……」
今頃二人はどんな話をしているんだろうか、うまく話がまとまってくれることを祈りながら今度はマリーナからリーゼの色々な話を聞かせてもらうのだった。
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