美美永さんは村を焼かれたエルフ
瀬戸内ジャクソン
第1話 エルフあらわる
リンカーネーション、すなわち輪廻転生、生まれ変わりを信じているだろうか。
宗教観によって様々あるだろうが、無宗教を自称するぼくがそれを信じているのは、ひとえに環境要因によるものだ。――実家が寺とかそういうのではない。
(ぼくの視界は前世がラベリングされている)
たとえば、こいつ。隣の席に座っているクラスメイト。
「きょう転校生が来るんだって! たのしみだね~」
この草食小動物のような幼なじみ、姫川なじみの頭上には「馬」と表示されている。べつに馬ヅラということもなく、どちらかといえば平たい顔だ。
「なあに? ひとの顔じろじろ見て」
さては、となじみが調子に乗る。
「なじみさんの美少女フェイスに見惚れてたな?」
「どのフェイスが何だって?」
「あーーっ眼鏡さわったあ!!」
レンズ越しの目潰しが炸裂し、なじみは眼鏡を外して一心不乱に拭いている。
アライグマみたいだな。前世は馬だけど。ぼくは小さく嘆息して教室を見渡す……クラスメイト四十名弱の頭上に例外なく、バリエーション豊かな生物の名前が躍っている。ぼくの知る限り「織田信長」や「諸葛孔明」といった固有名詞(ネームド)は存在せず、前世が人間の場合は「ヒト」とだけ。
(そもそも、前世がヒトであるほうが稀なんだよな)
2‐Bの教室内で、前世・今生のヒト→ヒトコンボをキメてるのは唯一人。女子グループでいじめっ子筆頭……という噂の、小田原るかって女生徒。噂がマジなら、小田原がどれだけ前世で徳を積んでようが、善性は引き継がれないということだ。
生まれ変わりの頂点にヒトを据えること自体が傲慢だな。どの生き物も等しく、みな無秩序に転生していてほしい。
「ね、透ちゃんはどう思う?」
眼鏡を掛け直したなじみから不意に問われる。
「転生のこと?」
「そう、転校生っ!」
謎に会話が成立してしまった。なじみはゴキゲンで続ける。
「六月に転校生なんて、アレだよね~~、いわゆる」
「季節外れの転校生」
「あたしの台詞とれないでよーう!」
頬を膨らませてぷんすこ怒ったかと思えば、机に頬杖ついて、また期待を膨らませる。
「ん~~、女の子かなあ、男の子かなあ」
「どっちでもいいだろ。あと数分もすれば分かる」
「夢がなーい!」
ころころ表情を変えるなじみをスルーして、2‐Bの教室へ意識を向ける。まだ担任教師の姿もなく、ざわめく朝のHR前。話題はもっぱら、なじみと同じく転校生についてだ。男女男男女女……どうしてそんな性別にこだわるかね。
(ま、ぼくも五十歩百歩なしょーもない予想をしている)
SSレア級な、前世ヒトの子が来るか? とか。ガラパゴス諸島の固有種みたいなのが前世でも面白い。ふふ。ぼくも愉しみにしてるんだな、転校生。
ニヒリズムに浸る、ぼくの意識を切り裂いて――スッパーン! 教室前方の引き戸が全開された。水を打ったように静まり返る教室で、
「ちょ、ちょっと――」
まず廊下から聞こえてきたのは、慌てる担任教師の声だ。
彼女の制止を振り切って、颯爽と教室へ入ってくる。衣替えしたばかりの夏のセーラー服を靡かせて。大昔の少女漫画みたいにくるくる縦ロールした金髪を揺らして。
そいつは教壇に上がるや、白・赤・黄のチョークを手に取って、きっったない文字でカラフルに黒板を占領する。己の名前を刻む。
「みなさん!」
バン! と教卓に両手をつき、ぎらついた眼差しで告げる。
「エルフが来ましたわ!」
高級アホガールあらわる。何だお前トラックか?
後ろに背負った黒板のデカ文字は〝美美永エルフ〟とあり、なるほど、キラキラネームというやつか。そんなことはどうでも良い。
ぼくにとってどうでも良くないのは、こいつの前世だ。
(うっそだろお前……ファンタジー文庫かよ)
ヒトもガラパゴスも超えてくるとは、思いもしなかった。
転校生・美美永エルフの頭上には、そう――名で体をあらわすかのごとく。
「エルフ」の三文字が躍っているのだった。
美美永さんは村を焼かれたエルフ 瀬戸内ジャクソン @setouchiJ
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