原発再稼働・新規建設について

 経済産業省が原発の使用期限の延長や新規開発を推進する指針を示したことに対して、四十五パーセントの人が賛成し、三十七パーセントの人が反対したとの報道があった。(二〇二二年十二月十三日NHKニュースより)

 この国は東日本大震災の惨禍をもう忘れてしまったのか。あれから十二年が過ぎるとは言え、日本に大きな爪痕を残した大災害を忘却の彼方に葬り去ってしまうには早すぎる。福島第一原発の事故処理は進展の兆しすら見えず、保管しきれなくなった汚染水を海に放出しようという計画が進行中だ。事故が起こった地域が元の状態を取り戻すのに後どれくらいの時間が必要なのか、全く見通しは立っていない。これほどの国土の荒廃を招いた原発を、それでも使い続けるというのか。

 原発を稼働させなければ国内の電力需要を賄えないというのが原発推進派の主張だ。電力を供給できなくなると国内産業の維持や国民生活に支障をきたす、というわけだ。巷にそうした情報が流れるにつけ、世論が原発推進賛成の方へ傾いてゆく。政府や電力会社の思惑通りに世論が形成されてゆく様子がまざまざと見て取れる。石油や天然ガスなどの化石燃料の価格高騰を追い風として、安価な電力源である原発が見直されつつあるのが昨今の流れだ。原子力発電を準国産発電と呼ぶ閣僚までいる。

 しかし、そもそも原発が安価な電力源だという話自体が幻想である。これまで原発の開発や建設にどれだけの費用がかかったのか。事故を起こした原発の後処理にどれだけの費用がかかっているのか。新規原発の建設にどれだけの費用がかかるのか。もし原発にかかる費用を太陽光パネルなどの再生可能エネルギーにつぎ込むことが出来れば、日本は自然エネルギー立国にもなれるであろう。振り返れば、かつて日本は太陽光パネルの生産量世界一を誇った。公共事業への資本投下が原発ではなく太陽光パネルに行われていたなら、日本の太陽光パネル生産は一大産業へと成長していただろう。そのエネルギー立国への道を塞いできたのが、この国の政治家であり、電力会社であった。なぜ国の舵取りを担う者達が国益に反する原発事業を推進してきたのか、大いなる疑問が残る。

 原発一基当たりの建設費用は一兆円を超えるが、政府はこれを四千四百億円とし、この数字をもとに一キロワット時の発電コストを一〇、一円と試算する。しかし、建設費用を正確に見積もれば、原発の発電コストは石炭火力(一二、三円)や水力(十一円)を超える。(二〇一八年五月十八日東京新聞より)原発の建設費用が政府の試算よりも高いのは、福島第一原発の事故を受け、安全対策の基準が厳しくなったためである。この増加分を除外した数字を公表しておきながら、政府は原発の安全性の向上を謳っている。さらに、原発の発電コストには事故の後処理の費用は含まれていない。いくら安全対策を講じたところで、事故が起こってしまえば後の祭りである。安全対策の基準を高めたと言っても、机上の計算によって算出された数字をクリアしただけである。実際の災害では何が起こるか分からない。我々国民は常にそのリスクを負って生活しなければならないのである。「想定外」という言葉一つで済まされる問題ではない。

 昨今の世界情勢を鑑みれば、災害には戦争のリスクも含まれる。日本よりも軍事力の劣る国であっても原発に工作員を送り込むだけで、もしくは原発にミサイルを撃ち込むだけで、簡単に日本のインフラを破壊できる。いくら防衛費を増額したところで、原発という弱点を抱えたまま国土を守ることは難しい。ロシアとウクライナの戦争を見ても明らかな通り、戦争の相手国が国際法を守ってくれるなどという幻想は抱かない方がよい。たとえ戦争が起こったとしてもインフラへのダメージは最小限に抑えられる国策を立てねばならない。本当に国を守る気があるなら、防衛費を増額するよりも頑強なインフラを整備することが先決であろう。軍事費の増額分を脱原発の費用に充てると言った発想はないのだろうか。

 話は逸れるが、仮想敵国を想定して軍拡を推進することにどれほどの意味があるだろうか。軍拡競争がエスカレートすれば戦争勃発のリスクが高まり、いざ戦争が起こったときのダメージも大きくなる。簡単な計算である。戦争抑止の為の軍拡ならば、日本はいっそ核武装すればよい。ちまちまと防衛費を上積みするよりも、その方が余程安く上がるというものだ。このほど閣議決定された防衛費増額の財源について、二〇三七年までと年限を区切っていたはずの東日本大震災の復興特別予算を継続するという案が出ている。震災からの復興と防衛力強化に何の関係があるのか、筋の通った説明はなされていない。現在有るところから取れば文句は出まいという単純な発想だろうが、結局は国民に負担を強いるということだ。しかし、エネルギー政策や少子高齢化対策、貧困問題など、日本には防衛力強化以前に解決すべき課題が山積している。日本は最早、際限のない軍拡競争を続けられるほどのお金持ち国家ではないという自覚を政府は持つべきだ。

