第5話 揺さぶられる感情

「な、なんっ…………」

 立ち上がる彼に咲紅は身構えるが、紫影は棚の救急箱を取っただけだった。

「あの輩と一緒にするな。手当てしてやると言っている」

 唖然とする中、彼は手際よく薬や包帯を並べていく。

「早くしろ。脱がされるのがお好みか?」

「そ、そんなこと……あるわけ……!」

 男らしく服を脱ぎ、半裸を晒した。

 ところどころ掠り傷のようなものができており、気づかなかったが手首が一番ひどかった。

 手の甲は青あざが浮かび、授業を受けていれば嫌でも目に入る。

「そこに座り直せ」

 言われた通りにすると、紫影は椅子を引っ張ってきて後ろに座る。

 触れられてもいないのに背中に熱がこもり、背中が丸まる。

 男同士なのに、見られるのが恥ずかしかった。

「雄々しげに脱いだかと思えば背中は真っ赤だぞ」

「うるさい! 熱いだけだ!」

「咲紅の名に相応しいな」

 背中は見えないが余計に赤く染まったと自覚があった。

「知ってたんだ……名前の漢字……」

「なんだ?」

「ッ……なんでもない!」

 嬉しくて悔しくて、紅だけではないいろんな感情がカラフルになって、頭がおかしくなりそうだった。

 軟膏を塗りたくられた背中は汗が滲んで滑り、紫影の手がよく動いた。

「前を向け……どうした?」

 紫影は咲紅の丸まった肩に手をかけた。

「どうも……しない……っ」

「腹でも痛いのか?」

「いや……痛くない」

 このところおかしいのだ。腹部が疼き、それが定期的に襲ってくる。かと思えば静まったり、体内の状況を知る術がないのが恐怖だった。

 紫影は椅子の背もたれを掴むと、片手で簡単に半回転させた。

「あっちょ……!」

「薬を塗る。腹を見せろ」

 足をぴったりと閉じたまま、蛇のように曲がった背中を伸ばした。

 線は細いが、水泳と空手でほど良くついた筋肉が現れる。

 俯いていても、紫影の視線を感じる。身体の異変に気づかれてはいけない気がして、自然と目が泳いでしまう。

「ひっ…………」

 紫影の手が腹部に当たる。そのまま動かず、紫影は泳ぐ咲紅の目を見つめた。

「な、なに…………」

「腹は特に怪我はしていないな。どこに触れられた?」

「別に……ただちょっと腹を撫で回されただけだ。あと背中くらいで……」

 腹部の手が上へ下へと動く。いやらしさはなく、まるで這い回った痕跡を消すような荒々しい動きだった。

 意を決して彼の目を見る。もともと愛想がよくない顔だが、今は眉間に皺が寄っている。

「もういいだろ! 腹は怪我してない!」

「ああ、そのようだな。何かあったらすぐに来い」

「警備課へ? なんで?」

「お前たちの相談も受けるのも仕事の一つだからだ」

「警備や贄生の面倒だけじゃなかったのか」

「雑用含む、だ。悩みを聞いて、脱走する生徒が減るなら安い。簡単な怪我の手当もできる」

 耳の痛い話だ。

「あまり無茶はするなよ」

 厳しい目は穏やかなものに変わっていく。

 初めて見た目だ。会ったことのない親のような慈しみ、愛でるような目に耐えきれなくて、やはり咲紅は視線を外した。

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