母の修理師

ウビーニ

部品集め編① 母とラブ教

 どうやら、母が停止したとの噂だ。

生命発生装置「母」。この世で唯一、生命を発生させられる装置だ。私たちは母から生まれ、死後は母に返還され、再び別の命として構成されて生まれる。母が停止してしまったということは、つまり、このサイクルが途切れ、新しい命が生まれて来なくなってしまったということを示している。

母が停止した理由を、母の管理師はこう発表していた。

「母の働きに必要な部品が老朽化により一部破損し、異常な働きを引き起こした。それが原因で、更に複数の部品が消失し、現在は合計4つの部品が欠けている。」

その4つが揃わないと、私たちが最後の生命となってしまうのだ。

さて、大切な母がこのような状況となった今、日々母のメンテナンスなどを行っていた母の修理師たちは、その職務を全うすべく、各部品がどこにあるのかを解明し、世界各地を飛び回り部品を集めることとなったようだ。


それにしても、私はこの事件について、母のいたずらとしか思えてならない点が2つある。

1つは、最後に母が発生させた生命について。これが全身が細胞で出来た、いわゆる「純細胞種」なのだ。現代はほとんどの生命は金属と細胞が混ざりあって出来た姿をしているが、その昔、細胞種と金属種たちが争っていた時代では、細胞種の身体は細胞のみで、金属種は金属のみで出来た身体を持って、それぞれの身体に合った生活を送っていたそうだ。

全く生まれなくなったそんな珍しい生命が、どうしてこんなタイミングで現れたのか。偶然とは思えない。

そして2つ目は、その親についてだ。その子の親は、母の修理師の青年だ。そう、今期の試験でようやく出た一人の合格者「チャイルド」だ。

どうだろう?私の考えすぎだと笑うかね。


 さて、母の管理師から正式に、母の欠けた部品について発表があった。欠けた部品は4つという話しだったが、実際に消失や破損を確認できたのは3つのみだったようだ。

無理もない。日々の爆発や高温、薬品により、作った内部地図など2日で役に立たなくなる程、母の内部構造は複雑だと聞く。それに加え、あの広さ。むしろどうして、母の停止から4日間という短期間で、母を構成する無限の部品の中から、消失した部品を見つけられたのかが不思議でならない。

それはともかく。

母の管理師の発表によると、欠けた部品はそれぞれ「絶対に壊れない6つの板」「絶対に動かない岩」「絶対溶けない氷」だそうだ。

ここからは私の予想なのだが、それぞれの部品について心当たりがある。まず「絶対に壊れない6つの板」について。これは、土の魔法使いと絹糸の魔法使いが協力して作った、として我が国「クラウディー」のおとぎ話に出てくる。そして「絶対に動かない岩」については、裕福な隣国「サニー」に、どんな方法であっても動かすことが出来なかった岩が実在する。最後に「絶対に溶けない氷」は、何かしらの根拠があるわけではないが、永久凍土の上に成り立つ国「スノーウィ」が関係しているはずだ、と考えている。この3つの国の国境線上に母は存在しているから、部品についてそれぞれの国に関係があるのは不思議な事ではないのだが、今回の発表で、本当に世界中を飛び回らなければならなくなった修理師たちを心から憐れむよ。

それでも、もう一つの国…自分たちの手で母を作ろうとし、大きな戦争をもたらした「レイニー」に向かわなくても良い事だけが、不幸中の幸いだ。

修理師たちの苦労がいち早く終わり、世界に平和が訪れることを願おう。


 先日、良くない噂を聞いた。母を敬う宗教「ラブ教」の信者が、仲間割れを始めたらしい。もともと、現在の頭である「キャン」の消極的な活動に反発する信者が居る話は聞いていたのだが、母の停止に対する考え方から、いよいよ内部分裂をしたとのことだ。キャンの元から離れた過激派の信者たちは、母の停止は母の意思だとして、「ノー」という信者を頭に、新たに「ラブ-2教」として立ち上がり、母を復活させようと部品を集めているチャイルドら修理師たちの邪魔をしているらしい。根拠もない母の意思を語るとはとんでもない輩達だ。

キャンは、ラブ-2教の信者は元仲間であったことを理由に、排除にも消極的らしい。皆に優しく、平等愛を唄うキャンは、時代が違えば支持される頭になっていた可能性もあるだろうが、現代では、彼の支持者はあまりにも少ない。


 さて、一方で修理師たちの仕事は順調に進んでいるようで、まずは我が国クラウディーで手に入れられる絶対に壊れない6つの板の調査から手をつけ、すぐさまあのおとぎ話にたどり着いたようだ。


 おとぎ話では、土の魔法使いと絹糸の魔法使いが協力して絶対に壊れない6つの板を作ったとされていたが、修理師たちのが見つけた魔法使いたちにそこまでの能力は無く、絶対に壊れない6つの板の材料を取得するのみで終わったようだ。その後の仕事については、「フロム」が引き受けたらしい。なるほど確かに、材料さえそろえれば錬金術のように万物を生み出すことができる彼女なら、成し遂げられる仕事だ。


 前回の知らせからそれほど時間は経っていないように思うが、絶対に壊れない6つの板がフロムの技術により完成したそうだ。なんて喜ばしい知らせだろう。

そうだ。喜ばしい知らせはもう一つある。

母が最後に残した生命については覚えているだろうか。修理師のチャイルドが親を引き受けた、全身細胞で出来た生物「リンク」のことだ。細胞種は金属種と違って、年月によってその姿を少しずつ変化させることが特徴とされているが、噂によると、彼女は純細胞種に相応しい成長を見せており、次第に出来ることが増えてきているらしい。

チャイルドらは彼女に深い愛情を持っていると聞く。彼女がよく行う、純細胞種独特の豊かな感情表現を実際に見たことがあるが、確かにあれを見てしまったら、彼女を手放したくなくなる感情に共感せざるを得ない。どこまで彼女が変化するのか不安ではあるが、その数倍、ワクワクしている。


 さて、修理師たちの旅は次のステップへ進んだようで、クラウディーから隣国サニーへの旅立ちの知らせがあった。

 サニーはこの世にある4つの国のうち、一番国民の数が多く、法律の整備も積極的に行われている文化的な国だ。法律により守られた住民らは穏やかな性格が多く、世界で一番平和な国だと言われている。

 そんなサニーを形作る法律のうち、面白い制度が1つある。それは「婚姻制度」と呼ばれる、子育てに関する制度だ。

サニー以外の国では、一般的に母から預かった一人の子は一人の親が育てるが、サニーでは、二人の親で二人の子を育てる。一人の親につき育てられる子の数は一人、という国際的な規定に沿いながら、二人の子育てを体験することができるのだ。ユニークな制度だろう。しかし、この制度が必要となったのは、もちろん理由がある。母から預かった子を、唯一手放した生物が、サニーにはいるからだ。決して明るい理由ではない。

 とにかく、あらかじめ発表された母の不足している部品の情報によれば、そんな文化的な国サニーに存在していると思われる部品は「絶対に動かない岩」。その名の通り、この問題は、サニーの住人達のチャレンジ精神を打ちのめしてきた実績がある。果たして修理師たちはどんな方法で解決するつもりなのか。

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