 原発の安全性に話を戻すと、いくら対策を講じようと、いくら数字を並べて説明しようと、危険なものは危険なのである。そもそも、政府の打ち出した安全対策自体が甚だ心許ない。これまで六十年だった原発の使用年限を延長するという。これは安全性の向上とは矛盾する施策であろう。政府のスポークスマンとして活躍する前出の閣僚は非常に優れた弁士である。しかし、よく聞いてみると、その主張は論拠に乏しい。日本の国益を守ると言いつつ、原発推進ありきで論を組み立てている様子がありありと窺える。爽やかな弁舌の裏に隠された真実を見落としてはならない。

 原発推進派は原子力発電をクリーンエネルギーだと主張する。原発は二酸化炭素を排出しないからだ。確かにこれは原発の大きな、そして唯一の利点であろう。しかし、この点は、太陽光や風力、地熱、潮力などの自然エネルギー発電も同様である。太陽光発電の二〇一七年時点の平均入札価格は十一円と、コストの面においても十分な競争力を備えてきている。一般家庭に太陽光パネルを設置するには初期費用がかかるため、個人任せの普及には限界がある。政府はそこにこそ資本投下すべきであろう。これまでも、太陽光パネル購入に際しての補助や電力会社による電力の買い取りなど、官民の後押しはあったが、さらに踏み込んだ施策が求められる。原発の新規敷設に回す予算があるなら、太陽光パネル普及促進のための予算を組むべきであろう。事実上無尽蔵のエネルギーを利用でき、汚染物質を排出しない自然エネルギーこそが真のクリーンエネルギーであることは論を待たない。

 原発をクリーンエネルギーだとする主張には決定的な瑕疵がある。核廃棄物の問題である。現在核廃棄物を処理する方法は確立されておらず、使用済み核燃料はいずれかの場所に保管しておくしか方法はない。フィンランドのオルキルオト島にはオンカロと呼ばれる核廃棄物の最終処分場があるが、正確にはこれは処分施設ではなく、地中深くに使用済み核燃料を保管する場所である。日本では、青森県の六ヶ所村が保管場所を提供しているが、今後原発を再稼働させれば、使用済み核燃料の量は増えてゆき、六ヶ所村だけでは引き受けきれなくなるだろう。しかも六ヶ所村での保管はあくまでも時限的な措置であり、いずれはどこか別の場所に最終処分施設を作らねばならない。さらに、原子力発電所では核燃料の冷却用に大量の水を使用するが、この冷却水は放射能に汚染される。外に排出する際には勿論放射能を除去してから放出するのだが、汚染された水が完全にクリーンな状態に戻るわけではない。事故を起こした福島第一原発では、メルトダウンを起こした燃料棒を冷却するために大量の水が汚染されており、最終的にはこの水は海に捨てるしかない。この状況を踏まえてなお原子力をクリーンエネルギーと呼ぶのは、詭弁以外の何物でもない。

 先の閣僚は原発推進の理由の一つとして、原子力関連技術の維持を挙げている。現在日本には三菱重工、日立、東芝という三つの原発メーカーが存在する。福島第一原発事故の当事国である日本は、原発の安全設計において特に優れた技術を有するという。しかし、この安全設計のために原発の建設費用は高騰し、日本企業が海外で請け負った原発建設事業は行き詰まりを見せている。トルコで受注した原発計画の総事業費が当初の二倍に跳ね上がり、伊藤忠商事はこの事業から撤退した。東芝がウエスチングハウス買収で煮え湯を飲まされたのも遠い過去の話ではない。政府は率先して原発推進を促しているが、原発が斜陽産業だということにまだ気がつかないのだろうか。件の閣僚は、天然資源の乏しい日本においては、原子力関連技術を守り育てていくことが日本の産業活性化に繋がると明言している。しかし、目先を変えれば、日本は決して資源小国ではない。太陽光、風力、地熱、潮力と、エネルギーの源となるものは豊富に存在する。今の日本に必要なのは、エネルギー資源を見直し、原発や化石燃料依存からの脱却を図ることだ。自然エネルギー立国として立つことが出来て初めて、日本は真に美しい国となる。この分野で先駆けとなることができれば、世界も日本を見直すだろう。もともと海洋資源や森林資源の豊富な国である。舵さばき一つで、日本は資源大国ともなれるのだ。我々国民は政治家の言説を冷静に見極めねばならない。


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