向日葵とシロツメクサ

たき

第1話 向日葵

 あの時、周りが夏休みの話で盛り上がる中、一人で教室の片隅にいるあの子に目が釘付けになった。外の暑さに負けぬように付けた冷房はいつの間にか消えていた。本格的に夏が始まったら、あの子を暫く見ることが出来なくなる。そんなことを考えると、段々と外で鳴く蝉の声が嫌になってきて。私はその場を離れたくて、勢いよく立ち上がって。頭がふらつくなと思った時にはもう遅かった。


「海野さん、大丈夫?」


ふわりと石鹸の香りがする。すうっと息を吸って吐いた。今度は独特な、でも良い匂いがする。まだこのまま寝ていたいけれど、ふと顔に影が落ちてきたので目を開けた。寝起きで霞んだ目にぼんやりと誰かが映る。「あ」と小さく声を発すると、その人は私が完全に目を覚ます前にパタパタと何処かへ行ってしまった。不思議に思いながら目を擦ろうと腕に力を込めてみる。何故だか少し重怠いような。

「あら、海野さん起きたかしら。」

カーテンを動かす音で自分がどこにいたのかを思い出した。

「…あー…ほけん、しつ。」

「そうよ。もう大丈夫そう?」

そういえば昼に貧血で倒れて、直ぐに保健室にあの子が連れて行ってくれて。ああ。今まで寝てたのか。

「はい。だいじょぶ、です。ありがとうございました。」

それだけ言ってのそのそと保健室から立ち去ろうとすると、

「白峰さんもついさっきまで居たのよ。お礼ちゃんと言いなさいね。あと、毎回言っているけど、体調管理に気をつけること。良いわね?」

「…はーい。」

保健室を出て少し歩き、人気の無い階段に着いた。

「…ついさっきまで、か。」

一番下の段に座って壁にもたれる。ひんやりとした壁がやけに心地よい。外でカラスが鳴く声を聞いて、目を閉じると事の初めが頭に浮かんだ。実は、私が貧血で保健室に運ばれるのは今回が初めてではない。そして、保健委員の白峰さんに付き添ってもらうのも。一番初めは、体育の授業中だった。朝から貧血だと分かっていたのに、どうしても体育に出たくて無理をした。起きたら保健室で、ベッドの脇には眉を下げた白峰さんが座っていて、彼女はいつも私に


「海野さん、大丈夫?」


と問いかける。外は日が暮れかかっていて、綺麗な空がより一層彼女を幻想的にした。私は何度もその光景を鮮明に思い出しては、彼女をまた好きになる。


「海野さん。」


耳元で突然声が聞こえた。驚いて咄嗟に横を見ると、帰ったと思っていた白峰さんが居る。

「一緒に、帰ってもいい?あのね、話したいことがあるの。」

そう躊躇いがちに言った白峰さんの顔は夕焼けに染まっている。目線は合わない。ずっと彼女を見ていたくて、その顔を誰にも見せたくなくて、一生使わないつもりだった言葉を口に出した。


「私、白峰さんが好き。」


唐突なその言葉に白峰さんは目を丸くして、瞳に私を映した。長い長い一瞬のうちに後悔と期待が脳裏を過る。彼女は呆然とした後、顔を段々と赤く染めて俯いてしまった。間違えた、と思った。

「ごめん!今の忘れてっ。帰ろっか。」

先程の反省を忘れて階段から勢い良く立ち上がろうとすると、ぐいっと腕を引っ張られた。

「…わたしのこと、“皐月”って呼んで欲しい。“日向”って呼んでもいい?」

彼女はあの時と同じ顔で私を見つめている。

「わたしもね、海野さんが好き。でも、わたし…今日で転校するんだ。転校しても、好きでいてくれる?」

涙が溜まった瞳が宝石みたいに輝いて、私をゆらゆらと映す。

「勿論。白峰さん──皐月がいつまでも好きだよ。未来のことは分かんないけど、ずっと好きだろうなってことだけは分かる!」

必死になって言う私を見て彼女は、

「わたしも、ずっと好き。」

と涙を流しながら暖かな笑顔でそう言った。











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