第2話 寝て起きたら
「すぅ……すぅ……」
朝。
目を覚ますと、俺の隣にもう一人別の人が寝転んでいた。
その人はとても綺麗な人で、右手を頭の下に置いて目をつむっていて、ちょっと甘い匂いがしていた。
義姉さんである。
「あの、義姉さん」
「すぅ……すぅ……」
「起きてますよね。さっき薄目開けてたの見てましたよ」
「すぅ……うぅん……もう食べられない……」
「雑な寝言だなぁ」
こうしてツッコミを言えるのも、時間が経って落ち着いてきたからだ。
さっき目覚めた瞬間は、それはもう驚愕した。
俺が寝ぼけてやらかしたかと血の気が引いて頭を抱えていた。
周囲を眺め、俺の部屋であることを確認し、その後だんだん昨日の言葉を思い出すにつれて、高ぶる心臓は収まっていった。
義姉さんが添い寝しに来たのだ。
これはしっかり朝まで一緒に寝るタイプの添い寝だ。
心臓に悪すぎる。
昨日の夜、寝る時は一人だったはずなのに。
心臓を抑え、なんとか義姉さんを起こすために声をかける。
「義姉さん……遅刻しますよ」
「うぅ……遅刻はだめ……」
呻きながら両手をベッドについて、四つん這いの姿勢で体を持ち上げる。そのまま背中を後ろにずらして、猫みたいにぐーっと伸ばした。
起きるのかと思ったらその姿勢のまま固まる。
「義姉さん……?」
「ベッド、良い匂いがする」
「変態ですか」
義姉さんが体を起こして、まだ眠たげな眼差しを俺に向ける。
いつもは表情があまり変わらなくて、冷ややかな印象を感じるのに、今日はなんだか柔らかく見えてどきりとする。
「陸って……寝てる時にもぞもぞ動くのね。くすぐったかった」
「それは、すみません」
「謝らないでいいのに」
くすくす笑われる。
なんだ。
なんなんだ、この距離感は。
というか昨日、俺は一人で寝たはずだ。
結局夜に義姉さんが来なかったから、ほっとしたような、残念なような、むずむずした気持ちでベッドに入ったのだ。
「その……義姉さん?」
「ん? どうしたの?」
「俺って昨日、一人で寝ましたよね?」
「いえ?」
いえ?
「先に寝るなんてひどいじゃない。一緒に寝ましょうって言ったのに」
不満そうに頬を膨らませている。
やはり勝手に俺の布団に入ってきていたようだ。
「高校生で姉弟で一緒に寝るって変だと思うんですけど……」
「変じゃないわ」
断言。
「家族の形は、家族の数だけあるのよ」
「それはそうかもですけど」
「陸も嫌でしょ。お宅の姉弟は変ですねって言われたら」
「嫌かもしれないですけど」
「そうよね。だから変とは言わないの。私たちは私たちらしくあればいいのよ」
「…………」
そっか、俺たちは俺たちらしくあればいいんだ。添い寝だって平気だ! 義姉さんとの添い寝最高! 一緒に寝よう!
とはならない。
なんかいい話みたいにまとまってるけど、まったく腑に落ちない。
「そろそろ朝ごはんができる頃ね」
澄ました顔で義姉さんが話題を逸らす。
時計を見るとたしかにそろそろリビングへ降りていく時間だ。
「陸。今日は一緒に学校に行かない?」
「え?」
「いつもは私の生徒会があるから別々に行ってたでしょ? でも早すぎるくらいだったから、少しくらい遅れても大丈夫なの」
「……大丈夫ですか? 義姉さんが俺なんかと歩いてて」
「ん?」
義姉さんは自分の評判をわかっているのだろうか。
理解しているのかどうかわからないが、義姉さんは学園のアイドルみたいなものだ。男女問わず、義姉さんに憧れを抱く生徒は多い。
そんな義姉さんが謎の男と歩いていたらどうだろうか。
何が起こるか。叫び出す奴とか出るかもしれない。
「家族と歩くのになんの心配があるの?」
しかし義姉さんはきょとんとした顔でそんな事を言ってきた。
確かに、家族なのだから、という理由は通る気がする。
「変な陸。……でも、そういう所もこれから少しずつ知っていきましょうね」
変と笑われる。さっき、変と言われたらどう? とか言ってた気がするけど。
まあいいや。悪意はないし、むしろ好感のあるような口調だった。
そこで階下から「朝ごはんできたよー」というお義母さんの声が届いた。
二人で顔を見合わせる。義姉さんがくすりと微笑む。
「じゃあ下に行きましょうか。ご飯を食べたら、着替えて、一緒に登校しましょうね」
俺がこくりと頷くのを見て、義姉さんが先に部屋から出て階段を降りていった。
一人になった部屋で、俺は胸を抑えてベッドに転がる。
うう。
義姉さん、可愛すぎる。
距離が近すぎる。
なんだこの距離感。
距離の詰め方がえぐい。
これが続くのだろうか。俺はこの重圧に耐えられるだろうか。
身悶えしていたら、「陸ー?」というお義母さんの声で現実に引き戻された。
とりあえず朝ごはんを食べよう。
コーヒーでも飲んで落ち着くのだ。
と思ったが、食卓には義姉さんもいるので結局ちょっとそわそわしたまま朝食を食べるのだった。
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