第16話 思い出デート

「リーゼさん今日はとことん付き合ってあげるからね」


 休日で人出の多い道を歩きながらすぐ隣を並び歩いているリーゼへと視線を向けて笑いかける。


 マリーナへメールを出してから迎えた初めての休日。メールでのやりとりと顧客として職場に訪れてくるマリーナとの打ち合わせで、黒惟くろいまお事務所所属の話はほとんど固まりつつある。あとは明日改めて確認と共に書類を交わす予定というところまで来た。


 マリーナとの話し合いが終わるということはリーゼとの生活も終わってしまうということで、思い出作りも兼ねて今日一日はおもいっきり楽しんでもらおうと二人してお出かけ、デートというやつだ。


「今日はわたくしのためにありがとうございます、まお様」

「あー、今日は様付け禁止ね」

「えっ」

「だって他の人に聞かれるかもしれないし禁止ね」


 さすがに人の前で様付けで呼ばれるのは周りの視線が痛い、ただでさえ色白で銀髪の美少女ということで周りの目を引きやすいのだ。

 私からの提案に困ったように眉尻を下げてどうしようかと思い悩み始めたリーゼはどう呼ぼうかとぶつぶつと呟いている。


「まお……さん、まお……」

「なんなら呼び捨てでもおねーちゃん呼びでもいいけど?」

「まお……おねーちゃん……?」


 そんな様子がかわいらしく、からかうように提案してみるとものすごく破壊力のある言葉が耳に届く。

 これはやばい、こんなかわいい妹がいたらどんなに素晴らしいことか……。


「では、まおさ……ん、もわたくしのことは呼び捨てですからね」


 おねーちゃん呼びに感動していると、からかわれたことに気が付いたリーゼが少し膨れながらそんな提案をしてきたので、周りを軽く見まわし耳打ちをするように耳元で黒惟まおの声色で囁く。


「わかったよリーゼ」

「……っ、もうっ」


 一瞬で耳を赤らめたリーゼが恥ずかしそうにこちらを睨んでくる。


「ふふっごめんごめん、ほら行こうリーゼ」


 まずは、リーゼの服を買うべく何件か店を回っていく。今は私の服を着てもらっているがやっぱりちゃんとした物を着てほしいし、何より素材がいいので色々な服を着せたくなるのだ。

 流行りの服から普段あまり着なさそうなボーイッシュなパンツスタイル、ゴスロリ風に甘ロリ風……。リーゼに楽しんでもらうつもりではあったのだが私自身もかなり楽しんでしまった。


「選んでもらったばかりじゃなく買っていただけるなんて……ありがとうございます」

「今日の分はマリーナさんから受け取ってるから気にしないで」


 実は数度の打ち合わせをしているときにマリーナからリーゼが滞在しているという事と最初の騒動のお詫びとして少なくない額を受け取っているのだ。好きにしてもらって構わないとのことだったので有効活用させてもらおう。


「それにしても行きたいところってここでよかったの?」


 リーゼのリクエストがあった店の前で足を止めその看板を見上げた。


「はい、真っ先に思い浮かんだのがここだったので」


 二人分の受付を済ませて個室へと向かって中に入る。

 こじんまりとした薄暗い部屋にソファーとテーブル、そして映像が流れているディスプレイ。ある意味デートの定番といえば定番なのであろう、リーゼから行きたい場所として言われたのはカラオケであった。


「この前聞かせていただいたんですけど、まお様の歌ってる姿がどうしても見たくて」


 人の目がないせいか様付けに戻っている様子に苦笑しながら、選曲のための機械をリーゼに差し出す。


「よーし、じゃあ今日はリーゼのために歌っちゃおうかな。リーゼも私のために歌ってくれる?」

「えっ、わたくしはそんな……。」

「せっかくカラオケに来たんだから歌わないと、私のために歌ってくれないの?」

「わかりました……まお様には及びませんが……」


 きっと私の歌を聞くだけのつもりだったのであろう、そうはいかないぞとマイクをリーゼにも渡しながら小首を傾げて訊ねる。思った通り遠慮するリーゼであったが悲し気な様子を装ってもう一押しすればコクリと頷かせることに成功した。


 せっかくのカラオケなので歌枠では権利やオケがなかったりして歌えない歌を選ぶ。歌枠では聞けない曲なのでリーゼはとても嬉しそうだ。そんなリーゼの選曲は私が歌枠で歌ったことのある曲ばかりで歌い方もどこか黒惟まおに似ている気がする。謙遜する割にしっかり歌えているしそれこそ場数を踏めば私なんかよりよっぽどうまくなりそうな感じがある。


「その、どうでしょうか……?」

「全然うまいじゃない、もしかして歌枠で覚えた?」

「はい、まお様みたいに歌えたらって思って」


 お互いに数曲歌いあった後、おずおずと訊ねてきたリーゼに素直な感想を述べて気になっていたところを聞いてみれば予想通りの答えが返ってきて納得する。


「配信だとスイッチが入るから無意識に歌い方変えちゃうんだよね、だからこうやってカラオケだと少し違って聞こえるでしょう?」

「たしかに、少し違うような……でもどちらの歌い方も好きです」

「ありがとう、それじゃ次は一緒に歌おうか」


 そのあとはデュエット曲を一緒に歌ったり、リーゼが歌ってる最中に店員がやってくるというカラオケあるあるを経験したりして満足するまでカラオケを楽しんだ。


「てっきりリーゼのことだからあの歌入れてくると思ったんだけど」

「あっ……」

「忘れてた?」

「……はい」

「ビームはお預けだね」


 すっかり夕暮れ時になり、両手に荷物をぶら下げ駅へと続く道を歩きながらカラオケでずっと気付いていたけどあえて黙っていたことを告げれば、しまったと表情に出すリーゼを見て笑う。


「今日は楽しかった?」

「はい!本当に楽しかったです」


 疑う余地がないくらいに満面の笑みで答えてくれたリーゼの様子に満足して一日のデートを終えるのであった。

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